第377話 二階
地下室を制圧して、ヴァンパイアの棺桶を破壊した。
同時に、しもべとなった元冒険者の無力化にも成功した。
一階もすでに探索済みなので、残るは二階と三階だ。
そのいずれかに、ヴァンパイアの本体が潜んでいる可能性が高い。
地下室からの階段を上がり、一階の玄関ホールに戻ってきた。
玄関ホールは、天井までの高さが俺の背丈の四倍ほどもある吹き抜け構造になっている。
正面入り口から向かって左と右の壁際には、それぞれ二階へと続く上りの階段が設えられている。
ただ右側の階段は途中で崩落していて、使えるのは左側のものだけだ。
俺は仲間たちを引き連れて、左側の階段を上っていく。
その間に、あらためてヴァンパイア戦の予習をしておく。
ここまでにも遭遇する可能性はあったのだが、いろいろ確定した今、あらためてだ。
「ヴァンパイア本体との戦いで怖いのは、やっぱり『魅了』だよな」
「そうだね。でも女性の冒険者がいるときには、必ず女性が『魅了』の対象になるっていう話だった。大地くんよりは、私か火垂ちゃんが危ないってことだよね?」
風音の言葉に、俺はうなずく。
先ほど、ヴァンパイアウルフと戦う前に弓月を脅したときには、俺が「魅了」の対象になる可能性を示唆した。
だが前例で言えば、ヴァンパイアの「魅了」のターゲットとなるのは、圧倒的に女性冒険者のようだ。
過去の対戦事例では、ヴァンパイアと戦うパーティの中に女性冒険者がいたときには、百パーセントの確率で女性が狙われているという。
あくまでも前例なので過信はできないが、俺が狙われる可能性は限りなく低いと見ておいてよさそうだ。
ちなみにヴァンパイア本体のステータスは、エアリアルドラゴンなどのドラゴン類と同等か、それに少し毛が生えた程度だ。
「魅了」の脅威がなければ、今の俺たちにとっては、どうということもない強さのはず。
「う、うちよりは、風音さんが狙われたほうが怖いっすよね──ギャアッ! ……な、なんだ、ただのネズミっすか。脅かすなっすよ」
相変わらず俺にへばりついてビクついた弓月が、二階奥の廊下から飛び出してきたネズミの姿に悲鳴をあげ、さらに強く俺に抱き着いてくる。
「あのさ弓月。いい加減歩きづらいんだが、もうちょっとどうにかならないか?」
「うううっ、そんなこと言われても。──ていうか先輩、うちみたいな美少女に抱き着かれて、何が不満なんすか! 最近、贅沢になりすぎっすよ!」
「いや、そういうことじゃなくてな。そうもへばりつかれると、いっそお姫様抱っこでもして運んでやったほうが、まだ楽そうだって思えてくるんだが」
「お姫様抱っこっすか……。さ、されてあげても、いいっすよ……?」
頬を赤らめてもじもじし、上目遣いで見つめてくる我が後輩である。
いろいろ情緒が不安定すぎる。
「羨ましいよー……って言いたいんだけどさ、今さすがにそれどころじゃないでしょ、二人とも」
風音からお叱りの言葉が飛んできた。
むべなるかな。
「ま、まあ、周囲の警戒はちゃんとしてるから」
「うちも戦闘になったら、ちゃんと働ける気がするっす」
相変わらずこいつの恐怖基準はよく分からない。
わざと怖がっているまで疑いたくなってくるぞ。
そんなこんなしながら階段を上り切り、左右の階段をつなぐ足場に出た。
足場の真ん中からは、奥へと進む廊下が続いている。
廊下の前まで行く。
廊下の様子は、一階の扉の奥と似ていた。
左右の壁に、それぞれ二つずつ、合計四つの扉がある。
ただ一階の奥の廊下と違うのは、その廊下の先に、上りの階段があったことだ。
三階へと続く階段に違いない。
俺たちは上り階段をひとまず後回しにして、一階のときと同じように一つ一つ、扉の先を当たっていった。
本命のヴァンパイアはこの階にはいないのではないかという予感もあったが、後顧の憂いを断つためにも総当たりしていくに越したことはない。
それぞれの扉の先には、客室や食堂と思しき部屋などがあった。
三つ目の扉までは特に何事もなく、俺たちは四つ目の扉に取りかかろうとする。
「あ、ストップ。大地くん、中に気配があるよ。数は三つ」
風音がそう警告を飛ばしてきた。
いつもの【気配察知】スキルによるものだろう。
と言っても、扉の向こうを無視するわけにもいかない。
俺たちは、すぐに攻撃に移れるよう武器を構えつつ、強く警戒しながら扉を押し開けた。
暗い部屋の中を、ランプの灯りで照らす。
そこは客室のようで、朽ち果てた姿の机や椅子、ベッドや衣装箱などが置かれていた。
怪物の姿は、部屋の奥の天井付近にあった。
尋常ではありえないほど巨大なコウモリが三体、天井に逆さまにぶら下がっている。
『──シギャアアアアアアアッ!』
そいつらはランプの灯りに照らされると、すぐさま翼を開いて、俺たちに向かって飛び掛かってきた。
このモンスターとは、以前にも遭遇したことがある。
エアリアルドラゴンと戦った、飛竜の谷──その途中の洞窟で遭遇した、ヴァンパイアバットだ。
翼を開いた差し渡しは、ゆうに四メートルを超える。
この狭い部屋の中で、器用に飛び回るものだと思うが──
「問題になるような相手じゃないな──よっと!」
「そだねー。──はあっ!」
「クアーッ!」
「トドメっすよ──【トライファイア】!」
俺、風音、グリフ、そして弓月による波状攻撃を受けて、三体のヴァンパイアバットはものの数秒で消滅、魔石へと変わった。
30レベル当時でも問題なく勝てた相手に、今の俺たちが苦戦する道理もない。
あらためて部屋の中を警戒するが、特に何かがある様子もない。
床に落ちた魔石を拾い上げた風音が、俺のほうへと振り向く。
「この部屋もハズレかな?」
「みたいだな。残るは三階か」
「ううっ……もうすぐこの不気味な城とも、おさらばできるっすね」
「クアッ、クアーッ!」
四つ目の扉の先も探索し終えた俺たちは、廊下に戻り、上の階へと続く階段を上っていった。