第295話 新王の噂
「砂漠の都」の二つ名で知られるオアシス都市ラダージャは、聖王国の西側に隣接する広大な砂漠地帯に点在するいくつかの集落の中でも、最も大規模なものだ。
その名の通りオアシスを中心として発達した都市であり(と言っても砂漠の集落はいずれもオアシスを中心に形成されているのだが)砂漠の国メルジェにとっては王都にあたる都市である。
都市の規模や人口などは、大国の王都などと比べるとはるかに小さい。
しかし東方との交易の中継地点として栄えており、それなりに豊かではあるようだ。
ここ最近になって国王が代わったという噂も聞いていたが──
「おいおい、悪い冗談はよしてくれ! なんだその法外な入市税は? 前に来たときには、その半分ほどだったぞ」
そう言って市門を守る門番たちに食ってかかるのは、我らが雇い人のヴォルフさんである。
だが二人の門番──褐色肌で砂漠の民らしい衣装をまとった男たち──は鼻で笑って、取り合おうともしなかった。
「それはファハド陛下の頃の話だろ? ウスマーン陛下の即位後に税率も変わったんだよ」
「そうそう。つべこべ言わずにさっさと払え」
「納得できねぇ。責任者を呼んできてくれ。直談判する」
「俺たちがここの責任者だ。入市税が払えないなら、入市は認められん」
「我らが都を迂回して、先を急ぐもよし。お前らがそれで野垂れ死のうと、我らは一切関知しない」
「くっ……! ここで補給ができないと、この先の旅がままならねぇ。足元見やがって」
悔しがるヴォルフさんと、ニヤニヤ笑いを浮かべる門番たち。
ヴォルフさんは結局、門番から指定された入市税を払って、市内へと入ることになった。
門番が懐に入れている可能性を疑って書き付けなどもさせていたが、彼らは余裕の態度を崩さないまま入市する人やラクダの数、それに徴収した税額を正確に書き記していた。
俺たちは雇われの身であるし、武力で解決するわけにもいかないから、状況を眺めているばかりだったのだが。
ちなみに市内に入ると、ミッション達成の通知が出た。
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ミッション『砂漠の都に到達する』を達成した!
パーティ全員が70000ポイントの経験値を獲得!
新規ミッション『極東の都に到達する』(獲得経験値70000)が発生!
小太刀風音が50レベルにレベルアップ!
弓月火垂が50レベルにレベルアップ!
現在の経験値
六槍大地……1695904/1743010(次のレベルまで:47106)
小太刀風音……1574036/1743010(次のレベルまで:168974)
弓月火垂……1629651/1743010(次のレベルまで:113359)
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地点到達ミッションの達成で7万ポイントの経験値をゲット!
ヴォルフさんからの護衛依頼のクエストを引き受けたのは、これが主目的であったと言っても過言ではない。
そしてついに、俺含めて全員が50レベルに到達した。
あと1レベル上がれば、また修得可能スキルリストが更新されるかもしれないな。
さておいて──
「クソッ、どうなってやがる! 新王が即位したとは聞いていたが、入市税を倍増させるなんざ流通を妨げる愚行だぞ! 新王ウスマーンは愚王かよ!」
適当な酒場に入ってテーブルを一つ占拠したヴォルフさんは、料理や酒を注文し終えると、忌々しげにそう吐き捨てた。
俺たち三人は、困って愛想笑いをするしかない。
ヴォルフさんの使用人たちも同様だった。
ヴォルフさんはもともと朗らかな人柄に見えたが、商売の利益に絡む事柄なせいか、さすがに苛立ちを隠せないようだ。
そのヴォルフさんの大きな愚痴が聞こえたのか、しばらくして飲み物を運んできた給仕の少女が、小声でこう忠告してきた。
「旅の方ですよね? あまり王様の悪口を大っぴらに言わない方がいいですよ。それで捕まった人が何人もいますから」
「捕まった? 逮捕されたってことっすか?」
弓月が聞き返すと、給仕の少女はうなずいてみせる。
「ええ。先のファハド陛下が亡くなって、王弟だったウスマーン様が王位についてから、税はどんどん増えるし、暮らしにくくなったってみんな言ってる。でもそれを大声で批難した人は、何かと理由をつけて捕まえられてしまうの」
