第263話 水着の力
ダンジョンの妖精のそっくりさん──ひとまずダンジョンの妖精二号と呼ぼうか──は、ゆっくりと立ち上がると、とことこと歩いて展示されていた水着の一枚を手に取った。
男性ものの海パンだ。
それを両手で胸のあたりに持って、俺たち三人に見せてくる。
「先に言っておこう。この店内に飾られているこれらの水着は、参考にするためのデザインにすぎない。キミたちに『水着』を与えるのは、このボクの力だ」
「ん……? どういうことっす?」
弓月が問い返す。
まあ当然だ。今の説明だけじゃチンプンカンプンだからな。
「ん……実際に、やって見せたほうが早いか。レベッカ、キミにはすでにボクの力を宿してあるね?」
ダンジョンの妖精二号が、レベッカさんに話を振る。
レベッカさんはわずかに不満そうな様子を見せた。
「えーっ、まさかあたしに、今ここでやってみせろと?」
「そうだよ。なに、別に裸になるわけじゃなし、気にすることはない。それにこのあと、どうせその姿を晒して海に潜るんだろう?」
「まあそうだけどさぁ。分かった、分かったよ、やればいいんでしょやれば」
レベッカさんは、大きくため息をついた。
それからコホンと一つ咳払いをしてから、呪文を唱えるようにして、こんな言葉を口にした。
「──フォームチェンジ・アクアフォーム」
レベッカさんの全身を、まばゆい光が包み込んだ。
まるで魔法少女モノアニメの変身バンクのように、身に着けていた衣服や装備が光の粒となって消え去っていく。
光り輝く女性の裸身ができあがる。
ただし腰に下げた剣のシルエットだけはそのままだ。
そして新たに何らかの衣をまとったかと思うと、光が弾けた。
光がやんで現れたのは、冒険者装備を失い、水着姿へと変身したレベッカさんだった。
剣だけはもともと提げていたものをそのまま身に着けている。
ただ水着姿といっても、上はへそ上までのキャミソール、下はデニムタイプのショートパンツスタイルなので、言うほど水着感はないのだが。
そんな水着を身に着けたレベッカさんが、少し恥ずかしそうにしながらキャピッとポーズをとる。
「ど、どう……?」
「おおーっ、レベッカさんが魔法少女みたいに変身したっす」
「うーん、魔法少女って歳ではないと思うけど」
「マホウショウジョ? 何それ。なんか分かんないけど、すごく失礼なことを言われた気がするよ」
弓月と風音さんが感想を漏らし、レベッカさんが苦笑いする。
いや、魔法少女はどうでもいいんだけど。
久々の、不思議現象おかわりって感じだ。
ダンジョンの妖精二号が口を開く。
「これがボクの力だよ。今レベッカが身に着けている水着は、彼女が装備していた防具一式と同等の性能を持つ。防御力、魔法防御力、特殊効果などすべてを保持しているんだ」
えっ……マジで?
どういうこと?
「えーっと……それって、職人さんがオーダーメイドで作ると武具のデザインを変えることができるっていうのと、同じような感じ?」
風音さんが問い返す。
そういえばそんな仕様あったな。
ダンジョンの妖精二号は、おもむろにうなずく。
「理解としては、それでいいと思う。普通のスキルではここまでの変化はできないし、二つの形態を持つこともできないけどね。それからもう一つ、この水着には『力』がある」
そう言ってダンジョンの妖精二号は、店の奥に引っ込んでいった。
しばらくして、がらがらと何かを引っ張って戻ってくる。
ダンジョンの妖精二号が持ってきたのは、台車に乗せられた、たっぷりの水が張られた大型の水槽だった。
透明ガラス張りだが、大きめのバスタブほどのサイズがある。
「じゃあレベッカ、実演。これに入って」
「……マジで?」
「マジで」
「ちぇっ、分かったよ。人使いが荒いなぁ」
レベッカさんは渋々といった様子で、水槽の中に入った。
頭まですっかり水中に浸かった姿が、ガラス越しにしっかりと確認できる。
「じゃあ、これに蓋をして、鍵をかけて」
『えっ、ちょっと、ラティ!? 待った待った、それ聞いてないんだけど!?』
ダンジョンの妖精二号は、水槽の上から透明なガラス蓋をして、カチャリと鍵をかけた。
水中に閉じ込められたレベッカさんが水槽の内側をバンバン叩いているが、ボクっ娘少女はまったく取り合わない。
あとどういうわけか、水中にいるレベッカさんの声がはっきりと聞こえてくる。
少しくぐもっては聞こえるが、本来は水中にいる人の声がこんなに明確に聞こえるはずはないのだが。
「それじゃ、キミたち三人は店内を見て回って、水着のデザインを選んでほしい。決まったら、キミたちの装備に力を与えるから」
「「「はあ……」」」
『おーい、ラティ~! あたしはいつまでこの中なの~? おーい!』
「レベッカのことは、心配しないで。大丈夫だから」
ダンジョンの妖精二号は、そう言って俺たちに、にこっと微笑みかけてきた。
淡い笑みだが、シチュエーションがシチュエーションだけにちょっと怖いなと思った。
さておき、俺たちはそんななんだかよく状況のまま、水着選びをすることになったのである。