第312話 メスガキサキュバスと新スキル
食事を終えた俺たちは、宿へと帰還した。
三人部屋にはベッドが三台。
今日も仕事を終えてくたくたになった俺たちは、それぞれにベッドにダイブした。
あとは雑談しながらごろ寝して、しばらくしたら就寝だ。
寝て起きたらまた護衛の仕事でこの街を出立することになるが、ひとまずそれは忘れて骨休めのひと時を楽しもう。
ある時、風音が席を外し、一時的に部屋を出ていく。
部屋に残されたのは、俺と弓月、あとグリフだけとなった。
俺はベッドにうつ伏せになり、枕元にグリフを置いて、自分のステータスを開く。
スキルポイントも余っていないし、意味のない手慰みだが。
「新規に出たスキル、残りは【エリアプロテクション】に【アースハンド】、【手加減】か。あと【MPアップ】と【槍攻撃力アップ】のランクも上げられるけど」
51レベルになって修得可能スキルリストが更新され、修得したいスキルがまた増えた。
しかし先立つものがないので、将来の可能性に想いを馳せるばかりである。
レベルを上げればスキルポイントが増える。
しかしまた一定以上にレベルが上がれば、修得できるスキルも新しく増える。
沼だ。
沼なのだが、とにかくレベルを上げて損がないことだけは間違いないだろう。
つまり経験値だ。たっぷりの経験値をよ・こ・せ!
ちなみに新規でリストに出てきたスキル、【エリアプロテクション】はまあだいたい分かるとして、問題は残りの二つだ。
【アースハンド】は足止め系の魔法か?
地面から手が生えてきそうだが、修得してみないと詳細は分からない。
【手加減】はもっと分からない。
与えるダメージを減らすスキルとか? 何の意味が?
が、最近少し思うところがあって、スキルポイントに余裕ができたら修得してみるのもアリかと思っている。
というのも今の俺が人間の覚醒者を相手に、神槍で【三連衝】を使うと、25レベル相手でも戦闘不能を一気に通過して、命を奪うまで行きかねない気がしていて少し怖いのだ。
25レベル覚醒者の最大HPは150前後のことが多いと考えると、300点を一気に叩き込んでしまえばHPがマイナス最大値に突入して即死する計算だ。
かといって通常攻撃では、一撃で倒せない可能性も高い。
帯に短し襷に長しみたいな状態になっていて、どうにも座りが悪い。
まあダメージコントロール目的なら、【二段突き】を修得するという手もあるのだが。
MP消費も【三連衝】より少ないはずだしな。
元の世界のデータベースによると、確か【二段突き】の消費MPは4だったはず。
【三連衝】の消費MPは8だから、半分で済むが……さておき。
この異世界に来てから、いやそれ以前からも、俺たちはモンスター相手には容赦なくその存在を刈り取ってきた。
そのことに罪悪感は覚えない。
これが探索者になったことによる精神への作用なのか、モンスターは生物ではないとする考え方によるものなのかは分からないが。
だが人間の覚醒者が相手となると、話は別だ。
暴力の世界にどっぷり浸かっておきながら、できれば人殺しにはなりたくないという想いがある。
今のところ、間接的にならともかく、直接的に手を汚したことはない……と思う。
それをするのは、やはり怖い。
だが、いつまでそんな甘いことを言っていられるのか。
風音や弓月を守るために必要になったら、そんな甘えはいつでも捨てるべきだと自分に言い聞かせてはいるが……。
俺たちを捕縛するために刃を向けてきたこの街の戦士たちにも、愛する伴侶や子供がいるかもしれない。
こちらに刃を向けてきた時点で、そんなことは関係なく、命のやり取りをする覚悟を持つのが当たり前だとするのは正論ではあるが──
──ああ、やめだやめだ!
こんなことを考えていても、埒が明かない。
とにかく、それが許される限りは甘ちゃんでいよう。
でも優先順位は間違えるな。それだけだ。
「先輩。ま~た難しいこと考えてそうな顔してるっすね」
そのとき弓月が、俺の上にのしかかってきた。
ベッドにうつぶせの俺の上に、重なるようにして抱き着いてくる。
俺の首には弓月の腕が回され、耳には息が吹きかかってくる。
背中には柔らかな感触。
「……おい後輩、何の真似だ。襲っていいのか?」
「こ、怖っ。先輩がトゲトゲしてるっす。ダメっすよぉ、先輩にはもっとかわいらしい狼さんでいてほしいっす♡ ワオ~ン♡」
「いいのかダメなのか分からない表現をするな。そういうこと言ってると都合よく解釈するぞ」
「や、やだなぁ先輩、ちょっと落ち着くっすよ」
弓月は慌てて居住まいを正し、俺の腰のあたりに跨って座る形へと姿勢を変えた。
居住まいを正してもそれか、このメスガキサキュバスめ。
でもいつ風音が戻ってくるかも分からないし、一応はノーの意志表示らしいし、あまりにも節操がなさすぎるのもどうかと思う。
何か話題を変えて……そうだ。
「弓月。お前も51レベルになっていたよな。修得可能スキルリスト、どうだった?」
俺は後輩に馬乗りになられた姿勢のまま、声だけで問う。
弓月は「ああそうそう、それっすよ」と言って、再び俺に折り重なる姿勢になって、自身のステータス画面を開いて俺に見せてきた。
……だから、どうしていちいち密着してくる。
俺の理性を試しているのか? 誘っているようにしか思えないのだが。
まあ、さておいて。
俺は後輩の柔らかさと体温から気を逸らすべく、弓月のステータスに注目してみた。
弓月火垂
レベル:51(+6)
経験値:1814651/1927788
HP :324/324(+68)
MP :720/720(+144)
筋力 :30(+3)
耐久力:36(+4)
敏捷力:42(+4)
魔力 :80(+8)
●スキル
【ファイアボルト】
【MPアップ(魔力×9)】(Rank up!)
