第315話 暴漢と侍姿の少年(?)
人さらいが起きた現場へと駆ける。
町娘が連れ去られたあたりの暗がりには、やはり横手への細道があった。
俺たちはその細道へと入って、さらに進んでいく。
どこかから物音や声が聞こえてくる。
声は、声変わり前の少年らしきものが一つと、粗野な男のそれと思しきものが二つだ。
「くっ、もう一人いたなんて……! は、放せ……!」
「へっ、ガキがのこのこと正義ごっこなんてしやがるから、こういう目に遭うんだよ!」
「うぶっ……! げほっ、けほっ……!」
「はははっ、いいザマだ。……ん? 胸にさらしなんて巻いてやがる。まさか──」
「や、やめろっ! ──うぁあああっ!」
「ヒャハハハハッ! 見ろよ、こいつ女だぜ!」
「おっと、そうきたか。綺麗な顔してるとは思っていたが。こいつは掘り出し物だぜ」
「ああ。旦那のところに連れていく前に、ちぃと味見してやるか」
「へへへっ、いいねぇ」
「お、お前たち、何をするつもりだ! や、やめろ、私は……!」
路地裏を駆けていた俺たちが現場にたどり着いたのは、そのときだ。
そこにあったのは、こんな光景だった。
路地裏の細道。
少年に見えた年若い侍姿が、二人の浪人姿の男にいたぶられている。
一人の男が若い侍を羽交い絞めにして、もう一人の男が正面に立ち、若い侍のあらわになった胸に手を伸ばそうとしていた。
少年に見えた若い侍は、胸にさらしを巻いていたようだが、今はそれが破り去られてその胸が露見している。
はだけた着物の胸元に見えるそこには、慎ましやかながらも確かなふくらみがあった。
その三人とは別に、路地の少し離れた場所には、先ほど連れ去られた町娘も倒れていた。
気を失っているらしく、動く様子はない。
情報を整理すると、おそらくこういう状況か。
町娘を誘拐しようとした暴漢。
それを見咎めてあとを追った、侍姿の少年あらため少女。
だが誘拐犯の男にはもう一人仲間がいて、侍姿の少女は返り討ちに遭ってしまった──と、だいたいそんなところだろう。
「な、なんだテメェら!?」
「このガキの仲間か!?」
侍姿の少女をいたぶろうとしていた二人の男が、俺たちへと注意を向ける。
二人の男はどちらも着流しを身にまとい、腰には刀を挿している。
伝わってくる力の圧から察するに、二人とも覚醒者に違いない。
しかし、彼らが相手にしている少女もまた、覚醒者だ。
羽交い絞めにしていた男の注意が俺たちに向いたことで、わずかな隙ができたようで──
「今だ!」
「なっ、しまった……!?」
その好機を見逃さず、侍姿の少女は、羽交い絞めにしていた男の腕からするりとその身を脱出させた。
二人の男が、さらなる戸惑いの様子を見せる。
「風音!」
「うん、大地くん! ──やぁああああっ!」
「ぐあっ、ぐほぉっ!」
「うぉわぁああああっ!」
男たちが戸惑った隙をついて、俺と風音がそれぞれ一人の男に攻撃を仕掛ける。
武器を使うまでもない。
俺は軽い拳の一撃を入れてからの回し蹴りで一人の男を吹き飛ばし、風音は豪快な投げ技でもう一人を投げ飛ばしていた。
暴漢たちは、二人並んで地べたに転がった。
「く、くそぉっ、何だってんだこのガキども! だが、やろうってんならよ──!」
男の一人がよろよろと立ち上がりながら、腰の刀に手を伸ばす。
だがもう一人の男が、それを止めた。
「待て、分が悪りぃ。ここはさっきの娘だけ連れて、とっととズラかるぞ」
そう言って彼は、倒れていた町娘のほうへと視線を向けるのだが──
「そうはいかねぇっすよ。この火垂ちゃんの目が黒いうちは、ここは通さねぇっす。それともこの人数差でやり合うっすか? シュッシュッ!」
倒れた町娘の前には弓月が立っていて、男たちを牽制するようにシャドーボクシングの仕草を見せた。
ところでうちの後輩は、人数差を誇るところといいその仕草といい、やられ役の三下ムーブトーナメントにでも参加しようとしているのだろうか。
