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第242話 報告

 王都に帰還した俺たちは、国王に任務達成の報告をした。


 場所は謁見の間。

 俺たちはジェラルドさんやミャルラに倣い、王に向かって片膝をついて畏まっていた。


 報告を受けたエルドリック王は、玉座に腰掛けた姿で鷹揚にうなずく。


「うむ、ご苦労だった。特にダイチ、カザネ、ホタルの三人は、聖騎士でもないのに夜分に働いてもらったこと、感謝する。宿はこちらで上等な場所を手配しておいたから、あとはゆっくり休んでほしい。無論、約束の報酬は別途払おう」


「はい。ありがとうございます」


 俺は三人を代表して、エルドリック王に頭を下げる。

 王はうなずき、次にジェラルドさんとミャルラのほうへと向き直る。


「聖騎士ジェラルドと聖騎士ミャルラも、夜分の任務、大儀であった」


「「はっ、もったいなきお言葉(ですニャ)」」


 二人の聖騎士もまた、あらためて(こうべ)を垂れる。

 息を合わせた二人の仕草を見て、エルドリック王は口元に手を当て「ふむ」とつぶやいた。


 ジェラルドさんが顔を上げ、まっすぐに国王を見る。


「陛下、私事で恐縮ですが、この場を借りて申し上げたいことがございます」


「ほう。なんだ、言ってみろ」


 エルドリック王は、興味深げな様子で先を促す。

 ジェラルドさんは片膝をつき、顔を上げた姿勢のまま、玉座の王に向かってこう伝えた。


「以前、私は陛下に対し、ありうべからざる無礼なことを申し上げました。陛下が彼女──聖騎士ミャルラに(たぶら)かされている、などと。あれらはすべて私の勘違いであり、誤解であり、不徳の致すところであったと、この任務の最中に認識を改めた次第です」


