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第269話 サハギン(1)

「ゲギャギャギャギャーッ! 人魚族のお姫様~? このあたりにいませんか~? いたら返事をしてもらえませんかねぇ~?」


 洞窟の外から、粗野なダミ声が聞こえてきた。

 俺たちや人魚族の二人のそれと同様、水中でも伝わってくる声だ。


 その声を聞いて、人魚族の王女フェルミナがびくりと震えた。

 人魚族の戦士ゲラルクさんは、洞窟の入り口側を睨みつける。


「くっ、サハギンか。だがこちらの居場所は分かっていないようだな。集落周辺をしらみつぶしに探しているといったところか。姫様、出ていく必要はありません。ここでやり過ごしましょう」


「え、ええ、ゲラルク……」


「…………。姫様、失礼」


 震えるフェルミナの肩を、ゲラルクさんが槍を持っていない方の腕で抱き寄せる。


 フェルミナは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに受け入れるように頬を染め、ゲラルクさんの胸に身を寄せた。


 へぇ、そういう関係か。

 ただの護衛の戦士とお姫様、というだけでもないようだ。

 風音と弓月も、なるほどねーという顔をしていた。


「これは俄然、助けてあげたくなっちゃったね」


「右に同じくっす。先輩、どうっすか?」


「気持ちは同じだけどな。ただ……」


 洞窟の外にサハギンがいるとして、ここで事を構えるべきか、俺は判断に迷っていた。


 外から聞こえた声は、先の一つだけではない。

 少なくとも三体のサハギンが、洞窟の外、少し離れた海中を徘徊していると思われる。


 サハギンの強さは、人間の覚醒者と同格程度だというが──


 などと考えていると、続けて、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。


「お~い、いたら返事しろよ、お姫様よぉ~? でねぇと大事な民が、傷つくことになるぜぇ~? ほぉら、こんな風によぉ~!」


「や、やめて、何をする気──いぎゃぁあああああっ! 痛い、痛い痛い痛い痛いっ!」


「ゲギャギャギャギャッ! さっさと姫様が出てこねぇと、このままぐりぐりと抉られちまうぜぇ~!」


「いやぁああああっ! あぁああああああっ!」


 サハギンのものと思しきダミ声と同時に聞こえてきたのは、女性のそれと思しき悲痛な叫び声だった。

 フェルミナの顔がさっと青ざめ、ゲラルクさんの表情が怒りに染まる。


「くっ……! やつら、まさか……!」


「ゲ、ゲラルク……私……」


「くそっ、卑劣な真似を! 姫様、どうか堪えてください。やつらの狙いは姫様なのです」


「わ、分かっているけど、でも……」


「姫様が出ていこうが、やつらは残虐行為を行うに決まっています。どうかご辛抱を」


 ゲラルクさんはギリギリと歯を食いしばり、槍を折れんばかりに握りしめながら、腕の中の人魚姫を強く抱きしめる。

 フェルミナは瞳に涙を浮かべ、今にも壊れてしまいそうな表情を浮かべていた。


 聞こえてくるのは声だけなので、外で何が起こっているのかは想像でしか分からない。

 だが許せないと思うような悪行が繰り広げられているであろうことは、容易に想像ができた。


「大地くん」

「先輩」


 風音と弓月が、俺を見つめてくる。

 俺もまた、もはや我慢をしようとは思えなくなっていた。


 ここでサハギンどもと敵対するリスク?

 知ったことか。

 細かいリスクがどうこうなんて、後で考えればいい。


「フェルミナとゲラルクさんは、このままここに隠れていてください。俺たちが出ます」


 俺は人魚族の二人にそう言い残して、相棒たちとともに洞窟の外へと向かって泳いでいった。


 洞窟の出口あたりまで来ると、声がいくぶんか近くに聞こえるようになった。

 俺は仲間たちに一度ストップをかけ、後輩に声をかける。


「弓月、このまま一人で先に行ってもらえないか」


「ふぇっ……? な、なんでっすか!? うちに尊い犠牲になれっていうんすか!?」


「すまん、端的に言うとそうだ」


「???」


 俺は考えを手早く説明する。

 弓月は不承不承ながらも了解してくれた。


「分かったっすよ。まったく、彼女使いの荒い先輩っすね」


「すまん。あとで一つ、何でも言うこと聞いてやるから」


「ホントっすか!? しょーがないっすね~」


 弓月はフリルたっぷりのツーピース水着姿で、相棒の弓を片手に先へと泳いでいった。


 さらに俺はグリフォンにその場で待機を言い渡すと、風音と二人で岩礁に身を隠しながら、声がする方角へと向かっていく。


 少し泳ぐと、惨劇の現場が遠目に見えてきた。

 海中の一角に、三体の半魚人と、一人の人魚の女性の姿があった。


「やめてよっ、痛いっ、もうやめてよぉおおおっ! 痛いのぉっ! もう嫌ぁっ……!」


「ゲギャギャギャギャッ! いいぞ、もっと悲鳴を上げろ! このあたりに姫がいたら、必ず聞こえるようになぁ~!」


 二体の半魚人が人魚の女性を取り押さえ、別の一体の半魚人が、その手の槍を人魚の左肩あたりに容赦なく突き刺していた。

 突き刺された部分から、赤い血が煙のように水中へと広がっている。


 サハギンは人魚の女性をいたぶるように、槍で傷口を抉る。

 そのたびに人魚の女性は、痛い、痛いと泣き叫ぶ悲痛な声をあげていた。


「ひどい……! 許せない、あいつら」


 俺の隣で、風音が怒りの声をあげる。

 俺もまた、胸のうちに静かな憤りの心を募らせていた。


 一方では、俺たちとは別働で先行した弓月が、三体のサハギンの前へと姿を晒した。


「クソ半魚人ども、そこまでっす! その人魚族の女性を放すっすよ!」


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