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第369話 少年と村人

 お嬢様とロック鳥の卵の騒動があった後、都市ラハティを出立した俺たちは、そこからさらに北部にある都市ツェルケへと向かった。


 昼食後にラハティを出てから、街道を進むことおよそ一日半。

 夜に入り、市門が閉じる少し前の時間になって、俺たちは無事目的地にたどり着くことができた。


 ツェルケの街の文化や雰囲気は、これまでの都市と大きく変わらない。

 市門をくぐると、いつもの中近世ヨーロッパ風の街並みが広がる夜の市内を軽く散策しつつ、その日は宿をとって翌朝を迎えた。


 そんなわけで翌朝。

 元の世界への帰還までは、あと55日。


 俺たちが冒険者ギルドに向かうと、ギルド前にはクエストを求める冒険者たちが定例どおりに集まっていた。


 まだ冒険者ギルドの開店前の時間だ。

 ひとまず開店まで待つことにする。


「ねえ大地くん。あの子、どうしたんだろ」

「冒険者には見えないっすよねぇ」

「クピーッ?」


 むさ苦しい大人の冒険者たちの中に一人、子供と言える年齢の獣人族の少年が混ざっていた。


 人間で言えば十歳ほど──小学校の中学年ぐらいに見える、狼牙族の少年だ。

 白銀色のふさふさの尻尾と狼耳、ほぼ同色の銀髪が特徴的。

 顔立ちも整っていて、ショタ好きのお姉さんが見たら垂涎しそうな感じだ。


 少年はそわそわした様子であたりを見回していたが、やがて俺たちと目が合った。

 厳密には風音と、だろうか。


 少年は少し思案する様子を見せてから、俺たちのほうに駆け寄ってくる。

 それから風音の前に立つと、彼女を見上げてこう聞いた。


「あ、あの。姉を見ませんでしたか? 冒険者で、僕と同じ白銀色の尻尾を持った狼牙族なんですけど」


 風音が俺と弓月のほうを見てくる。

 俺も弓月も、首を横に振った。


 風音は少し腰を落として少年に目線を合わせると、優しげな声で答える。


「お姉ちゃんを探してるの? ごめんね、私たちは見てないんだ」


「そうですか……。分かりました、ありがとうございます」


 少年は礼儀正しく頭を下げると、俺たちのもとを離れていった。

 うぅむ……風音に色目を使ったわけではなさそうだが……。


 立ち去っていった狼牙族の少年を見送りながら、風音が口を開く。


「お姉ちゃんがいなくなっちゃったのかな。でもかわいい子だったよね、礼儀正しくて──って、大地くんどうしたの、難しい顔して」


「……えっ。そんな顔してる、俺?」


「してるしてる。私があの子のこと『かわいい』って言ったから、嫉妬しちゃったとか?」


 風音が不思議そうな表情で、俺の顔を覗き込んでくる。

 近い。

 俺は慌てて視線を逸らせた。


「し、してないし。あんな子供に嫉妬なんてするわけないし」


「これ、図星っすね。先輩が嘘つくときの顔してるっす」


「お、おい弓月! いい加減なことを言うな」


「いい加減じゃねーっすよ。先輩のことなら、うちが一番よく分かってるっす」


「もう、大丈夫だよ、大地く~ん。大地くんが一番だから。でも嫉妬する大地くんもかわいいよ~」


「わっ……! か、風音、人前だって!」


「え、今さらそこ?」


「クピッ、クピーッ♪」


 風音が俺の機嫌を取るように抱き着いてくる。

 単に母性が刺激されただけかもしれないが。


 抱き着かれて嬉しい気持ちと同時に、顔から湯気が出そうなぐらい恥ずかしかった。

 心なしか、頭上を飛び回る自分の従魔までが俺をからかっているように思えてしまう。

 周りの冒険者たちからも、当たり前だがじろじろとした視線が向けられていた。


 そんなことをやっていると、今度は別のアクシデントが飛び込んできた。


 馬に乗った男が、冒険者ギルドの前まで駆けてきた。

 どこかの村の農夫だろうか。


 男はギルドの前に馬をとめると、自らは馬から降りて、慌てた様子でギルドの扉を叩く。


「大変なんだ、開けてくんろ! 村のモンだけじゃねぇ、あの冒険者までゾンビになっちまっただよ!」


 ダンダンダン、と必死の様子で扉を叩きながら訴える村人らしき男。

 そこだけ聞いても、俺たちには何の話だか分からない。


