第306話 ボス部屋
『真なる財宝を求める者は、力を示せ。力なき者は去るがよい』
スフィンクスがいた部屋を出て通路を進み、次の部屋にたどり着いた俺たちが見たのは、そんな言葉が記された石板だった。
部屋に入ると正面に扉があり、扉の横手の壁にこの石板。
さらに石板の前には台座があり、その上には青色のオーブが配置されている。
また部屋にはもう一つ、右手側の壁に出口らしき通路があった。
その通路の先、だいぶ奥には転移魔法陣によるものらしい輝きが見える。
通路の入り口には、開かれた状態の扉。
向こうに行ったら自動的に扉が閉まって戻れなくなりそうだな、となんとなく思った。
「ボス戦前に逃げ道を用意してくれるなんて、ダンジョンにしては気が利いてるね」
風音が右手側の通路に視線を向け、そう口にする。
それからルル王女のほうを見て、確認の言葉をかけた。
「正面の扉の先には、本当の強敵が待ち受けているという脅しかもしれません。でも、ここで逃げる道理はないですよね、ルル様?」
「無論です。『真実の鏡』を手に入れることなく帰るのでは、ここへ来た意味がありません。皆様の力に頼ることになると思いますが、よろしくお願いします」
ルル王女は俺たちに向かって、深く頭を下げた。
俺はそれに応じて、しっかりとうなずく。
「承知しました。俺たちにできる限りを尽くします」
「すでに報酬はもらったんすから、しっかり働いてみせるっすよ。ねー、グリちゃん?」
「クアッ、クアーッ!」
自らのローブを示してくるりと回る弓月と、同意を示すように鳴くグリフォン。
ナセルさんもまた、ルル王女に向かってうなずいた。
「この勇者たちがいると、俺なんぞはほとんど役に立ちませんがね。せめてルル様をお守りする程度には立ち回ってみせますよ」
「お願いします、ナセル。あなたの助力も、私は心強く思っています」
ルル王女は微笑んで、ナセルさんの手を握ってみせる。
「ならば俺は、ルル様の騎士をやってみせましょう。必ずお守りします、姫様」
ナセルさんは片膝をついて、ルル王女の手の甲にキスをした。
ルル王女は目を丸くして頬を赤らめ、それを見た風音がひゅうと口笛を吹く。
一同の心の準備ができたところで、俺が代表してオーブに手をかざした。
正面の大扉が、厳かな音を立てて開いていく。
五人と一体は、確かな足取りで扉をくぐり、その先へと足を踏み入れた。
そこは広大な石造りのホールのようだった。
遠くの方は暗くて見えないが、ボス部屋の御多分にもれず、そこらの体育館よりもはるかに広いぐらいの空間だと思える。
俺たちが進んでいくにつれ、ボッ、ボッ、ボッと左右の壁にかけられた松明に青い炎が灯っていく。
手前から奥に向かって、順繰りにだ。
「ひっ……! せ、先輩、何すかあれ……!? 壁に、髑髏が……!?」
怯えた様子の弓月が、俺の腕にしがみついてくる。
その視線は右手側の壁に向かっていた。
「うっわぁ、悪趣味だねぇ」
風音も左手側の壁を見て、声をあげる。
こちらは怯えている様子はないが。
左右の壁には、ところどころに髑髏が埋め込まれていた。
インテリアにしては確かに趣味が悪い。
「ダンジョン内のものだから、本物でもなさそうだが。ていうか弓月、お前スケルトンとかのアンデッドは大丈夫だったよな?」
「あ、ああいうのは何か違うじゃないっすか! 雰囲気が怖いんすよぉ!」
「そっか。戦闘には影響ないようにしてくれよ」
「うううっ……簡単に言ってくれるっすね……。──ひぃっ!」
背後で扉が閉まる音がして、弓月がさらなる悲鳴を上げる。
かわいい後輩は、早くも泣き出しそうだった。
怯える弓月を半ば引きずるようにして、部屋の中央あたりまで進む。
その頃には、左右の壁に掛けられた松明は、一番奥まで炎が灯っていた。
ホールの最奥の壁には閉じられた扉があり、その前あたりの床には四つの棺が配置されていた。
うち三つは最初の部屋にあったのと同じ木造に見えるもので、もう一つは転移前に見た立派な石造りの棺とよく似ている。
それらの棺が、ぼうっと光った。
次いで、棺の蓋がいずれもひとりでに開き、棺の中からモンスターが姿を現す。
木造らしき三つの棺から出てきたのは、どれも最初の部屋で遭遇したのと同じミイラ男──マミーというモンスターだ。
一方、石造りと見える棺から出てきたのは、それと似ているが少し雰囲気が違うものだった。
ほかのマミーとは、放たれるプレッシャーの大きさが桁違いだ。
「ひっ……!?」
「くそっ、なんだあいつは……!? バ、バケモノかよ……!」
そのプレッシャーを受け、ルル王女が怯えた様子を見せ、へたり込みそうになる。
それをナセルさんが支えたが、そうした戦士の手もまた震えているように見えた。
「【モンスター鑑定】、通ったっす! モンスター名は『マミーロード』! マミーの上位版みたいな能力っすけど、強さのランクはドラゴンと同格かそれ以上っすよ!」
逆に弓月のほうは、強敵を前にして、いつもの調子を取り戻したようだ。
ちょっと声は震えているが、おおむね普段通りに見える。
しかしドラゴンと同格と言われても、あまり脅威だとは感じなくなってきている今日この頃である。
一緒にいる三体のマミーをさっさと片付けることができれば、あとは消化試合だろうか。
もちろん強さの質も違うだろうし、油断は禁物だが。
ちなみに、例によって今はボスモンスターの登場シーンなので、その時間に俺たちはせっせと補助魔法をかけていた。
武器には魔法の炎が宿り、体には敏捷力と防御力を高める魔力が付与される。
「──っ! 大地くん、来るよ!」
「無敵状態、解けたっす!」
風音、弓月の声が響く。
動き出した三体のマミーとマミーロードの眼が赤く輝き、俺たちに呪縛の魔力を与えてくる。
「させるか、【ストーンシャワー】!」
「刃の嵐よ、斬り裂け! 【ウィンドストーム】!」
「薙ぎ払え、爆炎! 【エクスプロージョン】!」
ほぼ同時に、俺たちもまた、準備していた攻撃魔法を一斉に解き放った。