第364話 事情聴取
少年と、攫われたホルムルンド伯爵家の娘エルヴィーラから、ひと通り話を聞いた。
その内容を要約すると、こんな感じのものだった。
今回の誘拐事件、犯行グループの主な実行犯は三人の男たちのようだ。
いずれも裏社会の人間で、かつて冒険者だった者たち。
少年はわけあって彼らに従っていて、今回の件でも同様だった。
事件の発端は、ホルムルンド家の執事であるオーヴェという男が、彼ら裏社会の人間に接触してエルヴィーラ誘拐を持ちかけたことにあるという。
オーヴェが犯行の手引きを行なう代わりに、身代金の一部を分け前として寄越せという取引だったようだ。
長年ホルムルンド家に仕えてきた執事が、なぜそんなことをしたのかは分からない。
ただそのオーヴェという執事が、狂気に犯されたような目でエルヴィーラを見て、「こいつらが悪いんだ」とぶつくさ言っているのを、少年は耳にしたという。
犯行はおおむね計画どおり順調に進んだ。
ロック鳥を見にいくという名目で自ら同行したエルヴィーラを、街を出た先の人目のない場所で拘束、怪鳥山のふもと近くにある洞窟へと連れ込んだ。
また洞窟に行く前段階で、ホルムルンド家の屋敷には矢文を撃ち込んだ。
だが洞窟に着くと、やがて男たちの一人がエルヴィーラに暴行を加え、虐待しはじめた。
少年は、貴族から金を奪うことは悪いことだとも思わなかったが、子供が虐待されるのを黙って見ているのは我慢できなかった。
少年は男たちの隙を見てエルヴィーラを救出して、洞窟を脱出。
だが完璧にうまくはいかずに、男たちに追われる身となった。
どうにか身を隠しながら、どこに向かっているかも分からないまま逃走していると、どうやら怪鳥山そのもの──すなわちロック鳥の支配領域に入ってしまったらしい。
少年たちがあわや男たちに見つかりそうだとなったときに、ロック鳥が現れた。
ロック鳥は男たちを攻撃して、惨殺し、貪った。
もちろんロック鳥は、少年たちの味方というわけではない。
等しく人間を殺戮するモンスターであるだけだ。
やがて少年たちもロック鳥に見つかって、捕食されそうになった。
エルヴィーラをどうにか逃がすため、少年が自らをおとりにしてロック鳥に追われる身となったときに、俺たちが到着した──とまあ、そういう次第らしい。
なおエルヴィーラがいた茂みの少し先には、吐き気を催すほどのグロテスクな光景が広がっていた。
血だまりの中に、砕けた人骨に肉がこびりついたようなものが、いくつも転がっていたのだ。
たまらず目を背けた俺たちは、その場からそそくさと退散した。
事の真偽については、エルヴィーラが少年に懐いているのは分かったし、両者の言い分に食い違いもないので、おそらくは本当のことなんだろうと思った。
なお、どういう事情があって裏社会の男たちに従っていたのかと聞いたら、それまで素直に供述していた少年がそこだけは言い渋った。
「どうしても話さないとダメか?」と言うので、風音や弓月と顔を見合わせて迷っていると、エルヴィーラが口を挟んできた。
「それは私も聞きたいのだ。お前は私を助けてくれたいいやつなのに、どうしてあんなやつらと一緒にいたのだ?」
すると少年が、エルヴィーラの言葉を遮って答える。
「ニルスだ。俺は『いいやつ』なんかじゃねぇよ、立派なクズだ。でもあいつらと同じところまでは堕ちたくねぇ。そう思っただけだ」
「そうか、ニルス。私はエルヴィーラだ。でもニルス、私には分からないのだ。お前は絶対にいいやつだ。でも、あいつらはお前のことを『人殺し』だとか言っていたのだ」
その言葉を聞くと、少年──ニルスはびくりと震えた。
エルヴィーラから目をそらし、おどおどと挙動不審な態度を見せはじめる。
だがやがて彼は、ぎゅっと拳を握り、大きくため息をついた。
それから「こうなっちまったらもう、話すしかねぇか」と意を決した様子で言った。
ニルスが「話す内容をまとめるのに少し時間が欲しい」と言うので、俺たちは先にロック鳥が出した宝箱に取りかかることにした。
宝箱は巨大で、通常サイズのものとは取り扱いの勝手が違ったものの、それ以外は特に大きな問題はなし。
風音の【トラップ探知】を経て罠がないことを確認したあと、普通に開くことができた。
宝箱の中には、巨大な卵が入っていた。
のけぞって抱えるほどの大きさで、高さも一メートル半はくだらない。
弓月が【アイテム鑑定】をすると、アイテム名はそれそのもの「ロック鳥の卵」で、効果の欄には「おいしい卵料理が作れる」とだけ書かれていた。
モンスターの宝箱から食べ物が出てくるとか前代未聞なのだが、本当に食べて大丈夫なのかこれ……?
いやまあ、過去に実際に食べたやつがいるからこそ、伝説のオムレツがどうのという話になっているのだろうが。
なおこの卵、巨大すぎて【アイテムボックス】に入らなかったので、俺が抱えて持って帰ることにした。
鎧兜などの堅いものはアイテムボックスにしまって、卵は丁重に抱え持つことにする。
そうして事を終えた俺たちは山を下り始めるのだが、その際にエルヴィーラとニルスの間でこんなやり取りがあった。
「ニルス、私をおんぶするのだ!」
「なんでだよ。俺はお前の召使いじゃねぇんだ、自分で歩け」
「うっ……わ、私が粗相をしたのは、ニルスのせいなのだ! 私を助けるなら、最後まで責任を持つのだ!」
「相変わらず、めちゃくちゃ言うガキだな。ああもう、分かったよ。ほれ、乗りたきゃ乗れよ」
「やった♪ ニルス、私はお前のこと好きだぞ!」
「へいへい。そう思うなら俺を召使いとして雇ってくれ。ちゃんと給金付きでな」
「うむ、分かった。父上にオーヴェの代わりの執事として雇うように頼んでおこう♪」
「……冗談だよ。ったく、やりづれぇな」
そんなわけでニルスは、エルヴィーラをおんぶして山を下ることになったのだが。
山中の道なき道を下り始めたところで、彼はぽつぽつと語り始めた。
彼が最初に語ったのは、こんな話だった。
「……やつらが言ってたことは本当だよ。俺は街中で、人を殺したことがある」