第236話 グール
森の奥、暗闇の中から姿を現したのは、人間に似た何かだった。
一体ではない。次から次と姿を現していく。
青白い肌に、ズタボロの布切れを身に着けている。
口からは異様に長い舌がだらりと垂れ、真っ赤な目は俺たちを獲物と見ている。
両手の爪はいずれも長く鋭く伸び、ぬるりとした不気味な液を滴らせていた。
この地に現れたというモンスターの一つ、「グール」に違いない。
データは事前にモンスター図鑑で確認してある。
モンスターとしての格は、ダンジョン森林層のサーベルタイガーあたりと同程度だ。
今の俺たちにとっては、強敵でも難敵でもない。
もっとありていに、雑魚と表現してもいいぐらいだ。
ただいくぶんか厄介なのが、「麻痺爪」という特殊能力を持っていること。
文字通り、バッドステータスの「麻痺」を与えてくる攻撃だ。
俺の【ガイアヒール】で治療できるから「毒」よりははるかにマシだが、だとしてもなるべく被弾したくはない。
森の奥から姿を現したグールの数は、全部で八体。
そいつらは獣のような獰猛さで、俺たちに向かって駆け寄ってきた。
「チッ、数が多いな──【アイシクルランス】!」
ジェラルドさんが氷の槍を放ち、向かってくるグールのうち一体を穿つ。
だが決定打にはならない。
そいつは速度を落とさずに、なおもジェラルドさんに向かっていく。
「援護するニャ! 【ロックバレット】!」
そこにミャルラの魔法攻撃が重なった。
氷の槍に穿たれたグールに、岩石弾が直撃する。
だがそれでも、ダメージ不足だ。
グールの勢いは止まらない。
ミャルラは魔法攻撃を放った直後、孤立しているジェラルドさんのほうに向かって駆け出していたが──
「余計なことをするな獣人! 貴様は自分の心配をしていろ!」
「で、でも……! うにゃ~っ、言ってる場合じゃないニャ!」
そのミャルラにも、別の一体のグールが向かっていく。
ジェラルドさんのほうに向かっていたグールが二体いたのだが、そのうち無傷の一体が移動方向を変え、ミャルラに向かっていったのだ。
獣人の少女はそれに対し、両手に装備した爪系武器を構え、身を低くして迎撃の姿勢をとる。
「なーんか向こうは大変そうっすね。でもうちは構わずに、新技のお披露目と行くっす──行け、【トライファイア】!」
一方で弓月は、暢気な雰囲気だ。
魔導士姿の少女が掲げた杖の先に、三つの炎の球体が現れる。
ソフトボール大の三つの火炎球は、それぞれが意志を持つかのように、別々のグールに向かって発射された。
三つの火炎球が三体のグールに一つずつ直撃し、それらの怪物の身を炎上させる。
次の瞬間には、三体の魔物は黒い靄となって消滅し、魔石へと変わっていた。
「私も新魔法の試し撃ち──斬り裂け、【ゲイルスラッシュ】!」
風音さんもまた、弓月とほぼ同時に魔法攻撃を放っていた。
いつもの【ウィンドスラッシュ】や【ウィンドストーム】ではない。
風音さんが突き出した紅蓮の波型短剣の先に、圧縮された空気の塊のようなものが生まれ、高速で発射された。
それは一体のグールに直撃すると、ターゲットを包み込んで形を変える。
怪物一体を包み込む局地的なつむじ風が生まれ、その中に含んだ無数の風の刃がモンスターの身をズタズタに引き裂いた。
そいつもまた、その一撃で魔石へと姿を変える。
「俺は特に新技とかじゃないが──【ロックバズーカ】!」
俺もまた、別のグールに対して魔法攻撃を放った。
ミャルラが作り出したものよりもはるかに大きな岩塊を、大砲のごとき勢いで発射。
これも過たずターゲットに直撃すると、そいつを一撃で撃破した。
俺は結果を確認してから、ミャルラのほうへと走る。
「風音さん、残り一体は頼みます!」
「うん、任された!」
風音さんは、俺たちの方に向かってきた六体のグールのうち、最後に残った一体に向かって疾駆していく。
一方では、ジェラルドさんとミャルラに対し、それぞれ一体ずつのグールが近接戦闘距離まで接近していた。
「食らえ、【二段斬り】!」
「これでも食らえニャ!」
ジェラルドさんとミャルラがそれぞれに、接近してきたグールに攻撃を仕掛ける。
ジェラルドさんの剣を使ったV字斬りは、魔法攻撃で弱っていたグールを仕留めることに成功した。
