第268話 人魚姫と護衛の戦士
時間になっても戻ってこない、行方不明のレベッカさん。
何かあったのかと思い、探しに海に潜ってみたら、海底都市と人魚を見つけた。←今ココ。
しかも状況は、さらに動く。
「姫様、一体どうしたのですか──むっ、何奴!? まさか地上人だというのか……!?」
洞窟の奥から、別の人魚が姿を現した。
人魚といっても上半身は若い成人男性のそれで、手には銛に似た三つ又の槍を携えている。
レベッカさんから聞いた話によると、女性の人魚はマーメイド、男性の人魚はマーマンと呼ばれるらしい。
どちらも実在すら危ぶまれる、半ば伝説上の存在だと聞いていたが。
三つ又の槍を手にした男性の人魚は、彼自身が「姫様」と呼んだ人魚の少女の前に、彼女を守るようにして進み出る。
そして俺たちに向かって槍を構え、警戒するように睨みつけてきた。
マーメイドの少女とは違い、マーマンのほうは覚醒者の力を持っていそうだ。
伝わってくる圧から察するに、25レベルの熟練冒険者と同格の実力だと思うが。
マーメイドの少女が、マーマンの戦士に向かって言う。
「だってゲラルク、あの人たち、私たちの集落に向かおうとしていたんだもの。今あそこはサハギンどもに支配されているわ。知らずに行ったらどんな目に遭わされるか」
「姫様はお優しすぎます。行かせておけば良かったのです。あわよくば共倒れになってくれました」
「そんな言い方! ゲラルクはもっと優しい人でしょう!」
「姫様はよそ者に対して警戒心がなさすぎるのです!」
やんややんやと言い争いを始めるマーメイドの少女とマーマン戦士。
なお水中だというのに声が伝わってくるのは、水着の力を得ている俺たちのそれと同等の現象に思えた。
「なんかうちら置いてけぼりでケンカ始めたっすね」
「ああ。よく分からんが、とりあえず友好的にいくぞ。風音、ほかに気配は?」
「うひっ。ないと思うよ。魚の気配とかはたくさんあるから、ちょっと判別しづらいけど」
あの二人だけなら、仮に敵対したとして、こっちが負ける要素は皆無だと思う。
もし俺たちが悪党だったら、この時点で向こうは詰んでるよなとか思いつつ。
あと風音、俺が呼び捨てするたびに変な声をあげるのはやめてほしい。
「こちらに敵対の意志はありません。人を探しています。ヒト族の女性を見掛けませんでしたか?」
俺がそう伝えると、マーメイドの少女は「ほら、いい人たちじゃない」と勝ち誇った。
マーマン戦士は苦虫を噛んだような顔をして「いずれにせよ、あとには引けないか」とつぶやく。
そして俺たちに向かって、こう返してきた。
「分かった、敵対の意志がないというその言葉、信じよう。そこにいてはサハギンどもに見つかるおそれがある。中に入ってくれ」
そしてマーメイド少女とともに、洞窟の中へと入っていった。
俺は少し迷いつつ、その後へと続く。
風音と弓月、小型化状態のグリフォンもついてきた。
洞窟はさほど深いものではなく、すぐに行き止まりになった。
マーマン戦士とマーメイドの少女は、その一番奥で待ち受けていた。
まずはそこで、互いに自己紹介をした。
マーメイドの少女はフェルミナ、マーマン戦士はゲラルクという名前らしい。
フェルミナは、先ほど見たあの「街」に住む、人魚族の王女なのだという。
ゲラルクさんは王族近衛の戦士とのこと。
一方で俺たちは、どうやって地上人がここに来たのかと聞かれたので、この水着の力だと正直に答えた。
フェルミナは「すごぉい」と言って目を丸くしていたが、ゲラルクさんは呑み込めないという顔をしていた。無理もない。でも事実なのでしょうがない。
ひと通りの自己紹介が済んだところで、本題に入る。
「あらためて同じ質問になりますが。レベッカというヒト族の女性を探しています。何か心当たりはありませんか?」
俺がそう聞くと、フェルミナとゲラルドさんは互いを覗うように顔を見合わせる。
ゲラルドさんが首を横に振り、それを見たフェルミナがこう返してきた。
「私たちは見ていないわ。でももしかしたら、サハギンどもに襲われたのかも」
「サハギンって、たしか半魚人っすよね。上から下まで魚みたいなやつ」
弓月が、以前に街の人から聞いた話を持ち出した。
「上から下まで魚だと、ただの魚だな。人間みたいな手足があって、陸上での二足歩行も可能だって話だが」
「その手足にも鱗やヒレが生えてるんだよね。ときどき沿岸の村や街に現れて人を襲う、邪悪で残虐なやつらだって聞いたよ」
俺と風音が、情報を補足する。
俺たちの認識がおおむね合っていることを示すように、ゲラルクさんがうなずいた。
半魚人こと、サハギン。
モンスターではなく異種族の一種らしいが、ヒト族にとっては敵対的な存在なのだという。
ごく稀に、海辺の村や港町などに一体または数体の規模で現れ、人々を襲う。
人里に現れるサハギンはみな覚醒者の力を持っていて、小村などではたった一体現れただけでも甚大な被害を免れないのだとか。
人魚族とは違い、人間社会でも悪い意味で実在が知られている、「人類の敵」と呼べる種族の一つだ──と、少なくとも俺たちは、そう聞いていた。
ここまでの話を総合すると、どうもそのサハギンの集団が、人魚族の集落──すなわち俺たちが「海底都市」だと認識しているあそこを占領して、支配してしまっているのが現状のようだ。
レベッカさんは、そのサハギンに襲われた可能性があると。
それが事実だとしたら、すでに最悪の事態が起こってしまっているおそれも……。
と、ここでピコンッと、例のやつが来た。
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特別ミッション『サハギンに囚われた冒険者レベッカを救出する』が発生!
