第354話 戦いの後(2)
俺のもとには風音がやってきて、少し拗ねたような表情で「大地くん、抱っこ」と言ってきた。
俺は座ったまま、正面から抱き着いてきた風音を抱き返す。
風音は落ち着いた様子で身を委ねてきたので、俺はその黒髪を優しくなでる。
一方では、まだグリフと取っ組み合っていた弓月が「くっ、また風音さんに抜け駆けされたっす」などと言ってグリフの翼を噛みながら悔しそうにしていた。
グリフは逃げ出そうとバタバタしているが、戦いの軍配は弓月に上がったようで、逃げられそうにない。
そんな俺たちの様子を見て苦笑しながら、アデラさんが言う。
「そうさね。もしこんな想定外が頻繁に起こるとしたら、レイドを組んだってこの時期の護衛依頼は受けられなくなるよ。どうしたもんかね」
「そういやここ一、二ヶ月ぐらいか。モンスターの出現数にイレギュラーが多いって話はちらほら聞いたな。つったって、まさかこんな想定外のアウルベアカーニバルに遭遇するとは思わなかったが」
レグルドさんが話しがてらアデラさんの肩を抱こうとして、途中で躊躇う仕草を見せる。
それに気付いたアデラさんが、その腕を強引に引っつかんで、自分の肩を抱かせた。
レグルドさん、あんな強面なのに結構ウブなのかもしれない。
「脅威度の予測がつかないとなると、あたしら冒険者は商売あがったりになるね。どうするレグルド、ここらが潮時と思って引退でもするかい?」
「つってもなぁ。冒険者のほかに、稼ぐ手段も知らねぇし」
「そうなんだよねぇ。困ったもんだけど、続けるしかないか」
そう言ってレグルドさんの肩に寄りかかり、頭を乗せて上機嫌な様子を見せるアデラさんは、あまり困っているようには見えなかった。
あと頬を赤く染めているレグルドさんがかわいらしいなと思ったのと、別の場所で食事をしていた冒険者たちが羨ましそうな目でこっちを見ていたのが印象的だった。
ハンカチを噛むようにして干し肉をガジガジと噛んでいる人もいた。
とまあ、そんな食事の時間もありつつ、その夜は過ぎていって。
以後は大事なく、翌朝になった。
朝起きると、簡単な朝食をとってから出立する。
この日の道中は、前日とは打って変わって平穏だった。
あの十六体で、近隣のすべてのアウルベアが打ち止めになったかのよう。
そうして何事もなく、夕方過ぎまで歩いて都市ラハティに到着した。
馬車とともに市門をくぐり、市中へと入る。
ラハティの街並みは、一つ前の都市レルトゥクのそれと大きな違いはなかった。
宵闇の時刻、中近世西欧風の建物が立ち並ぶ大通りを、マーカスさんの馬車に付き従って歩いていく。
やがて冒険者ギルドに到着。
アウルベアの異常発生を報告する目的もあって、ギルドが解散場所に選ばれた。
ギルドへの報告を済ませると、俺たちはマーカスさんから、当初予定の七倍の報酬として金貨1050枚相当額の大金貨を受け取った。
あとで前言を翻してくるかと思っていたがそんなこともなく、きっちり支払われたことに内心少し驚いた。
マーカスさんは「これで手持ちの金貨は空だがな。命も荷物も残したのだ。またいくらでも稼げるわ」という大変ワイルドなお言葉を放っていた。
加えてミッションも一つ、達成となった。
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ミッション『レイドクエストを3回クリアする』を達成した!
パーティ全員が70000ポイントの経験値を獲得!
新規ミッション『レイドクエストを6回クリアする』(獲得経験値150000)が発生!
弓月火垂が56レベルにレベルアップ!
現在の経験値
六槍大地……2684804/2848853(次のレベルまで:164049)
小太刀風音……2549636/2588024(次のレベルまで:38388)
弓月火垂……2905451/3133157(次のレベルまで:227706)
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特別ミッションの8万ポイントと合わせて合計15万ポイント。うめぇ。
いやこっちは過去の積み重ねがあっての7万だが。
そんなわけで無事クエストもミッションも達成した俺たちは、依頼人のマーカスさんや共闘した冒険者パーティ「ワイルドファング」「紅蓮の斧」の面々とも別れて、いつもの三人と一体のメンバーに立ち戻った。
俺たちは今夜の宿と夕食の場を探すため、冒険者ギルドをあとにする。
なおギルドを出る際、ひょっと覗いたクエスト掲示板で、こんな依頼を見つけた。
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クエスト概要……ロック鳥の卵を手に入れる
クエストランク……S(推奨レベル:25レベル/八人以上)
依頼者……ホルムルンド伯爵(文責:執事オーヴェ)
クエスト内容……当家のお嬢様がロック鳥の卵で作った伝説のオムレツを食べたいと御所望です。調べたところ北西の怪鳥山に出没するロック鳥を倒すと必ず宝箱が出現し、その中に卵が入っているとのこと。ロック鳥はきわめて強力なモンスターであるそうですが、これを討伐して卵を持ち帰ってきていただきたく存じます。
報酬……金貨250枚
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珍しい、Sランククエストだ、と思った。
それにロック鳥というと、討伐ミッションがあったはずだ。
獲得経験値は5万ポイントだったか。
そんなクエストが、ほとんどのクエスト依頼書が持っていかれて閑散とした掲示板に残されている。
これはかなりおいしいのでは、と思ったが──
「せんぱぁい、クエスト掲示板なんて見てないで、早く宿をとってごろごろするっすよ~。セルフブラック企業をやるのは嫌っすよ~」
「私も火垂ちゃんに賛成。今日はもう疲れたし、お腹もすいたよ。クエストはまた明日にしない?」
「あ、ああ。そうだな」
俺は二人に引きずられるようにして、冒険者ギルドを出ていった。
まあ疲れているのと腹が減っているのは俺もだし、自らブラック企業みたいな過重労働をやりたくないのも同意だ。
また明日の朝に来て、残っていたら考えることにしよう。