だがミャルラの両手の爪系武器による連続攻撃は、彼女を襲おうとする無傷のグールを仕留めるには至らなかった。
反撃の麻痺爪が、ミャルラに襲い掛かり──
「──させるか!」
その前に、俺がそのグールの横合いから、槍の一撃を叩き込んだ。
ミャルラに襲い掛かろうとしていたグールは消滅し、魔石となった。
見れば風音さんも、最後の一体のグールを二振りの短剣で斬り裂き、そいつの撃破に成功していた。
八体のグールは全滅した。ほかにモンスターの姿や気配はない。
戦闘終了だ。
見ればジェラルドさんとミャルラが、周囲を見回して目を丸くしていた。
「お、おい待て。残りのグールはどうした。まさか、このわずかの間に全滅させたのか……!?」
「う、嘘だニャ……ダイチさんたちの方に行ったの、六体いたはずニャ。範囲魔法を使ってた様子もないニャ……。しかも私の援護まで。な、何が起こったニャ……化け物がいるニャ……」
驚き戸惑うジェラルドさんと、恐れ慄くミャルラである。
確かに、範囲攻撃を使ってないのにこの戦果は、わりと尋常じゃないかもしれない。
今回、特にヤバい威力を発揮したのが、弓月の新魔法【トライファイア】だ。
三つの火炎球を生み出して、一個につきグール一体を撃破するという意味不明な戦果を見せた。
スキル修得の際に弓月が言っていた話だと、あの三つの火炎球、一体のモンスターに集中して叩き込むこともできるらしいのだが。
「先輩先輩っ♪ うち凄くないっすか!? 凄いと思ったら、いつものアレで応えてほしいっす♪」
弓月が駆け寄ってきて、俺の前にぴょこんと立った。
帽子を取って、何かを期待するようなまなざしを向けてくる。
こういうのを据え膳などと呼んでいいのかどうかは分からないが。
俺は弓月の頭をなでた。
「いや、凄いな。まさか一つ一つがグールを倒せるほどの威力だとは」
「ま、グールが火属性弱点なのもあるっすけどね。にへへ~♪」
後輩ワンコは思いっきり表情をほころばせる。
すげぇ嬉しそう。
その後、いつものパターンで風音さんにも同様のことをするなどして、戦後処理終了だ。
戦後処理とは、などと突っ込んではいけない。
一方でジェラルドさんは、自分が倒したグールの魔石を拾いつつ、【アイテムボックス】から照明器具を取り出して灯を入れていた。
「これで全部ではないはずだ。魔石を拾ったら行くぞ。この先だ」
そして俺たちの返事を確認することもなく、ずんずんと森の奥へ進んでいってしまった。
「相変わらずマイペースな人だなぁ」
「マイペースっていうか、わざと不愛想をやってるようにも見えるっすけどね」
風音さんと弓月が、あきれた様子で言う。
それで思い出した。
俺はジェラルドさんに話を聞きに行こうとしていたんだった。
「じゃあ俺、今度こそジェラルドさんのところに行ってきます」
「うん、行ってらっしゃ~い。すぐにくじけて帰ってきてもいいよ。あれはしんどいって」
「そう言われると、逆に意地を張ってみたくもなりますけど。ともあれ、ちょっと接触してみます」
風音さんにそう返しつつ、俺はジェラルドさんを追いかけていった。
自ら人とコミュニケーションを取ろうとするなんて、俺も変わったなぁなどと思いつつ。
ちなみに今の戦闘で、ミッションも一つ達成していた。
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ミッション『グールを3体討伐する』を達成した!
パーティ全員が5000ポイントの経験値を獲得!
新規ミッション『ワイトを3体討伐する』(獲得経験値8000)を獲得!
新規ミッション『ジャックオーランタンを3体討伐する』(獲得経験値15000)を獲得!
現在の経験値
六槍大地……682894/720298(次のレベルまで:37404)
小太刀風音……669056/720298(次のレベルまで:51242)
弓月火垂……777691/813032(次のレベルまで:35341)
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今の状況的に、非常においしいと評価できるかもしれないミッションが追加された。
数が足りるといいなー。