コミックリリーフの役割を忘れないその魂は、賞賛に値するとは思うが。
「チッ、ダメだ。このままズラかるぞ!」
「クソッ、覚えてやがれ!」
男たちはテンプレートな捨て台詞を吐いて、細道の向こう側へと逃げ去っていった。
「待て、悪党ども──ぐっ」
追いかけようとした侍姿の少女が、苦しげに腹部を押さえてその足を止める。
俺たちが見ていなかった間に、腹パンでも食らったのだろう。
「大地くん、私がこっそり追いかけようか?」
「そうだな。何かの役に立つかもしれないし、頼んでいいか? もちろん無理はしない範囲で」
「了解だよ」
俺の返事を受けた風音は、男たちが逃げ去った方へと素早く駆けていった。
あとに残ったのは、侍姿の少女と、倒れた村娘、それに俺と弓月、グリフだ。
侍姿の少女は、少し苦しげな様子を見せながらも、俺たちに向かって頭を下げてきた。
「どこのどなたかは存じないが、助力に感謝する。かたじけない。あのままでは、私まで悪漢どもの餌食となっていたやもしれない」
「たまたま通りがかって良かったよ。お腹、治癒魔法をかけるから、少しいいか?」
俺がそう答えると、侍姿の少女は顔を真っ赤にしてわたわたとした。
「そんな! そこまでしてもらっては、面目が立たない。それに、その……今は十分な対価を持ち合わせていないんだ」
「そんなのはいいから。キミが嫌じゃなければ、治癒させてほしい」
「安心するっすよ。万が一、先輩がスケベなことをしようとしたら、うちがどついて止めるっすから」
弓月が後ろから援護射撃をしてくる。
援護射撃……だよな?
「え、えぇと、そういう心配をしているわけでは……でも、分かった。そういうことなら、お願いしよう」
というわけで、俺は侍姿の少女の腹部に手を近付け、【アースヒール】をかけてやった。
少女の腹部が治癒の光に包まれ、少し苦しげにしていた表情が穏やかになった。
「ふぅ……おかげで楽になった。重ねて礼を言う。かたじけない」
「どういたしまして。事のいきさつを話してもらってもいいかな。俺たちもなんとなくこの場に来ただけで、事情がよく分かっていないんだ」
「分かった。といっても、私も偶然居合わせたに近いから、多くは語れないと思うが」
そう言って侍姿の少女は、事のいきさつを語ろうとした。
だがその前に、弓月がちゃちゃを入れてくる。
「先輩、うやむやにしようとしてるっすけど。見たっすよね?」
「…………。……見たとは、何のことかね?」
「しらばっくれるんじゃねぇっすよ。この子のおっぱいっす」
「おっ……!?」
侍姿の少女が、身を抱くようにして俺から少し離れた。
ちなみに今は、着物の胸元をしっかり隠しているので、その下にあるはずの柔肌のふくらみは見えない。
「い、いや……だってそれは、しょうがないだろ」
「そう思うんなら、見てないとか言って誤魔化さなきゃいいんすよ。やましいところがあるから誤魔化そうとするっす」
「……み、見てないとは言ってねぇし」
「あーっ、そういう言い訳するんすね。あーあ、先輩も汚れ切ったもんっすね」
「あ、あの……別にそれは、私は気にしていないから……あいつらのせいであって、彼は不可抗力だし……」
侍姿の少女が、弓月にやんわりと断りを入れる。
すると弓月、今度は少女の前までトコトコと歩いていって、キッと睨みつけた。
「先輩はうちと風音さんのもんっすからね! 誘惑したらダメっすよ!」
「え、えぇーっ……」
「ああもう弓月、初対面の子におかしなイチャモンをつけるな。──あ、キミ、こいつの言うことは気にしないでいいから」
「ニャーニャーッ! 先輩は美少女と見るとすぐに浮気するっす~!」
俺が首根っこを掴んで弓月を引っ張ると、後輩は猫のように鳴いてジタバタと暴れた。
それらを見た侍姿の少女が、困ったように笑う。
一方ではグリフが、ペット枠は自分のテリトリーだとばかりに、弓月に向かって「クピッ、クピィッ!」と抗議するように鳴いていた。