「ハッ! だいたいウスマーンのクソ野郎、ファハド陛下を殺したのはルル王女だって言ってるが、ありゃ絶対に嘘だね! 野郎自身が兄殺しをしたに決まってる!」
そう大声を上げたのは、カウンター席で飲んでいた酔っぱらいだった。
こっちの話が聞こえていたようだ。
顔をすっかり赤らめて正体をなくした砂漠の男には、カウンターの向こうの女将が「もうやめな。本当に牢に入れられるよあんた」と言ってたしなめる。
一方の男は「上等だ。あんな王に媚びるぐらいだったら、処刑されたほうがよっぽどマシだ。女将だってそう思うだろ?」などと言って、女将にくだを巻いていた。
それら一連の話を聞いて、風音がげんなりした顔を見せる。
「うぇーっ。なんかキナ臭い話だね、大地くん」
「そうだな。厄介事に巻き込まれないうちに……いや、待てよ」
俺はふと思案する。
厄介事があると特別ミッションが起こりがちだから、わざわざ首を突っ込むのも経験値稼ぎ的にはむしろアリなんだよな。
「先輩の言いたいことは分かるっす。厄介事、案外おいしいんすよね」
弓月がそう言ってにひっと笑う。
実際に特別ミッションが起こるかどうかは分からないが、そういうパターンを視野に入れて動いてみてもいいんじゃないかと思ったりする今日この頃である。
やがて朝食を終えると、そこで一時解散となり、ヴォルフさんらとは別行動をとることになった。
ヴォルフさんはこのラダージャで、少しの商売と物資の補給をするらしい。
出立は明日の夜とのことで、それまでの一日半は自由行動となった。
ここまで夜通し歩いてきたので、俺たちはまず、ヴォルフさんがとってくれた宿で睡眠を取った。
全員が目を覚ましたのは、もうすぐ夕方に差し掛かろうという頃。
俺たちは、町中を見物して回ることにした。
三人と一体は宿を出て、町の路地をぷらぷらと歩く。
オアシス都市の町中では、ゆったりとした衣装をまとった褐色肌の人々が、活発に活動していた。
あり合わせの布が天幕よろしく張られた道端では、敷物をしいて装飾品を並べている者、屋台で食べ物を売っている者、怪しげな薬を売っている者など、さまざまな人の姿が見受けられる。
そんな中を物珍しげに歩く俺たちは、どこから見てもよそ者の観光客である。
いいカモだと見られているのか、町の商売人たちから次々に声を掛けられる。
中には──
「ねぇ、そこのカッコイイお兄さん。これから少し、どう?」
きわどい衣装の踊り子風のお姉さんが、驚くほど自然な動きですり寄ってきた。
褐色肌のお姉さんからは、嗅いだことのない香水と女性の匂いがした。
「いいえ~、間に合ってますから~!」
「そっすよ。先輩にはうちらだけで間に合ってるっす。風音さんとうちの両取りは認めても、行く先々でワンナイトラブなんて認めてないっすからね」
そこに風音と弓月が露骨に割って入り、俺からお姉さんを引きはがす。
お姉さんは「あら残念」と言って、くすくす笑いながら立ち去っていった。
風音が俺の前に仁王立ちになり、ずずいっと顔を近付けてくる。
「いい、大地くん? いつも言ってるけど、浮気はダメだからね!」
「え、あ……はい」
顔が近い。うっかりキスでもしたくなるぐらい近い。
さすがに節操がないのでやらないが。
「先輩は目を離すと、すーぐ鼻の下を伸ばすっすからね。うちらがべったりくっ付いてないとダメっすよ」
弓月はそう言って、俺の右腕に抱き着いてきた。
お目付け役のつもりなのだろうが、愛らしい後輩に引っ付かれるのは、いつもながら嬉しい俺なのである。
とまあ、そんなこんなしながら町中をぶらぶらしていたときのことだった。
前方から、何やら物々しい集団がやってきた。
武器を持った多数の戦士たちに囲まれるようにして、神輿に乗って運ばれる、王冠をかぶった砂漠の男の姿。
神輿には男のほかに、露出度の高い衣装をまとった少女が三人、王冠の男に侍るようにして寄り添っていた。
「ウ、ウスマーン陛下……!」
「陛下のお通りだ! みんな、道を空けろ!」
通りにいた人々が、慌てて道の端にその身を逃がし、片膝をついてかしこまった。
活動報告にて書籍版3巻のパッケージイラスト、公開しました!
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/449738/blogkey/3255855/
今回もとても素晴らしいので是非見てください!