第257話 酒場にて
キラーアント討伐のレイドクエストを終えて帰ってきた後の、夜の酒場。
俺はイチャコラする風音さんと弓月──捕食者と被食者の関係にも見える──をぼんやりと見守りながら、頭の中では今日の戦果について思い浮かべていた。
今回のクエストによる金銭報酬は、魔石の換金ぶんも含めると、パーティ全体で金貨400枚を超えた。
一日で400万円以上稼ぎあげたと考えると、まあまあとんでもない額だ。
ミッションも、冒険者ギルドに完了報告をした時点でつつがなくクリアとなった。
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ミッション『レイドクエストを1回クリアする』を達成した!
パーティ全員が20000ポイントの経験値を獲得!
特別ミッション『より多くのキラーアントを討伐する』を達成した!
キラーアント通常種(100)×69=6900
キラーアントソルジャー(500)×11=5500
キラーアントメイジ(500)×7=3500
キラーアントクイーン(10000)×1=10000
パーティ全員が25900ポイントの経験値を獲得!
新規ミッション『レイドクエストを3回クリアする』(獲得経験値70000)を獲得!
現在の経験値
六槍大地……786254/813032(次のレベルまで:26778)
小太刀風音……774146/813032(次のレベルまで:38886)
弓月火垂……880071/914112(次のレベルまで:34041)
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合計で45900ポイントの経験値を獲得。
日帰りでこなしたミッションの成果としては、かなりのものだ。
しかも今回は、通常のモンスター撃破による経験値もかなり大きかった。
それも含めたトータルだと、三人とも6万ポイントオーバーの経験値を獲得している。
クエストに挑む前と比較すると、弓月は44レベルで据え置きだが、俺と風音さんがそれぞれ1レベルずつアップして43レベルになっていた。
レイドクエストの2万ポイントだけだと少ししょっぱいかなと思っていたけど、結果論で言えば、挑んで大正解だったな。
と、そんなことを思っていると──
ふと、別のテーブルで飲んでいた四人の男たちが、席から立ったのが見えた。
その男たちはおもむろに、俺たちのもとへとやってくる。
誰かと思えば、俺たちがキラーアントクイーンから救出した冒険者パーティ「暁の戦士団」のメンバーだった。
なんだ、この人たちもここで飲んでいたのか。
また面倒くさい人たちと鉢合わせてしまったなと思った。
俺はイチャコラしていて気付いていない風音さんと弓月に、指で突いて男たちの到来を知らせる。
気付いた二人は慌てて居住まいを正し、逃げるようにして俺のもとに寄ってきた。
「──な、何か用ですか?」
風音さんが、牽制するような声で男たちに声をかける。
すると男たちは、ビクッと震えあがった。
おや……?
その後、男たちは互いに何かを押し付け合う様子を見せる。
「おい、お前が言えよ」「バカ、こういうときはリーダーだろ」「そうだ。リーダーの仕事だ」「あっ、お前ら。くそっ、分かったよ」といった具合だ。
結局、前に出てきたのは斧使いの男だった。
この人は確か、「暁の戦士団」のパーティリーダーだったはずだ。
斧使いの男は、人差し指で頬をかき、視線をうろうろさせながら言う。
「い、いや、何の用ってわけでもねぇんだが……その、なんだ……まだ、ちゃんと礼を言ってなかったと思ってな。だから……今回は、お前たちのおかげで命拾いした。助かった、ありがとよ」
何かと思ったら、お礼を言われた。
だいぶ意表を突かれたぞ。
まあ、そう言われてしまったならしょうがない。
俺は男に向かって答える。
「ええ、無事に救出できてよかったです。冒険者とはいえ、目の前で人に死なれると気分が悪いですからね」
「そ、そうか。まあ、それだけだ。ちゃんと礼は言ったぞ。じゃあな」
男たちはまたぞろぞろと、自分たちの席のほうへ戻っていこうとする。
どうやら本当に、お礼を言いにきただけのようだ。
だがそこで、俺はつい魔がさして、こう口にしてしまった。
「あ、そうだ。もう一つだけいいですか?」
俺が呼び止めると、立ち去ろうとして背を向けていた男たちがまた、びくっと震えあがる。
「な、なん……でしょうか」
自然と敬語になって振り返る、斧使いの男。
俺たちのことを、おそらく限界突破しているであろう実力者集団だと認識して、怯えているようだ。
まああれだけ俺たちのことを嘲り笑ったんだ。
何か仕返しをされると思ってびくびくするのも、無理はないかもしれない。
さておき──俺はどうして呼び止めてしまったんだろう?
いや、意図はあるのだが。
こんなのはイキリでしかないんだよな。
とはいえ、呼び止めてしまったものはしょうがない。
やるか、と意志を決める。
俺は、何を言うつもりだろうという顔で見ている風音さんと弓月を手招きし、寄ってきた二人を両腕で抱き寄せる。
「にゃっ?」
「ふぇっ?」
そして驚く二人を尻目に、俺は「暁の戦士団」の男たちに向かってこう伝えた。
「あらためて言っておきますけど、この二人は見てのとおり、俺の女です。そっちは冗談のつもりかもしれないですけど、二人にちょっかいを出すようなことを言われると、正直殺意が湧くんですよ。ああいうの、今後やめてもらってもいいですか?」
「「「は、はいっ! 二度としません!」」」
男たちは背筋を伸ばし、声を揃えて誓った。
あーあ、言ってしまった。
ここまで来たならもう、せっかくだからイキリ散らかそう。
「分かってもらえればいいです。今後とも同じ冒険者として、よろしくお願いします」
「「「はいっ! よろしくお願いします!」」」
男たちはそう叫ぶと、逃げるようにして彼らのテーブルのほうへと去っていった。
これでよし、と。
ホッと安堵の息をついた俺に、腕の中の風音さんと弓月が声をかけてくる。
「大地くん、また私たちのこと『俺の女』って言った~。合ってるけど」
「イキリ野郎っぽいことを言う先輩、ちょっと新鮮っすよね」
「いや、ほら。ああ言っておけば、あいつらも変なこと言ってこなくなるかなと」
「えへへっ、そうだね~。じゃあ大地くんの女である私は、大地くんとべたべたしよう。べたべた~」
「同じく先輩の女であるうちも、先輩とべたべたするっす。べたべた~」
そんなわけで、風音さんの絡みターゲットが俺に移り、解放された弓月もまた攻め手に回って俺をおちょくった。
俺は即座に幸福感がオーバーヒートして、天国にのぼった。
ついでにグリフォンが、「クピッ、クピーッ」と鳴いて、自分も混ぜろとばかりに俺たちの間に飛び込んできた。
べたべたにもふもふが追加されて、気持ちが良すぎてわけが分からなくなった。
そんなある日の夜のこと。
こうして今日も、俺たちの異世界での一日が過ぎ去っていくのであった。