第296話 暴君
町の人々が慌てて道の端に寄ってかしこまったのを見て、俺たちも少し遅れてそれに倣った。
敬意を払うべき相手かどうかはさておき、無駄に事を荒立てることもない。
あの神輿に乗った王冠の男が、ちらほら話に出てきた新王だろう。
名前はウスマーンとかいったか。
年の頃は三十歳ほどに見える。
褐色肌と黒髪を持った長身痩躯の男で、人々をひざまずかせる優越感をあらわにしながらふんぞり返っている。
その身には、金や宝石をあしらった装飾品がじゃらじゃらと身につけられていた。
王の進路は、まるで時代劇で見る大名行列の様相だ。
道のわきに退いてかしこまった人々の前を、武器を持った兵士たちに警護された神輿が、我が物顔で通りすぎようとしていく。
だが困ったことに、王の神輿はそのまま素直に通りすぎてはくれなかった。
「待て。──そこの魔導士姿の娘、おもてを上げよ」
「へっ……? うちっすか?」
道のわきで何となくかしこまるふりをしていた俺たち三人のうち、約一名が王から声をかけられた。
どよっと、周囲の人々がにわかに騒めく。
神輿の上の王は、なぜか弓月に向かって声をかけたのである。
続けて王は、とんでもないことをのたまってきた。
「そうだ、娘。お前はなかなかに器量がよいな。気に入ったぞ。余の妾となれ」
「は……? えーっと……ねぇ先輩、あの王様、突然何言ってんすか? 超絶意味不明なんすけど」
弓月は、理解に苦しむといった様子で俺に耳打ちしてくる。
うん、無理もない。
俺もあの王様が何を言っているのか、よく分からないからな。
いや、本当は分かるけどさ。
何あれ、ゲルゼル二号?
今すぐボコにしてもいい? ダメ?
「大地くん、どうしよう?」
「さて、どうしようか……」
風音に問われて、困ってしまった。
呆気にとられすぎて、パッと思い浮かぶのが暴力的な解決手段しかない。
知性と良識ある人類としては、もう少し平和的な解決手段を模索しなければならない気がするのだが……。
俺たちが戸惑っていると、王は次に、風音のほうへと視線を向けてきた。
「ほう、よく見ればそちらの娘もなかなかの美貌だな。少々年嵩であるのが玉に瑕だが、まあよい。お前も余のもとに来るがよい」
「ねえ大地くん、あいつ八つ裂きにしていいかな? いいよね?」
風音の笑顔が暗殺者のそれになった。
俺もちょっと理解が及ばない。
え、あのおっさん今、風音を年増呼ばわりしたの?
正気? さては生粋のロリコンの人?
そういえば神輿に侍らせているのも、みんな年若い少女たちだな。
それでも俺は、風音の手が腰の短剣に伸びようとしていたところを、慌てて掴んで止める。
「風音、どうどう。気持ちは分かるけど、八つ裂きはまずい」
「えーっ。じゃあ首をかっ切るとかは?」
「待って。どこまで冗談で言ってるのか分からなくて怖いから」
などと止めてはみたものの、なんかもう、まともに対応するのも面倒になってきた。
弓月と風音の絡まれる順番が違っただけで、あの国王、完全にゲルゼル二号だよね?
しかし王様なんだよなぁ。
事を構えたらどうなるんだろう?
ヴォルフさんにも迷惑かかりそうだし、まいったな。
とはいえ、風音も弓月も苛立ちを抑えて俺の判断を待ってくれているようだし、俺が決めないことにはどうしようもなさそうだ。
俺は一つ大きくため息をついてから、片膝の姿勢をやめて立ち上がった。
人々の騒めきが、一層大きくなる。
俺は神輿の上の王に向かって、こう言葉を返した。
「おそれながらウスマーン陛下。こちらの二人は、私の大切な仲間です。私たちは旅の途中であり、明日にはまた出立する身にございます。陛下のおそばにお仕えすることは致しかねます」
俺の言葉に、左右にいた風音と弓月が、うんうんと首を縦に振る。
神輿の上の王は、たいそう不愉快そうな表情を見せた。
「なんだ貴様は? 余は二人の美しい姫君に語りかけたのだ。貴様に発言を許した覚えはないぞ無礼者め」
王が手を軽く一振りすると、神輿を警護していた戦士たちのうち三人が、俺を威圧するように前に進み出てきた。
そのうち先頭に立った一人が、腰からおもむろに曲刀を抜いて、俺の眼前に突きつけてくる。
「控えろ下民、王の御前であるぞ。それとも今すぐ斬り捨てられたいか」
「……はあっ」
俺はもう一度、大きくため息をついた。
なんかもう、ダメだなこれ。
事を荒立てても良いことはないが、かといって風音や弓月をこのダメ王に献上してやる選択肢は何億倍もあり得ない。
その風音と弓月が、目で俺に訴えかけてきている。
「ねぇ大地くん、そろそろ本気でキレていい?」「先輩先輩、うちもキレていいっすか?」という心の声が聞こえてくるようだ。
俺もいい加減あきらめの境地にあったので、二人にゴーサインを出す意図でうなずいた。
風音と弓月が互いに顔を見合わせ、ニッと笑い合うと、俺の両隣ですくっと立ち上がる。
「その王様がクソなんだから、しょうがないんじゃねーっすか」
「そうそう。罪もない旅人に横暴を働く前に、自分のところの王様をしっかり躾けておいてほしいよね」
……はい、二人とも言いすぎです。
本当にありがとうございました。
神輿の上の王が、その額に青筋を浮かべる。
王は唾を飛ばして、喚き散らした。
「ふ、不敬罪だ! その三人をひっ捕らえて、牢にぶち込め!」
王の言葉に護衛の戦士たちが応じて、武器を手に俺たち三人を取り囲んだ。
なお戦士たちの中には、王に見えない場所でため息をつき、肩をすくめた者の姿もあった。
そうした戦士も「悪く思うなよ」と言って包囲網に参加する。
王命だから仕方なく従っているものの、内心では呆れているのかもしれない。
かといって俺たちも、素直に捕まってやるわけにはいかないんだよな。
俺、風音、弓月の三人はそれぞれ武器を手にし、互いを守るように立って、周囲の戦士たちを警戒する。
戦士たちの数は全部で八人。
限界突破している者もいなさそうだし、あしらえない数ではないと思うが──
と、そのときだった。
ピコンッと、特別ミッション発生の通知が出たのである。
ああはいはい、厄介事に巻き込まれるとたいていこうですよね。
せっかくなのでミッション経験値はおいしく頂きますよ──などと思っていた俺だったのだが。
問題は、その特別ミッションの内容であった。
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特別ミッション『砂漠の都で逮捕され、王宮の地下牢に入る』が発生!
ミッション達成時の獲得経験値……40000ポイント
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「「「???」」」
かつてないほど意味不明なミッション内容に、俺たち三人は首を傾げずにはいられなかったのである。