第299話 逃走劇
「だ、脱獄だ! 脱獄だぞーっ!」
「ルル様が逃げただと!? いったいどうやって!?」
「さっき捕まえた冒険者たちもだ! ナセルのやつが手引きしたとしか考えられねぇ!」
「あの野郎、何考えてやがる……! ちくしょう、探せ! まだ近くにいるはずだ!」
王宮仕えの戦士たちが、王宮の敷地内をバタバタと駆けずり回っている。
それをラクダ小屋に隠れ潜んでやり過ごした俺たちは、戦士たちが近くにいないときを見計らって、王宮敷地内の中庭へと飛び出した。
今この場にいるのは、総勢四人と一体──俺、弓月、小型化状態のグリフォン、ルル王女、それに王宮仕えの戦士ナセルさんだ。
城門を警備していた戦士が、俺たちの姿を見咎めた。
その戦士は驚き、声を上げようとして──
「こっ、むぐっ!? むぅうううううっ!?」
「ごめんね、ちょっと眠ってて」
死角から接近していた風音に口をふさがれ、短剣で刺されて戦闘不能状態に陥り、門番の戦士は意識を失った。
風音に手放された戦士は、どさりと崩れ落ちる。
俺はそこに駆け寄って、倒れた門番に治癒魔法をかけてやった。
「いたぞ、城門のほうだ!」
「クソッ、逃がすな!」
遠くにいた戦士たちが駆けつけてくる。
王宮の戦士たちは一人、また一人と中庭に姿を現し、数を増していく。
「チッ、こうも早くバレちまうとはな。さっさとズラかるぜ」
「ズラかるって言うと、うちらのほうが悪党みたいっすね」
「脱獄もしたのだし、今のところは正真正銘、私たちのほうが犯罪者だわ」
ナセルさん、弓月、ルル王女がそれぞれに感想を漏らしつつ、王宮の城門を出て、町へと駆け出していく。
俺と風音、グリフォンもそれに続いた。
できるだけ静かに脱獄したかったのだが、牢がもぬけの殻になったところを運悪く発見されてしまったらしく、こんな状態である。
しかしずっと追いかけっこをやるのも面倒だ。
軽く牽制でも入れておいた方がいいか。
「弓月、一発お見舞いしてやれ!」
「承知っす! ──終焉の劫火よ、焼き尽くせ、【エクスプロージョン】!」
俺の指示を受けた弓月が、一度足を止め、数秒の精神集中の後に魔法を発動させる。
「魔法を撃ってきたぞ!」
「構うな! 一撃ぐらいどうということは──ぐわあーっ!」
「ぎゃあーっ!」
城門のあたりで爆炎魔法が炸裂して、そこを通ろうとしていた数人の戦士たちをまとめて吹き飛ばした。
ボロボロの姿で地面に転がった戦士たちは、ピクリとも動かなくなる。
すまんな。
死んではいないはずだから、後続に治癒魔法で治してもらってくれ。
「よし、よくやった弓月」
「えっへへー。ま、うちの魔法にかかれば、ざっとこんなもんっすよ」
「クピッ、クピーッ♪」
「な、なんだあの威力……? お前さんら、いったい全体どうなってんだ?」
呆然とするナセルさんの背中を叩いて、俺たちは再び逃走を開始した。
そこからは、比較的簡単だった。
しばらくの後、追っ手の戦士たちを巻くことに成功した俺たちは、路地裏でホッと息をついた。
「ちくしょう、どこに行きやがった!」
「探せ! 町じゅうをしらみ潰しにするんだ!」
追っ手の戦士たちの声が遠くの方から聞こえてくる中、俺たち五人と一体は、細い路地裏の道を静かに進んでいく。
先導するのはルル王女だ。
「ルル様、どこに向かっておられるんです?」
「ラシャド老の家よ。お父様が最期のときに、かの老人を訪ねるように言ったの」
「ラシャド老……あの胡散臭い爺さんか」
ナセルさんとルル王女のそんな会話。
それからしばらく経ってのことだった。
「待って。この先から誰か来る。一人だけ」
風音が一同を制止した。
彼女はすぐに【隠密】スキルを発動し、近くの物陰に隠れる。
少し待っていると、やがて道の先に一人の少年が現れた。
砂漠の民のご多分に漏れない褐色肌の少年で、年の頃は十五、六歳といったところか。
警戒する俺たちに向かって、少年は朗らかな笑顔を向けてくる。
「ルル様、お待ちしてましたッス。ラシャド様が待ってるッス。ついてきてほしいッス」
驚いた表情を見せたのはルル王女だ。
「どうして……? 私が今日の今、ラシャド老のもとを訪れることなんて、知っているはずもないのに」
「ラシャド様はすべてお見通しッス。ときどきこういうことがあるんスよ。運命に導かれた者がやってくるーとかなんとか。俺にはよくわかんねッスけど」
「あなたは?」
「ラシャド様の世話役をやってる者ッス。ルル様の敵じゃないから安心してほしいッス。ついてくるッスよ」
そう言って少年は、きびすを返して彼が来た道を戻りはじめた。
ルル王女は、決意の表情を見せると、緊張した様子で少年のあとをついていく。
俺たちもそのあとに続いた。
風音も【隠密】スキルを解除して合流する。
その道すがら、弓月が俺の服のすそをくいくいと引っ張ってきた。
見れば弓月は、険しい表情で少年を見つめている。
「先輩、あいつはまずいっすよ」
「まずい? 敵かもしれないってことか?」
「うちとキャラが被ってるっすよ。どっちがしゃべってるか分からなくなるっす」
「なんのこっちゃ」
俺は弓月の頭をこつんと叩く。
弓月は「これは重大な問題なんすよ~!」などと懸命に訴えていたが、無視することにした。
やがて少年は、一軒の家の前にたどり着いた。
スラムらしき薄汚れた路地裏にぽつんと佇む、粗末な一軒家である。
家というよりも、テントに近いかもしれない。
「ラシャド様、ルル様をお連れしたッスよ」
「……入れ」
家の前で少年が声をかけると、その中からしわがれた声が聞こえてきた。
少年は「ルル様、どうぞッス」と言って、ルル王女を中に招き入れる。
その様子を見て、風音が俺に声をかけてきた。
「全員で入ると狭そうだね。ルル王女だけ入って話を聞いてもらったほうがいいかな?」
「そうだな。よそ者が聞かない方がいいような、込み入った話もあるかもしれないし」
というわけで、俺たちはひとまず中に入るのを遠慮しようかと考えた。
だが──
「お前たちもだ、運命に導かれし勇者たちよ。全員入ってこい」
家の中から、そんな声が聞こえてきた。
俺は風音、弓月と、互いに顔を見合わせたのだった。