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第359話 わずかな好機

 それからしばらくたった頃のこと。

 冒険者風の装いをした誘拐犯たちのうち、二人が立ち上がる。


「さぁて、ボチボチ時間だな。行くぞ」

「おう」


 彼らは尻に着いた土を払うと、洞窟の入り口方面に向かって歩いていく。

 二人のうち一人は、弓を携えていた。


 彼らは矢文による二度目のメッセージを、ホルムルンド家の屋敷に向けて放ちに行くのだ。

 今度は身代金の受け渡し場所と、その時間などを記して飛ばす予定だった。


 ふと男たちが立ち止まり、振り返る。


「分かってるだろうが、そのガキ逃がさねぇようにしっかり見張ってろよ」


「つっても、もう逃げ出す気力もなさそうだけどな。へへへっ」


 二人の男たちの視線の先には、ボロボロになって横たわる一人の少女の姿があった。


 上等の衣服は今やあちこちが破り裂かれ、下着や肌の多くがあらわになっている。

 少女の全身のいたるところに、痛ましい虐待のあとがこびりついていた。


 両手両足が縛られたままの少女の瞳は、光も移さぬかのようにうつろだ。

 その目からは涙がこぼれ落ちていた。


 そんな少女の姿を確認して満足げな笑みを浮かべるのは、洞窟に残る予定のもう一人の男だ。

 こうなるまで少女を虐待した張本人である。


「おう、ちゃっちゃと行って戻ってこい。俺は今のうちに、このガキでもうちっと遊んでおくからよ」


「はっ、まだやんのかよ。ロリコンもほどほどにしとけよ」


「バーカ、違ぇよ。このガキを支配してる感じがいいんだよ。泣き叫んで許しを請う姿を見てると興奮するわけ。征服感ってやつ、分かるだろ?」


「ハハハッ、何が違うんだよバーカ。テメェがクソ野郎だって自白してんじゃねぇか」


「お、なんだやるか?」


「後にしろ後に。んじゃ、行ってくるから頼むぜ」


「分かってるよ。さっさと行ってこい」


 二人の男たちが洞窟を出て行った。


 残されたのは男が一人と、少女が一人、それに少年と、ボロ雑巾のようになった執事だけだ。

 執事は気を失ったままなのか、まったく動く気配がない。


 男は指をポキポキと鳴らしながら、愉悦に満ちた顔を少女のほうへ向ける。


「さぁて、そいじゃもうひと遊びしようか、お嬢ちゃん。おませのガキにゃ分かってるだろうが、本番はこれからだからよ? 大人の男を侮るとどうなるか、その体にたっぷりと教え込んでやるぜ」


「ヒッ……! も、もうやめるのだ……いや……いやなのだ……」


 うつろに放心していた少女の顔が、現実に引き戻された様子で恐怖にひきつった。

 怯えきった表情で、涙ながらに首をふるふると横に振る。


 ニタニタ笑いとともに少女のもとに歩み寄ろうとしていた男は、その途中でぶるりと震えた。


「……と思ったが、小便したくなってきたな。ここですると臭ぇし、表に行ってくるか。──おいニルス、分かってんだろうな?」


 男は少年に向かってギロリと睨みを利かせる。

 少年は媚びるような愛想笑いを浮かべて、男に返事をした。


「あ、ああ。そのガキはちゃんと見張っとくさ」


「舐めた真似しやがったらどうなるか、ちゃんと想像しろよ。次はねぇからな」


 男はそう言い残して、洞窟を出て行った。

 すると少年は一転、意を決した表情になって、少女のもとへと駆け寄る。


「おいガキ、今しかねぇ。逃げるぞ」

「え……?」


 少女は、何を言われたのか分からないといった様子だ。


 一方の少年は、「静かにしろ」と言って、手にした短剣で少女の手足を拘束するロープを断ち切った。

 それから自らの上着で少女を包んで露出を少なくしてやると、少女の体を両腕で抱き上げた。


「な、何を……お前、何をするつもりなのだ……?」


「言っただろ。ここから逃げる。しっかり掴まってろ」


「お前、いいやつなのか……? 私を助けてくれるのか……?」


「細かいことは後にしろ。とにかく今は、やつに見つからずにここから脱出することだけを考えろ」


「……わ、分かったのだ」


 少女は少年に、ぎゅっとしがみつく。

 それと同時に、少年はスキルを二つ発動した。


 一つは【隠密】。

 自分が他者から見つかりにくいようにするスキル。


 もう一つは【隠匿(いんとく)】。

 自分以外の何かや誰かを、他者から見つかりにくいようにするスキルだ。

 これは少女に対して効果を発動した。


 いずれも覚醒者の中でも所持者が少ない、かなりのレアスキルである。


 少年はまだ低レベルであるため、これらのスキルの効果もより高レベルの覚醒者に対しては効果が薄い。

 それでも多少見つかりにくくする程度の影響力はある。


 彼はこうしたレアスキルや治癒魔法の修得者であったため、裏社会の男たちから便利に飼い殺されていたのだ。


 だが少年は今、そのスキルを自らの意志で使い、己の望みを果たそうとしていた。


 もうこれ以上、年端も行かない娘がひどい目に遭わせられる姿を見たくない。

 自分だってクズには違いないが、それでもせめて、これ以上は堕ちたくない。

 それが今このとき、少年が持った願いだった。


 少女を抱きかかえた少年は、洞窟の入り口付近までやってきた。


 物陰に隠れながら周囲を見回すと、洞窟の外、右手側の少し離れた場所で岩壁に向かって気持ちよさそうに小便をしている男の姿を発見した。


 今ならいける──少年はそう思った。

 彼は洞窟から外に忍び出て、ひとまず近くの岩陰に身を隠す。


 この調子で男に見つからないまま、ここを脱出することができれば──


 少年がそう考えたとき、異変が起こった。


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― 新着の感想 ―
[一言] そんなこと貴族の娘にしちゃったら諦められて皆殺しでは? 溺愛されてるみたいだからちょっと違うようになるとは思うけど……
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