第286話 飛行ユニット
勝負開始の合図とともに、俺たちはまず補助魔法などの行使を行った。
「【テイム】!」
「【クイックネス】!」
「【ファイアウェポン】!」
まずは俺が【テイム】を使ってグリフォンを本来の大きさに戻す。
そのグリフォンに風音が【クイックネス】を行使。
グリフォンの敏捷性を大幅に高めた。
弓月は俺の槍に【ファイアウェポン】をかける。
神槍が魔法による苛烈な炎をまとった。
そうこうしている間にも、ゲルゼルたちは前方へと向かって駆け出していた。
俺たちは出遅れた形になる。
ゲルゼルたちの戦術は、決して悪くはない。
この勝負は実質的に、ヒルジャイアントの撃破数──厳密にはその撃破による魔石の獲得数で決まる。
そして魔石獲得の権利は、当該モンスターと最初に交戦したパーティに与えられる。
戦闘中に横入りをするのは厳禁なのだから、必然的にそういう扱いになる。
つまり勝負に勝つためには、どちらのパーティもできるだけ早く、より多くのヒルジャイアントに接触したいわけだ。
ゆえに補助魔法などを使って「一手すき」をやっている暇などないという考えは、十分に妥当なものであると言える。
ただ敏捷性を上げる魔法【クイックネス】に関しては、その限りではない。
一手すきをしてでも速度を上げられれば、トータルでプラスになる可能性は十分にある。
また【テイム】もここで使っておく必要があった。
町の外にいる二体のヒルジャイアントに初手で王手をかけるには、グリフォンの飛行能力がどうしても必要になる。
いや、王手はおかしいか。飛車・角の両取りぐらいか?
ううむ、将棋で例えるのが不適切だな。
「じゃあ大地くん、火垂ちゃん、また後で」
「ああ、風音。無理はするなよ」
「大丈夫だよ。何かあって大地くんとイチャイチャできなくなったら嫌なのは、私だって一緒だからね」
そう言って、まずは風音が、疾風のごとく駆け出していった。
向かう方角は、町に向かって右手前方だ。
ゲルゼルたちは町のほうへと真っ直ぐに走っていったから、そのやや右手側の方向になる。
時計で言えば、ゲルゼルたちの進行方向を0時とすれば、だいたい1時の方角である。
風音が向かう先には、だいぶ遠方になるが、一体のヒルジャイアントの姿が見える。
あれが風音のターゲットだ。
そして、残る俺たちはというと──
「先輩と一緒にグリちゃんに乗るの、なんかドキドキするっす」
「お互い様だ。グリフォン、頼んだぞ」
「クアッ、クアーッ!」
本来の大きさに戻ったグリフォンに、まずは弓月がまたがり、その後ろに俺が同乗した。
二人乗りまでなら、グリフォンは問題なく空を飛ぶことができる。
「ううっ……先輩にいつ背後から抱き着かれるかと思うと、気が気じゃねーっすよ」
「なんなら今すぐ抱き着いてやろうか?」
「うあっ……せ、先輩がプレイボーイモードっす。先輩はときどきこうなるからタチが悪いっすよ」
「ま、さすがにそんな場合じゃないか。──行くぞ、グリフォン!」
「クアーッ!」
真っ赤になった弓月の耳を甘噛みしてやりたい欲求に駆られつつ、どうにかそれを我慢する。
第三の冒険者パーティのリーダーに、公衆の面前でバカップルするなと注意されたばかりだしな。
そうこうしている間にも、グリフォンは飛び立っている。
風音の【クイックネス】によって敏捷性を強化されたグリフォンは、俺と弓月の二人を乗せていながらも、快調な速度で空を駆けていく。
向かう方角は、ゲルゼルたちと同じだ。
つまりベルトリントの町へと直行する進路である。
空から見下ろすと、前方にはゲルゼルたち四人の姿、右手前方に風音の姿が確認できた。
あとは平野部のあちこちに散らばっている何十ものオーガの姿と、少数のヒルジャイアントの存在。
町の外の平野部にいるヒルジャイアントは、風音が向かっている先にいる一体のほかには、もう一体だけだ。
平野部の真ん中あたりを左右に流れる川があって、その向こう側。
風音が向かった方角が1時なら、もう一体は11時の方角の奥地にいる。
俺はグリフォンを駆り、ベルトリントの町へと向かって飛んでいく。
飛行移動の強みはいくつかあるが、ひとつは地上にいるオーガたちを無視できることだ。
立ち塞がるオーガをなぎ倒しながら進んでいたゲルゼルたちを、町へと到達する少し前に、ついには追い越した。
「な、なにぃっ、空からだと!?」
「なんだよあのグリフォンは!? まさかあの仔犬みたいなやつか!? モンスターを操ってるってのかよ!?」
ゲルゼルの取り巻きたちから、驚きの声があがる。
くっくっく、もっと驚くがいい。
飛行ユニットである我が従魔、グリフォンの面目躍如だ。
もっとも弓使いの女冒険者は、「へぇ、やるじゃない」とでも言いたげなクールな視線で俺たちを見上げていたのだが。
ちなみにゲルゼル本人はというと、心底憎々しいといった表情で、地上から俺のほうを睨みつけていた。
かと思うと、不機嫌そうに怒鳴り散らす。
「くそっ、ふざけやがって……! おいテメェら、あの小僧に置いていかれてんだぞ! このまま済ませていいってのか!」
「で、でもゲルゼルさん、オーガどもが邪魔で、そう簡単には」
「チッ! だったら俺一人で突破する! テメェら援護しろ!」
「「へ、へい!」」
ゲルゼルたちは、仲間たちがオーガを抑えている間に、ゲルゼル一人が突出して先行する作戦をとったようだ。
一度は追い抜いた俺たちだったが、やがてゲルゼル一人がぐんぐんと追いすがってくる。
向こうも一応は実力者、そう楽に勝たせてはくれないか。
俺が駆るグリフォンが、いよいよベルトリントの町の上空へと差し掛かった。
俺は町中にいるヒルジャイアントの現在位置を確認すると、町の入り口を通り過ぎたところで、グリフォンを地上近くまで降下させる。
そして飛び降り可能な高さになったところで、俺だけがグリフォンから飛び降りた。
「グリフォン、弓月を乗せて向こうのヒルジャイアントまで飛べ! そいつを倒してから、俺のところに戻ってこい!」
「クアッ、クアーッ!」
「先輩、気を付けるっすよ! あいつブチ切れたら何してくるか分かんねぇっす!」
「分かってる! そっちこそ気を付けろよ!」
俺は町中に着地。
グリフォンは弓月を乗せて、11時の方角にいるヒルジャイアントのほうへと向かって飛んでいった。
「──おらぁっ、邪魔だ!」
少し遅れて、ゲルゼルが町の入口へと進入してきた。
巨大な斧で、群がるオーガどもをなぎ倒している。
無論、町中にいるオーガたちは、俺のほうにも寄ってくる。
上空からざっと眺めた感じでは、町中にも数十体ほどのオーガが闊歩しているようだった。
「さて、ここからは互角の勝負だな──はあっ!」
俺はあらかじめ確認しておいた進行ルートを選んで進み、魔法の炎をまとった神槍でオーガどもを蹴散らしていく。
まず目指すは、町中に確認したヒルジャイアントのうちの一体だ。
オーガの数体を倒しつつ建物の角を曲がると、ターゲットの巨体が俺の眼前へと姿を現した。




