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第259話 再会

「やっほー、少年。2日ぶり~!」

「うわっ!?」


 冒険者ギルドの片隅に設けられた待合場所。

 依頼人のレベッカさんは、その場に現れるなり、いきなり俺に抱き付いてきた。


 女性にしては長身で、俺とほとんど変わらないぐらいの背丈のお姉さんが、その柔らかな腕と体で俺にぎゅーっと抱き着いてくる。

 風音さんや弓月とは少し違う女性の匂いに鼻孔をくすぐられ、俺は困惑した。


 なお冒険者ギルドにいるときは、俺はたいてい、ガイアアーマーやガイアヘルムは身に着けていない。

 今もそうだ。

 だから女性の肌の感触をたっぷりと堪能でき──じゃなくって。


「ちょっ、ちょっと、レベッカさん……!? いきなり何を……は、離れて……!」


「えぇーっ、いいじゃん~。少年とあたしの仲じゃない~。こちとら独り身だから、人肌が恋しいんだよ~」


「だ、だからって──」


「──いいわけないですよねぇ、レベッカさん?」


 聞き馴染みのある、しかしゾッとするような凄みを感じる女性の声がした。


 見れば、俺に抱き着いたレベッカさんの背後には、おそろしい笑顔を浮かべた風音さんがいた。


「ヒッ……!? ちょっ、カ、カザネ……ちゃん……? ギルド内での武器の使用は、まずいんじゃないかなぁって……」


 レベッカさんは顔を青くして、額から汗を垂らす。

 彼女の背後に立つ風音さんは、その耳元に口を寄せて、黒い声でささやいた。


「大丈夫ですよぉ。この位置、ほかの人からは見えない死角ですから。それよりも、このまま背中からずぶりといかれたくなかったら、今すぐ大地くんから離れてくださいね。私、いつ手に力が入っちゃうかって、今ゾクゾクしてるんですよ」