 だが理解できる部分もある。

 周囲にいた冒険者たちが、にわかに騒めいた。


「冒険者がゾンビになった……?」


「なんだそりゃ。闇魔法使いに殺されてゾンビにされたってことか?」


「でも冒険者の死体ってゾンビにはならないって話じゃなかったか? 死んだ冒険者をアンデッドにしたのはレブナントだろ」


「でもレブナントを作るには、特殊なレアアイテムが必要だって聞いたことあるぜ」


 冒険者の間に憶測の言葉が飛び交う。

 俺たちもまた、互いに顔を見合わせていた。


 冒険者がゾンビになった──そう聞いて、ふとゾンビ映画を思い浮かべたが、この世界のゾンビというモンスターがそんな感染性を持っているとは聞いたことがない。


 そのとき視界の端に、先ほどの狼牙族の少年の姿が映った。

 少年は目を丸くしていたが、すぐに村人らしき男のもとに駆け寄った。


「あの、おじさん! おじさんの村って、ひょっとしてミドナ村!?」


「あ、ああ、そうだども。なんだべ小僧、今は小僧っ子に関わってる場合じゃ……んん? その白銀の尻尾、もしかしてあの女冒険者の身内だか?」


「……っ! やっぱり! ──え、でも、それじゃ……そんな……。う、嘘だ! 姉ちゃんがゾンビになんてなるわけが……! そんなわけない!」


 今度は少年、半ば錯乱したような様子で、村人らしき男に向かって食ってかかった。

 男は困惑し、どうしたらいいか分からないといった様子だ。


 詳細は分からないが、彼らにとってのっぴきならない事態であることは伺える。

 周りの冒険者たちも、これどうするんだという様子で状況を遠巻きにしていた。


 そこにギルドの裏口から来たのか、ギルド職員らしき女性が、隣の建物との間の細道から現れた。


 その女性は、少年や村人らしき男と話をし、やがて二人を裏口へと誘導していった。

 騒動はひとまず収まった形となり、その場にはギルドの開店を待つ冒険者たちが残った。


 状況を目撃しただけの俺たちからすると、何が何やらだ。

 話されていた断片的な情報から、いくらかの推察はできるが……。


「あの子のお姉ちゃんが、ゾンビ──アンデッドモンスターになっちゃったってこと……?」


「そういう話に聞こえたっすよね。……やっぱりレブナントっすかね?」


 風音の話を継いで、弓月がいつになく険しい表情を見せる。


 以前、この世界に来てすぐの頃に立ち寄ったドワーフ集落絡みで、ドワーフ戦士を殺して「レブナント」と呼ばれる強力なアンデッドモンスターに仕立て上げようとする邪教徒たちと戦ったことを思い出す。


 だが普通の人間をゾンビにするのとは違い、覚醒者をレブナントに変えるには、「レブナントケイン」と呼ばれる特殊な魔法の錫杖を使って儀式を行う必要があったはずだ。


「でもユースフィアさんの口ぶりだと、レブナントケインはかなりのレアアイテムみたいな雰囲気だったが。そうホイホイあるものかね」


「ひょっとしてユースフィアさんが、そのミドナ村に来てるとか?」


「まさかっすよ。だとしてユースフィアさんはそんな悪用しないっしょ。多分」


「だよなあ」


 別の機会に出会ったダークエルフの闇魔法使い、ユースフィアさんはレブナントケインを求めていたが、今回の件とあの人は関係ないようにも思う。


 俺たちが憶測を重ねていると、やがて冒険者ギルドが開店の時間となった。

 ギルドの表口の扉が開かれ、冒険者たちが建物の中へとなだれ込んでいく。


 俺たちも、ひとまず先の騒動は頭から除外して、今日受けるべきクエストを探すことにした。

 掲示板に貼り出されているクエスト依頼書の中に、効率よくミッションを達成できるものはないかと目を光らせていく。


 と、そのとき。

 ギルドの二階に続く階段から、一人のギルド職員の女性が、慌てた様子で駆け下りてきた。


 彼女はクエスト掲示板前に群がる冒険者たちに向かって、こう叫んだ。


「緊急のクエスト依頼です! 四パーティ合同のレイドクエストあるいはSランククエストを受けられる冒険者パーティを探しています! 受けられるパーティはありませんか!?」


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