ミッション達成時の獲得経験値……100000ポイント
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ホッとするやら、複雑な気持ちになるやらだ。
それにしても、相変わらずメタ情報を与えてくるミッション内容だなおい。
ミッションにこの内容が提示されるということは、現段階でレベッカさんの身に最悪の事態が起こっているということはない……と思っていいんだよな?
でも逆に言うと、レベッカさんがサハギンに囚われていることもほぼ確定してしまった。
今どんな状況なのかは分からないが、サハギンは血に飢えた邪悪な種族だという話だから、それが本当なら……。
しかし獲得経験値がずいぶん多いな。
ドワーフ大集落ダグマハル関連で、「炎と氷のダンジョン」に挑んだときと同じ獲得経験値だ。
それってつまり、難易度がかなりヤバいってことだよな……。
あのときは伝説の八英雄のうちの二人、ユースフィアさんやバルザムントさんらと協力して挑んだわけだが、そのあたりは難易度に加味されていたのかどうなのか。
リスクがあまりにも大きすぎるのではないか。
ここで退いて、海底都市は見なかったことにして帰るという選択肢が、脳裏に浮かぶ。
だが一方で、こうも思う。
それはレベッカさんを見捨てることと同義だよな、と。
元より奔放でいい加減で、自分から危険に頭を突っ込むようなお調子者だ。
あの調子じゃあ、ここで救助したっていずれ命を落とすだろうという気もする。
救助する価値なし。自業自得だ。
……と思うには、俺は少しレベッカさんと馴れ合い過ぎたようだ。
割り切れない気持ちが、俺の胸の奥でくすぶっていた。
くそっ、あのバカ冒険家。
次々とトラブルに足を突っ込みやがって。
まあ今回は、本人のせいとばかりも言い切れない……言い切れない……いや、あの人が海底都市に行こうとか言い出さなければとかあるけど、それは今さら言ってもしょうがないしな。
「大地くん」
「先輩」
風音と弓月が、不安そうな表情を向けてくる。
二人だって、俺からレベッカさんを遠ざけようとはしても、本気で彼女のことを嫌いだったわけではないだろう。
だがそうは言っても、俺たちの──風音や弓月の命がかかっている。
安易な決断は、最悪の事態を招きかねない。
どうする……?
「ねぇゲラルド。この人たちに助けてもらえないかしら。何か報酬を約束すれば……」
「それは……しかし姫様、仮に彼らが助力をしてくれたとて、私も含めてたった四人です。やつらには──特にあのサハギン王を名乗る四本腕には、到底敵いません」
「でもそれじゃあ、どうしたら。このままここで、ずっと隠れていろっていうの?」
「お気持ちは分かります。ですが……」
フェルミナとゲラルドさんは、そちらはそちらで何か話し合っているようだった。
まあだいたい事情は察せられる。
彼女らが俺たちに頼みたいことも予想ができる。
人魚族の二人と俺たち、利害関係は噛み合っていると思われる。
あとは俺たちが、リスクを呑んで踏み出すかどうかだが。
──と、そのときだった。
洞窟の外、だいぶ遠くのほうから、こんな声が聞こえてきたのだ。
「ゲギャギャギャギャーッ! 人魚族のお姫様~? このあたりにいませんか~? いたら返事をしてもらえませんかねぇ~?」
その声を聞いて、マーメイド少女の肩が、びくりと震えた。