「わ、わ、分かった! 分かりました!」


 レベッカさんは慌てて俺から離れ、両手をあげた。


 その背後にピタリと密着して立つ風音さんが、短剣を腰の鞘に納める仕草を見せた。

 それから音もなく、レベッカさんの背後から離れる。


 安堵の息を漏らすレベッカさん。

 俺の位置からだと見えなかったけど、風音さんの抜き身の短剣が、レベッカさんの背中に当てられていたんだろうな……。


 それから風音さんは、何を思ったか、俺の目の前にやってきた。


「大地くん、少しかがんで?」


 そう言ってぴょこぴょこと手を動かし、俺に頭を下げるよう指示してくる。

 とても怖い。逆らってはいけない気がする。


「え、えっと……こうですか?」


「そう。でももう少し、もう少し……そう」


 風音さんが言うとおりに頭を下げていくと、俺の目線の高さは、風音さんの胸ぐらいの位置になった。


 何をする気だろう、と思っていると。

 風音さんの両腕が、俺の頭を抱きかかえ、ぎゅっと抱きしめてきた。


「──っ!?」


 俺の顔が、黒装束に覆われた風音さんの胸に埋まる。


 柔らかくて、いい匂いがする。

 これまでに何度も嗅いでいる、安心する匂い。


 レベッカさんの匂いを塗りつぶして上書きするように、俺の脳に風音さんの匂いが刷り込まれていく。


「前にも言ったよね? 大地くん、レベッカさんにドキドキするの禁止。分かった?」


「あ、えっと……す、すみません」


「うん、いい子いい子。約束だよ」


 風音さんは俺の頭をよしよしとなでてきた。

 俺は母親に抱かれた幼児のように安心した気持ちになった。


 若干のホラーを感じる気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。


 風音さんは俺を解放すると、レベッカさんのほうへと向き直る。


「次は我慢できるか分かりませんから、二度とやらないでくださいね?」


「えーっ、でも……」


「二度とやらないでくださいね」


「……はい」


 レベッカさんはおびえた様子を見せていた。

 凄腕の暗殺者に睨まれたようなものなので、むべなるかなといった感じだ。


 普段の雰囲気に戻った風音さんが、腰に手を当てて、ため息をつく。


「ていうか人恋しいなら、人の彼氏に手出ししないで、レベッカさんも相方を探せばいいじゃないですか」


「えぇーっ、やだよー。それじゃあ冒険家として自由にほっつき歩けなくなるじゃん」


「わがままだなぁ」


 あまり反省はしていないようだった。

 レベッカさんらしいというか、なんというかだ。


 一方で、今度は弓月が、俺にジト目を向けてくる。


「先輩、まーたレベッカさんに鼻の下伸ばしてたっすね」


「いや……これはだから、ほとんど生理的な反応であってだな……。不可抗力というか、何というか……」


「ふーんだ。先輩はうちみたいな子供体型のクソガキより、風音さんやレベッカさんみたいなボンキュッボンのお姉さんが好みなんすよね。分かってるっすよ。ぐすんっ」


「だからそれは違うって」


 いきなり話がややこしい。

 レベッカさん、登場シーンからさっそく引っ掻き回さないでほしいな。


 というわけで、登場イベントが長引いたが。

 俺たちの前には冒険家を自称するお姉さんが現れた。


 オレンジに近い明るい茶髪をショートカットにした、弓月とは違う意味でボーイッシュな雰囲気の女性冒険者である。


 活動的な衣服を身に着け、腰には剣を提げている。

 彼女自身が冒険者であり、今回のクエストの依頼人でもある。


「それで、海底都市に行きたいという話でしたけど、場所は分かっているんですか?」


 話がさっそく脱線しかかったので、俺は露骨に軌道修正をかけにいく。

 それを聞いたレベッカさんが、「そうそう」と言って、ようやく本題について話しはじめた。


「場所はまあ、だいたい分かってるよ。この聖王国王都から北、ランドラム山脈の向こうに港町バーレンがあるのは知ってる?」


「ええ。地図を見て把握できる範囲では」


 俺は【アイテムボックス】から地図を取り出して広げ、レベッカさんが示した町の場所を確認する。


 港町バーレンは、俺たちが今いる聖王国王都からさらに北、直線距離でいえば徒歩で1日ちょっとの場所にある。


 ただバーレンまでの実際の道のりは、それよりも遥かに長い。

 東西に延びる険しい山脈地帯が間を遮っているため、東か西に大きく迂回する街道ルートを通るのが普通だからだ。


「東西どちらの街道を進むにしても、ここからだと4~5日はかかりますよね。その海底都市はバーレンの近くにあるんですか?」


「うん、あたしの調査ではそうなってる。バーレンから海に出て、ちょっと行ったあたりのはずよ」


「海に出るっていうと、船ですか? それとも泳ぎ?」


「港でボートを借りていく予定。目印の『人魚岩』までは早ければ一時間ぐらいでつくんじゃないかな」


「となると、目的地までざっくり5~6日ぐらいか……」


 目的の海底都市まで5~6日かかると想定して。

 ミッション経験値が、Sランククエスト30000+海底都市到達50000=80000ポイント。

 1日あたりで考えると、15000ポイント程度か。


 悪くはないな。

 ほかにもっと効率のいいクエストが見当たらなければ受けてもいい、ぐらいか。


 あとはリスクがどのぐらいと見込まれるか。

 いや、それ以前の問題として──


「ていうか、そもそも海底都市って何すか? 海の底に都市があるんすか?」


 弓月が根本的な疑問を口にした。

 いい質問だ弓月。俺もそれが知りたかった。


 レベッカさんはうなずいて答える。


「そうらしいよ。なんでも人魚族が暮らしている街なんだって」


「『らしい』とか『なんだって』とか伝聞系が多いですけど、それ情報源は何なんです?」


 俺がそう聞くと、レベッカさんは自身の【アイテムボックス】から一冊の本を自慢げに取り出し、見せてきた。


 ハードカバーの立派な本で、表紙には世界地図、ドラゴン、剣と盾が組み合わさったイラストが描かれている。


「へへーっ。冒険者なら聞いたことぐらいはあるでしょ、『ランドルフ冒険記』。過去に世界を股にかけて飛び回った偉大な冒険家ランドルフが残した手記を、作家グウェルが血沸き肉躍る冒険譚に仕立てたって代物さ」


「え……それってフィクションってことでは……」


「いやま、そうなんだけど。大丈夫だって。事実に基づいたフィクションだし、ほかの文献でもちゃんと裏はとってあるから。そこに海底都市はある。あたしが保証する。万が一なかったとしても、依頼料は払うから。ね、お願い、手伝って!」


 レベッカさんはそう言って、俺たちを拝み倒してきた。

 う、うーん……かなり怪しい案件な気はしてきたが。


 でもミッションにある以上、この世界に「海底都市」なるものが存在することは間違いないだろうなとも思う。


 だとすると、レベッカさんが想定している場所に海底都市なるものがあるかどうかでいうと、そんなに分が悪くない気はする。

 あとは──


「そういえば、クエスト依頼書に『最短ルート』を通るってありましたけど、あれって?」


「そう、それ! よくぞ聞いてくれました。少年たち、準S級モンスターのヒュドラを難なく倒してたよね? だったらさ、行けると思うんだ」


 そう言ってレベッカさんは、俺が広げている地図の、山脈部分を指さしてこう言った。


地竜(ちりゅう)寝床(ねどこ)。ここの洞窟を通っていこう」


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[一言] シナリオの流れからすると、英雄伝説の魔王討伐メンバーに大地たちみたいな異世界からの転移者がいたことに間違いなさそうですよね。 クエストに導かれて最後は魔王決戦ですか。 そうなると従魔のグリフ…
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