 ジェラルドさんの声は、震えていた。

 一方のエルドリック王は、少し驚いたような様子を見せる。


「陛下、大変申し訳ございませんでした! この場で首を落とされても、当然のことと承知しております!」


 ジェラルドさんは決死の覚悟といった様子で、声を張り上げる。

 それからしばしの間、静寂が訪れた。


 俺はこのとき、万が一エルドリック王が本当にジェラルドさんの首を落とそうとでもしようものなら、止めに入るつもりでいた。


 八英雄の一人、聖王エルドリック。

 ダークエルフのユースフィアさんや、ドワーフのバルザムントさんと同格の実力を持つと想定される、格上の相手だ。


 それでも──と思って心の中で身構えていたのだが。


 ジェラルドさんの決死の言葉を聞いたエルドリック王は、やがて高らかに笑った。


「はははははっ! おいおい、一体どんな秘術を使ったんだ。──冒険者ダイチよ、聖騎士ジェラルドのこの変わりようは、お前たちの仕業か?」


「え……? あー、まあ一応、一端はそうかもしれません」


 俺はそう答える。

 説教というか、衝突というか、それらしいことはしたな。


 なおエルドリック王は、とても愉快そうな様子だ。

 ジェラルドさんの打ち首とかはなさそうで、ホッと一息だ。


 そのジェラルドさんが、おそるおそるといった様子で王に問う。


「あ、あの、陛下……私への処遇は……」


「ん? 特にないが。ここで無礼打ちにするぐらいなら、とうの昔にやっている。俺はそんなに狭量な王に見えるか?」


「い、いえ……! 滅相もございません!」


「はははっ、すまんすまん。怯えさせるつもりはなかった。聖騎士ジェラルド、貴公とはまたいずれ、酒でも汲み交わしながら腹を割って話したいものだな」


「はっ……! 陛下の寛大さに、感謝いたします! 心より感服いたしました!」


 その後エルドリック王は、聖騎士ジェラルドと聖騎士ミャルラの間に何があったのかも聞きたいと言った。


 王の意を受けた二人の聖騎士は、たどたどしく、反省の言葉を織り交ぜながら事情を語った。

 ジェラルドさんもミャルラも顔を真っ赤にしていた。


 エルドリック王、人前でまあまあエグイ報告をさせるな。

 これは相当な辱めだぞ。


 俺は風音さんや弓月とともに、しどろもどろに報告をする二人の言葉を聞きながら、ニコニコしてしまった。

 まあまあ面倒かけさせられたし、このぐらいは楽しんでも罰は当たるまい。


 ちなみにジェラルドさん、ミャルラに一目惚れしたあたりに関しては、さすがに言葉を濁して誤魔化していた。


 だがジェラルドさんは、嘘があまりうまくなかった。

 エルドリック王は「何かもう一枚、裏がありそうだが──」と言って、俺のほうを見てきた。

 ジェラルドさんがびくりと震える。


 俺は武士の情けで「陛下、そこは勘弁してあげてほしいです」と王に伝えた。


 王は「分かった。ではその点は不問としよう」と言った。

 ジェラルドさんはさらに恐縮した。

 ミャルラは不思議そうに首を傾げていた。


 その後、ひと通りの報告を受けた王は、最後にこう言って話をくくった。


「うむ、事情はだいたい分かった。──聖騎士ミャルラ、よかったな」


「はいですニャ!」


 ミャルラは満面の笑みを浮かべていた。



 ***



 王への報告を終えると、任務完了ということで、解散の運びとなった。

 謁見の間を出た俺たちは、二人の聖騎士に城門まで見送られることになった。


 その最中、城内の廊下を歩いていたときだ。

 向かいから二人の聖騎士がやってきて、すれ違おうとした。


 任務への出立前にも遭遇した、ジェラルドさんとともにいた二人の青年だ。


 その二人はすれ違いざま、ミャルラに視線を向けて鼻で笑うと、ジェラルドさんに声をかけてきた。


「お疲れさん、ジェラルド。今回は大変だったな。冒険者ばかりか、こんな獣人と一緒の任務などと」


「まったく、陛下にも困ったものだな。正当な諫言(かんげん)をしたジェラルドに、このような嫌がらせをするなど。俺たちで良ければ、後で愚痴の一つも聞いてやるよ」


 そう言って二人の青年は、ジェラルドさんの肩をポンと叩いて通り過ぎていこうとした。

 だがそこで──


「違う」


 ジェラルドさんが、絞り出すように言葉を吐き出した。


「ん? 何か言ったか、ジェラルド」


「違う、と言ったように聞こえたが。何が違うんだ」


 二人の青年は立ち止まり、ジェラルドさんを注視する。

 ジェラルドさんはミャルラを示し、はっきりとこう言った。


「彼女は、聖騎士ミャルラだ。『獣人』などという人ではない。それに陛下も、そのようなお方ではない。すべて僕の誤解だった」


 言われた側の二人の青年は、目をぱちくりとしていた。

 だがすぐに片方が気を取り直して、もう一人の肩を叩き「行こう」と言った。


 二人は去っていく中で、こんな言葉を漏らしていた。


「ジェラルドもあの獣人の毒気にやられたか。あれほど自分で、気を付けろと言っていたのにな」


「汚らわしい獣人め。俺たちまで懐柔できると思うなよ」


 わざと聞こえるような声で言っていたように思う。

 ジェラルドさんやミャルラが、この場でそれに反論することはなかった。


 風音さんは腰に手を当てて呆れた様子で天を仰ぎ、弓月は大きくため息をついた。

 一方でミャルラは、不安に揺れた眼差しでジェラルドさんを見る。


「ジェラルドさん……また、私のせいで……」


 だがジェラルドさんは、首を横に振り、もう一人の聖騎士に向かってふっと笑う。


「大丈夫だ、ミャルラ。彼らには僕が話をする。彼らも悪人ではない。きっと分かってくれるはずだ」


「ジェラルドさんは、大丈夫ニャ……?」


「僕の心配はいらない。この胸に正義さえあれば、何も怖くはない」


 ジェラルドさんはそう言って、自分の胸をドンと叩いた。

 それを見たミャルラが、くすっと笑う。


「ジェラルドさんは、根っからの聖騎士ニャね」


「そんなことはない。はなはだ未熟だ。ミャルラのほうが立派な聖騎士だろう」


「そんニャこと……ううん、私も立派な聖騎士になれるように、一所懸命に頑張るニャ」


「ああ。僕も立派な聖騎士にならなければな」


 そんな二人の様子を見た俺は、少し安心した。

 すべてが綺麗に解決したわけではないが、ミャルラには心強い味方ができた。


 事はきっと、良い方向に進んでいくに違いない。

 そう信じてもいいように思ったのだ。


 その後、ジェラルドさんとミャルラに城門まで見送られた俺たちは、そこで二人と別れて城をあとにした。


 それから城のほうで用意してくれた馬車に、風音さん、弓月の二人とともに乗り込む。

 この馬車で、手配済みの高級宿まで送ってもらえるらしい。

 なんだかお大尽になった気分だ。


 動き出した馬車の中で、風音さんが言葉を漏らす。


「でもあの二人、いい感じになったね。いずれ本当にくっついたりして」


「にひひ、だとしたら本当に、ミャルラっちに誑かされたことになるっすね」


「ああ、そうかもな」


 二人には、ジェラルドさんがミャルラに一目惚れしていた話はしていない。

 男の約束だから語れないのだと、二人には伝えてある。これも武士の情けだ。


 と、そこで弓月が何を思ったか、俺のほうへと身を乗り出してきた。

 狭い馬車の中だ。


「にっひっひ、じゃあ先輩のことは、うちらが誑かせばいいっすかね?」


「そうだね~。大地くんは私たちが誑かそう」


「えーっと……すでに俺の心は、二人にメタメタにやられている気がするんですが、それは……」


 風音さんにも迫られて、逃げ場がなくなった俺。

 二人はにじり寄るように、近付いてくる。


「まだまだ全然足りないっすよ。というわけで、にゃーん♪ 先輩を誑かすにゃー♪」


「にゃーにゃー♪ 大地くん、なでなでしてにゃーっ♪」


 猫の仕草で寄りかかってきた、弓月と風音さん。

 魂を一瞬でオーバーキルされ即死した俺は、心の中で鼻血を吹きながら二人をなでなでした。


 俺の頭の上では、小型グリフォンが「クピッ、クピッ♪」といつものように鳴く。


 そんな俺たちを乗せた馬車は、ガタガタと揺れながら夜の王都の道を進んでいった。


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― 新着の感想 ―
[一言] この日の裏話はいつかの日か、三人で日本に無事帰ってから思い出話と言うか昔話として話すんだろうねとか思った
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