【HPアップ(耐久力×9)】(Rank up!)
【魔力アップ(+20)】(Rank up!×2)
【バーンブレイズ】
【モンスター鑑定】
【ファイアウェポン】
【宝箱ドロップ率2倍】
【アイテムボックス】
【フレイムランス】
【アイテム鑑定】
【エクスプロージョン】
【弓攻撃力アップ(+16)】(Rank up!)
【トライファイア】
【リザレクション】(new!)
残りスキルポイント:0
数値の比較対象は海底都市にいたときで、それはいいとして──
「ん……? なんだこれ、【リザレクション】?」
「ふっふっふ、お気付きになられたようっすね、先輩」
後輩のドヤ顔が見て取れるような嬉しそうな声。
俺はふと思い至り、ベッドの上で姿勢を変えて、横に転がった。
俺に重なっていた後輩は「わっ」と言って、これまたベッドの上に転がる。
俺はそのまま、後輩を逃がすまいとベッドの上で組み伏せた。
形勢逆転。
俺のベッドに仰向けになった弓月と、それを押し倒したような格好で覆いかぶさる俺の構図が出来上がる。
「せ、先輩……? 本気っすか……?」
「で、その【リザレクション】っていうのは、どういう効果なんだ?」
「あ、えと……この姿勢、関係あるっすか、それ……?」
「俺にスキル自慢したかったんだろ。教えてくれよ、スキルの効果」
「あ、いや、その……HPが0以下になって戦闘不能になっても、すぐに復活させられる魔法っす。さすがに死んだら無理っすけど……。あとHPもいくらか回復するっす。普通に回復魔法としても使えるっすけど、消費MPはめちゃくちゃ重くて40もあるっす……」
「ほう。それは確かに重いな。俺だったら八回使ったらMP切れだ。でも弓月のMPだったらそれなりに使えるんじゃないか?」
「それはそうっすけど……と、ところで先輩、この姿勢……」
弓月はもぞもぞと身をゆすって、俺の下から逃げようとする。
でも俺はそれを許さない。
後輩の両手首を手でつかんで押さえつけ、小さな体は自身の体重を使って押さえ込む。
後輩の顔は真っ赤になり、あわあわとしている。
でも俺が顔を近付けていくと、覚悟をしたのか、受け入れるようにその瞳を潤ませて──
「ただいまーっ。……ってごめん、取り込み中だった?」
「「あ……」」
部屋の入り口の扉が開いた音と、もう一人の最愛の彼女の声。
気まずくなった俺は、弓月の上から退いて、後輩を解放した。
弓月は弓月で、乱れた衣服と姿勢を整え、ぽつりとつぶやく。
「先輩はときどき獰猛な狼さんになるから、侮れないっすよ……マジで食われちまうところだったっす……」
「俺も一度スイッチが入ると、どうもな……。いつも言ってるが、その気がないときは誘惑してこないでくれ」
「いや、その……うちもその気がゼロってわけじゃないんすよ? でも、先輩をどこまでおちょくれるのか、チキンレースを楽しみたいだけっていうか」
「で、ブレーキの踏みどころを見誤ったと」
「う、うっす。まあそんときは、先輩と一緒に落っこちてもいいとは思ってるっす」
まったく。あまり人をオモチャにしないでほしいのだが。
まあいざとなったときの覚悟もしているなら、いいけどさ。
「うーん……大地くんと火垂ちゃんのあのイチャイチャ、どうしたら真似できるんだろう? 私も大地くんとあれやりたい……羨ましい、妬ましい……」
風音は風音で、よく分からないところで思い悩んでいた。
とまあ、そんなこんなの一幕がありつつも、しばらくの後に俺たちは就寝した。
そして夜になってから狼牙族の商人ヴォルフさんと合流すると、オアシス都市ラダージャを出立したのだった。
商隊の目的地は、極東の国ヤマタイだ。