第260話 地竜の寝床(1)
森の中の道なき道へと踏み入って、しばらくのこと。
俺たちの目の前には今、そびえ立つ断崖絶壁の岩山と、そこに開いた大きな洞窟の入り口が姿を現していた。
「ふえぇ~」
「でっかいっすねぇ」
「これが『地竜の寝床』の入り口……! あたしも実物を見るのは初めてだよ」
風音さん、弓月、レベッカさんが感嘆の声を上げる。
レベッカさんに至っては、わくわくしてたまらないといった様子だ。
俺たちは今、「地竜の寝床」と呼ばれる大洞窟の入り口前にいる。
地図上では、聖王国王都と港町バーレンの間に横たわる、ランドラム山脈の南端に位置する場所だ。
ちなみに、眼前にそそり立つ岩山は急峻で、本格的な登山道具を使わないと登れないような代物である。
これを登って港町バーレンを目指したら、東西の街道を使って迂回していくよりもはるかに日数がかかることは疑いない。
目の前にある洞窟は、途方もない大きさだ。
岩山に穿たれたトンネル状の洞窟なのだが、そのトンネルの天井までの高さは三階建ての住居の屋根ほどもある。
この規格外に雄大な自然の景色を見ていると、どこか飛竜の谷を思い出す。
奥地にエアリアルドラゴンが棲息する、普通の人なら近付かないような危険な地だった。
この「地竜の寝床」も、それとまったく同様の理由で、常人ならば近寄ろうとはしない場所だという。
空を見上げれば、太陽が真上に上っている。
聖王国王都を出立してから半日ほどがたち、ここからが旅の本番といったところか。
俺たちは洞窟の入り口前で昼食をとってから、洞窟内へと踏み入っていく。
天井までの高さも左右の壁までの差し渡しも、一般的に想像する洞窟と比べて、それぞれ三倍ほどもある大洞窟だ。
うねうねと曲がりくねりながら変わり映えのない風景を進んでいると、まるで自分が小人になったかのような錯覚に襲われた。
小一時間も進んでいくと、自分たちが本当に前に進んでいるのかどうかすらも疑いたくなってきた。
無限ループする道を歩かされているような、そんな疑念を持ってしまう。
だがこれが、聖王国王都から港町バーレンへと向かうための「最短ルート」のはずだ。
ランドラム山脈を縦断するこの洞窟を通り抜けていけば、ほぼ直線距離で港町バーレンへとたどり着くことができる。
本来4~5日かかる道程を、1日半ほどで踏破できるショートカットルートだ。
無論、そんな道なら誰もが通りたくなるだろう。
この道に、特に何らの障害もなければの話だが。
なおレベッカさんからの依頼のタイミングで、例によって特別ミッションが出た。
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特別ミッション『地竜の寝床を経由して港町バーレンに到達する』が発生!
ミッション達成時の獲得経験値……30000ポイント
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これが出た時点で、依頼を受けることが確定した。
この特別ミッションの獲得経験値を加味すれば、仮にレベッカさんが調べた海底都市の在り処がガセネタだったとしても、十分においしいクエストだと評価できるからだ。
そうして「地竜の寝床」の中を、時間の感覚もなくなるぐらい延々と歩き続けた頃。
俺たちは、この大洞窟最大の障害がいる場所へとたどり着いた。
そこは大広間だった。
天然の闘技場を思わせるような、半球状の広大な広間だ。
天井や壁や床に、光る苔か何かが生えているのか、広間全体が薄ぼんやりと緑色の燐光を放っている。
その中央部に、巨体がうずくまっていた。
俺たちが今いる広間の入り口からは、百メートルほどの距離だ。
そいつは俺たちがやってきたことに気付いて、ゆっくりと鎌首をもたげ、こちらを睨みつけてくる。
アースドラゴン。
褐色の鱗を持った竜だ。
こいつを乗り切ることができなければ、この洞窟は通過できない。
「地竜の寝床」を守護する、絶対的門番である。
アースドラゴンは俺たちを睨みつけただけで、まだその場から動こうとはしなかった。
こちらも遠隔攻撃が届く距離ではない。
俺たちはいつものボス戦セット──【プロテクション】【クイックネス】【ファイアウェポン】を味方全体にばら撒いていく。
「ねぇ少年。本当にあたし、手伝わなくていいの?」
レベッカさんがそう聞いてくる。
俺は【プロテクション】を行使しながら答える。
「はい。事前に約束したとおり、絶対に手出ししないでください」
「わ、分かった。じゃああたし、広間の外まで下がってるね」
レベッカさんは通路まで後退していった。
ドラゴンとの戦いは、これで三度目だ。
アースドラゴンの強さは、過去に戦ったエアリアルドラゴンやファイアドラゴンと同格と目される。
俺、風音さん、弓月、それにグリフォンを加えた三人と一体だけで、十分に戦えるはずだ。
何よりも、ミッションの都合がある。
「ドラゴンを4体討伐する」(獲得経験値100000)が、現在4体のうち2体を撃破している段階だ。
これを倒したらミッション達成とはならないが、着実に積み重ねておきたい。
アースドラゴン戦では手出しをしないでほしいと言ったら、レベッカさんは当然に首を傾げたが、クエストを引き受ける条件だと言ったら不思議そうにしながらも承知してくれた。
しばらくすると補助魔法をバラ撒き終わった。
その間の二十秒ほど、アースドラゴンは動こうとせずに待っていてくれるのだから、モンスターは分からない。
こちらを侮っているのか、とも思うが、そもそもそういった心の動きみたいなものがあるのかどうかも不明だ。
「よし。風音さん、弓月、グリフォン──行くぞ」
「うん、大地くん!」
「任せろっす!」
「クアーッ!」
俺たちはドラゴンに向かって、一斉に地面を蹴った。