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朝起きたら探索者《シーカー》になっていたのでダンジョンに潜ってみる 〜1レベルから始める地道なレベルアップ〜  作者: いかぽん


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355/451

第355話 貴族の屋敷にて

 都市ラハティの高級住宅街に居館を構える貴族、ホルムルンド伯爵。


 その屋敷で主に仕える執事オーヴェは、仕事に疲れ果てていた。

 執事歴二十年を超える彼は、長年の従事で精神が摩耗し、今にも限界を迎えようとしていた。


 原因は明白。

 主であるホルムルンド伯爵の横暴だ。


 伯爵は、元より使用人に理不尽を押し付けがちな性格であったが、それを加速させたのが──


「父上! ロック鳥の卵のオムレツはまだ食べられないのか? 私は伝説のオムレツというのを早く食べてみたいのだ!」


「おお、エルヴィーラ! もう少しだけ我慢しておくれ。冒険者ギルドに依頼を出して三日もたつというのに、引き受けようという者がまだ現れんらしいのだ」


「いつまで待てばいいのだ! 私はすぐに食べたいのだ!」


「おお、かわいいエルヴィーラ。私も本当に心苦しいのだ。もう少しだけ、もう少しだけ待っておくれ」


 それはある日の夕食の席でのこと。


 目の前に並んだ豪勢な料理の数々を前にして、可憐なドレスを身にまとう十歳ほどの娘が、父親に向かってわがままを言う。


 愛娘の願いを叶えられない父親は、本当に心苦しそうな様子で我が子をなだめていた。


 もっともそれは、ここ三日間、毎日毎食のように行われているやり取りだ。

 それを見ていた執事オーヴェは、心の中で大きくため息をつく。


 元より人格者ではなかったホルムルンド伯爵だが、彼に一人娘が生まれた後にはその理不尽さに拍車がかかった。


 娘の出産と同時に妻を亡くした彼は、とにかく娘を溺愛した。

 それも悪い方向に、である。

 娘に物心がついてからは、その願いを何でも叶えようとしはじめたのだ。


 そして、そのしわ寄せはいつだって、使用人へと向かう。


 夕食が終わった後、伯爵の執務室に呼び出された執事オーヴェは、予想どおりに主からの叱責を受けることとなった。


「オーヴェよ、いったいいつになったらロック鳥の卵は手に入るのだ! 冒険者ギルドに依頼を出してから、もう三日になるのだぞ! 引き受けようという冒険者はまだ現れんのか!」


「申し訳ございません、旦那様。なにぶんロック鳥を相手にするようなSランクの依頼となりますと、引き受けようという冒険者がきわめて限られるとのことでありまして。少人数で受諾可能なだけの実力を持つ冒険者パーティはまず存在せず、実質的にレイドクエスト同様の──」


「えぇい、言い訳はいらん! 私が聞いているのは、ロック鳥の卵がいつ手に入るのかだ!」


「申し訳ありません。依頼を引き受ける冒険者が現れ次第、としか──」


「すまし顔で、何をぬけぬけと! この役立たずが!」


 伯爵は机の上にあったインクの瓶を、執事に向かって投げつける。

 オーヴェの額に瓶が当たり、絨毯が敷かれた床にインクが飛び散った。


 オーヴェは己の額から血が垂れるのを感じながら、絨毯からインク抜きをして綺麗にできるかどうかを考えていた。

 次から次と厄介事を重ねる主を前に、オーヴェの心に憎悪の感情が湧き上がる。


「はあっ、はあっ……! わ、分かったな、オーヴェよ。一刻も早く、ロック鳥の卵を手に入れるのだ!」


「……かしこまりました、旦那様」


 血が上った頭がわずかに冷えたのか、少し気まずそうにする伯爵に対して、オーヴェは慇懃に頭を下げる。


 反論をしても、理不尽な時間が長引くばかりだ。

 ただ彼は、嵐が過ぎ去るのを待つ。


 だがオーヴェにとって──あるいは伯爵やその娘にとって不幸だったのは、さらなる災厄のタネが、部屋の外からやってきたことであった。


「父上~! 父上はどこなのだ~!」


「おおっ、かわいいエルヴィーラ。どうした、私はここにおるぞ」


 廊下のほうから聞こえてきた少女の声に、伯爵が猫なで声をあげながら執務室を出ていく。

 オーヴェはようやく終わったかと思い、主に気付かれぬように安堵の息をついたが、それは早計であった。


「父上、そこにいたか! 私はいいことを思いついたぞ!」


「おお、なんだいエルヴィーラ。私にも教えてくれるかい?」


「うむ! 父上、私はロック鳥の卵のオムレツを食べる前に、ロック鳥の実物を見ておきたいと思ったのだ。ロック鳥というのは、鷲に似た姿をしたドラゴンのように巨大なモンスターだと聞いた。是非ともこの目で確かめておきたい」


「おお、おお、さすが我が娘エルヴィーラ! その好奇心、きっと大物になるぞ。だが少し危険ではないかな?」


「大丈夫だぞ、父上。ロック鳥の討伐には、腕利きの冒険者が向かうのであろう? その者たちに私の護衛をするように頼めばいいのだ」


「さすがエルヴィーラ、そこまで計画的だとは。賢く育ってくれて、私は嬉しいぞ」


 執務室の外の廊下で行なわれる、バカ親子のやり取り。

 それを聞いていた執事オーヴェの瞳は、絶望の色に染まっていた。


 バカ親子の親のほう──ホルムルンド伯爵は、執務室に戻ってきてオーヴェに向かって命じる。


「聞いていたな、オーヴェよ。冒険者ギルドに行って、依頼内容の変更だ。我が娘エルヴィーラを同行させ、その目でロック鳥を見させること、この条件を追加するのだ。無論、エルヴィーラの身の安全は絶対だ。分かっておるな!」


 その言葉を聞いたオーヴェは、その内容があまりにも予想どおりすぎて、呆れと憤慨の感情に満たされていた。


 身の安全は絶対?

 冒険者とともにモンスター討伐の場に出向いておいて、そんなことは不可能に決まっている。


 第一、ロック鳥を討伐して卵を手に入れるだけでもきわめて難儀な依頼なのだ。

 それを年端もいかない娘が見たいというから、現場に連れていって護衛し、その身の安全は絶対に保証しろと?

 バカも休み休み言え、とオーヴェは思う。


 これはさすがに、嵐が過ぎ去るのを待っているだけとはいかない。

 面倒を承知で、オーヴェはどうにか抗弁をしようと試みた。


「しかし旦那様──」


「『しかし』ではない! 言い訳は要らんと言っただろう! 貴様は本当に、何度言ったら分かるのだ、この無能が! いいからさっさと冒険者ギルドに行って、依頼内容を変更してこい!」


 だがホルムルンド伯爵は、聞く耳を持たなかった。

 話を聞こうという素振りすら見せなかった。


 このとき、オーヴェの内側でずっと張り詰めていた糸が、ぷつりと切れてしまった。


「……承知いたしました、旦那様」


 オーヴェは主人に向かって恭しく頭を下げると、執務室をあとにした。


 娘エルヴィーラが「頼んだぞ、オーヴェよ」と無邪気に声をかけたことも、彼の中にたぎった憎悪の炎に油を注ぐ結果にしかならなかった。


「……ああ、もう、すべてどうでもいい」


 一人になったオーヴェは、廊下を歩みながら独り言つ。

 ホルムルンド家に長年仕えた執事の瞳は、どこまでも黒く濁っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これは…メスガキvsメスガキ? どちらがより解らせられるか! どうなる大地君の社会的生命!
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