第250話 探索開始
斜めに下るトンネルの傾斜は、最初はかなり急だった。
それもやがて緩やかになり、しばらくするとほとんど傾斜のない道へと変わる。
ランタンを持って前を歩く俺と、隣を歩く風音さん。
後ろからは弓月が、松明を手にしてついてくる。
「なんかうちら、大口を叩く自信過剰の若造どもって感じになったっすね」
弓月がそんな言葉をつぶやく。
俺は視線を前方へと向けたまま、声だけで応じる。
「ああ。半ば意図的にそうしたところもあるけど。嫌だったか?」
「そんなことねーっす。あいつらちょっとムカつくし、あんな感じでちょうどいいっすよ」
「私も同感。このまま生意気な若造路線で行けばいいよ。あいつらと仲良くなんてしたくないし」
風音さんの声は、「あいつら」のあたりで、かなりトゲトゲしくなった。
じろじろ見られたり、あれこれ言われたりしたのが、よほど不愉快だったと見える。
「うっすうっす。風音さんの言うとおりっす。うちらは先輩のもんっすからね。あいつらにじろじろ見られるぐらいなら、先輩に全部をくれてやるっす」
「そうそう。私たちは大地くんのものだから。あいつらには想像されるだけでも嫌。ああ寒気がする」
「えーっと……そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、二人は俺のものでもないのでは? 風音さんは風音さんだし、弓月は弓月で、誰のものとかじゃ。パートナーという話なら分かりますけど」
「そこはそれ。大地くんはそういうの、言わなくても分かってるでしょ。だから安心して身を任せられるの」
「そういうことっす。だから先輩だけは、うちのことを愛玩物にしてもいいんすよ♪」
「弓月、冒険中に誘惑するのはやめてほしい。お兄ちゃんはもう、お前のお兄ちゃんじゃないんだ」
「ひゃーっ、怖いっす♪ 風音さん、先輩オオカミさんが襲ってくるっすよ~」
「私たち、一緒に食べられちゃうんだね。よよよっ」
「あの、うん、だから、やめてください。冒険中ですから。こっちの欲望を刺激してこないで」
正直、辛抱たまりません。
それにしても、嫌な奴らが近くにいないっていいなぁ。
やっぱり二人と一緒にいる時間が一番だな。
「クピッ、クピーッ!」
俺の内心をエスパーでもしたのか、グリフォンが抗議するような声を上げてくる。
はいはい、お前もな。
まあ、それはそれとして。
人目もなくなったし、少しミッションの内容にも触れておこう。
「特別ミッションの内容があるから、ここでもできるだけ多くのキラーアントを倒したいんですよね」
俺はそうつぶやく。
今回の特別ミッションは、キラーアントをたくさん倒すほど獲得経験値が増える成果主義型だ。
レイドの中の一パーティとして無理のない動きをしながら、可能な範囲でより多くのキラーアントを撃破したい。
だがそれには、風音さんが疑問の声を挟む。
「でも大地くん。それって結局、どれだけ多く遭遇するかだから、運任せじゃない? レベルが高いからどうこうできるってわけでもないよね」
「そこなんですよ。まあ多少の小細工の余地ぐらいはあるんですけど」
「小細工……? けどミッションを抜きにしても、たくさん倒したいのはあるかも。あいつらより多くのキラーアントを倒して、ごっそり手に入れた魔石を見せびらかしてドヤ顔したいよね」
「あー、それ分かるっすよ風音さん。あいつらの悔しそうな顔、めっちゃ見たいっす」
弓月も賛同の声を上げる。
ちなみにこの場合の「あいつら」とは、レイドメンバー全体のことであり、特に「暁の戦士団」のことを指すと思われる。
レイドメンバーほぼ全員が似たようなものだとはいえ、あの四人組は特にひどい。
そんなレイドメンバーの中でも、しいてまともな人をあげるなら──
「まあガドルさんは、そんなに悪い人でもないと思いますけど」
「まあねー。でも一人だけまともでもね──っと、早速お客さんが来たみたいだよ」
風音さんの声とともに戦闘態勢を整えると、その数秒後、湾曲したトンネルの先からキラーアントの群れが現れた。
通常種のキラーアントが三体。
それに加えて、直立歩行をして杖を手にしたキラーアントが一体、通常種の背後についている。
「キラーアントメイジか」
「ガドルさんたちが要注意って言ってたやつだね」
俺はランタンを地面に置いて、槍と盾を構える。
すぐ隣では、風音さんが二振りの短剣を逆手に構えて、身を低くした。
背後からは、弓月がフェンリルボウの弦を引き絞る音が聞こえてくる。
戦闘開始だ。
***
一方その頃。
大地たちとは別の穴に潜った冒険者パーティの一つ「暁の戦士団」のメンバーは、キラーアントが掘ったのであろう土中のトンネル通路を、同様に歩み進めていた。
その最中、思い思いの武装に身を包んだ四人の男性冒険者たちは、レイドに参加した若き冒険者たちの話題を口にする。
「チッ、あのハーレム野郎、調子に乗りやがってよぉ。なーにが『もし倒せそうなら、俺たちだけでクイーンを倒してしまってもいいですか?』だ。バカじゃねぇのか」
リーダーの斧使いの男を皮切りに、ほかのメンバーも口々に、いけ好かない若造たちへの想いを舌に乗せる。
「まったくだ。あの黒ずくめの妙な格好した女も、ギルドでは生意気ばっか言いやがったしよ」
「けどあの女、生意気なのは玉に瑕だが、いい体してやがったよな」
「分かる。ああいう生意気な女をベッドであんあん鳴かせてぇわ」
「俺はもう一人の、魔法使いのガキのほうが好みだぜ。ひひひっ」
「お前、相変わらずロリコンだな。──っと、来やがったぜ、蟻どもがよ」
冒険者たちが益体もない話をしながら通路を進んでいると、前方からやってきたキラーアントの群れと鉢合わせになった。
通常種のキラーアントが三体と、杖を手にした直立歩行のキラーアントが一体だ。
「げっ、メイジがいやがる」
「マジかよ。いきなり外れ引きやがった」
「チッ、しゃーねえ。やるぞ。トチるんじゃねぇぞテメェら!」
「「「おう!」」」
冒険者たちはキラーアントの一団との戦闘を開始した。