第291話 潜入捜査官
「私は聖騎士ベアトリス。聖騎士の逮捕特権をもって、冒険者ゲルゼル、あなたを殺人未遂の現行犯で逮捕するわ」
弓使いの女冒険者は、聖王国の聖騎士勲章を示して、そう宣言した。
風音が俺の隣で、ひゅうと口笛を吹く。
弓月もまた「うっへぇ」と驚きの声をあげた。
もちろん俺も、寝耳に水だ。
つまりあれか。
彼女はもともと聖騎士だが、フリーの冒険者のふりをして自らゲルゼルの身辺に潜り込んで、潜入捜査みたいなことをしていたわけか。
ゲルゼルはこれまでにも、よほどろくでもないことをしてきたのだろう。
それで目を付けられていて、捜査の手が入ったと。
当然ながら、最も狼狽えたのはゲルゼルだ。
「なん、だと……!?」
一歩、二歩と後ずさりそうになり、どうにか持ちこたえたという様子のゲルゼル。
怒りと憎悪に満ちた表情が、俺たちに──いや、その後ろにいる弓使いの女冒険者、あらため聖騎士ベアトリスへと向けられた。
聖騎士ベアトリスは、俺たちにこう提案する。
「あなたたち、事後承諾になって申し訳ないけれど、共闘してもらえないかしら。私一人ではゲルゼルは手に余るの。利害は一致するはずよ」
「それって報酬とか出るっすか?」
弓月が冗談めかして言う。
聖騎士ベアトリスは、苦笑して肩をすくめた。
「意外とがめついのね。いいわ、冒険者ギルドに掛け合って、私たち──ゲルゼルのパーティが受け取るはずだった報酬をあなたたちに回すよう手配するわ。それでどう?」
「分かりました。引き受けましょう」
俺は風音、弓月の意志を確認してから、パーティを代表してそう答えた。
そして三人で、再びゲルゼルのほうへと向き直る。
聖騎士ベアトリスも駆け寄ってきて、俺たちの傍らに立った。
その手には、弓と矢が携えられている。
一方では、ゲルゼル。
憤懣やるかたない様子だったが、ひとつ大きく深呼吸をした。
そしてへらっと笑って、こう口にする。
「いや、悪かったよ。俺もちぃと頭に血が上っていてよ、心にもないことを口走っちまった。今の殺すとかどうとかは、ちょっとした言葉の綾ってやつさ。な、分かるだろ、ベアトリス?」
「この期に及んで、その言い訳!? ベアトリスさん、あいつは──」
風音が聖騎士ベアトリスに向かって訴えようとしたが、当の聖騎士女性はひらひらと手を振った。
「分かっているわ。──今更そんな言い訳が通用すると思っているの、ゲルゼル? 何のために私があなたの普段の暴言を看過していたと思っているのよ。決定的な証拠をつかむために決まっているじゃない。往生際の悪いことはやめて、あきらめなさい」
「ぐぎぎっ……! この、クソアマぁっ……! こっちが下手に出てやりゃあ、いい気になりやがって!」
再びの憤りがゲルゼルの表情を支配する。
ごまかしの小芝居も不発に終わり、いよいよやっこさんも爆発しそうだな。
聖騎士ベアトリスが、ゲルゼルの様子を険しい表情で注視しながら、俺たちだけに聞こえるようにつぶやく。
「四対一……いいえ五対一かしら。それでもゲルゼルは強敵よ。油断しないで」
その言葉を聞いて、なるほどなと思う。
この人にも彼我の戦力差の全貌が見えていないわけだ。
俺は風音、弓月と顔を見合わせ、三人でくすっと笑い合う。
「どうする、大地くん。一人で行ってみる? 私はHPが減ってたこともあったし、合流するまではと思って真っ向勝負は避けたんだけど」
「そうだな。全員でかかるのは、さすがにな。俺が行くよ」
「おーっ、先輩、やっちまえっす! あのクソ野郎をボコボコにしてやるっすよ!」
俺は仲間たちの声援を受けて、数歩前に出た。
狼狽えたのは聖騎士ベアトリスだ。
「ちょ、ちょっと……!? 何をやっているの!? まさかゲルゼルが『限界突破』をしていることを知らないの!?」
「大丈夫ですから。どーんと大船に乗ったつもりで、大地くんに任せておいてください」
風音がベアトリスさんをなだめる声を背中に聞きながら、俺はゲルゼルに向かってこうイキリ倒した。
「さんざん『雑魚』呼ばわりしてくれたけど、あんたと俺が戦ってみたことはないよな。どっちのほうが『雑魚』か、ここらではっきりさせようぜ」