第232話 謁見
謁見の間は、いかにもといった雰囲気の部屋だった。
石造りの広間で、天井にはシャンデリア。
床には入り口から奥までまっすぐに、赤い絨毯が敷かれている。
壁や天井などにはさまざまな意匠が凝らされていて、タペストリーや神像なども飾られていた。
まっすぐに伸びた絨毯の左右には、聖騎士勲章を身につけた近衛らしき覚醒者が数人と、その他の重臣と思しき人たちが並んでいる。
近衛の中には、聖騎士団長のベネディクトさんもいた。
部屋の奥の玉座は、少し高い場所にあった。
玉座には、王と思しき人物が腰掛けている。
五十絡みの、ナイスミドルといった雰囲気の男性だった。
銀髪碧眼で、恵まれた体格を持ち、年寄りらしい印象はまったくない。
何よりも、その力だ。
覚醒者であることは間違いないが、実力も計り知れないと思った。
八英雄と呼ばれた人たち──ダークエルフのユースフィアさんや、ドワーフのバルザムントさんと似たような印象。
間違いない。
あの玉座に座っている人物こそが、八英雄の一人、聖王エルドリックだろう。
謁見の間の入り口をくぐった俺たちは、おそるおそる広間を進んでいく。
風音さんが小声でつぶやいた。
「だ、大地くん、どうしよう。こういうときの作法とか、全然分からない」
「安心してください、風音さん。俺もです」
「とりあえず真ん中ぐらいまで行って、片膝でもついておけばいいっすかね?」
「よし、それでいこう」
アリアさんのお父さんと会ったときとは、まるで雰囲気が違う。
というか、あっちが異常だったのではないか。
あれは伯爵家の貴族だったとはいえ、気取らなさすぎだろと思う。
俺、風音さん、弓月の三人は、広間の中ほどまで進んでその場で膝を折り、何となくかしこまった。
俺が代表して、国王に向かって声を張り上げる。
「ぼ、冒険者ゆえ、このような場での作法を心得ておりません。無礼がありましたら、申し訳ありません」
声が裏返った。
あと微妙に嘘ついた。冒険者だからじゃないね。
広間にいる人々の間で、わずかな失笑が起こったような気がする。
ぐぅ恥ずかしい。
だが失笑はすぐにやむ。
玉座の国王が、手で制して黙らせていた。
「礼儀は構わん。私もかつては冒険者だったのだ。それよりも、世界樹の森のユニコーンからの使いと聞いたが」
声の威厳がすごい。貫禄がすごい。
俺はめちゃくちゃ場違いなところにいる気分になった。
だが臆してばかりもいられない。
俺はユニコーンから聞いた世界樹の異常についての話をした。
話していくうちに謁見の間に騒めきが大きくなっていく。
俺が話し終えた頃には、謁見の場にいる近衛の聖騎士たちや重臣たちは、すっかり動揺していた。
そこを再び、聖王エルドリックが手で制し、場を鎮める。
王は、よく通る威厳のある声で、俺たちに向かってこう言った。
「話は分かった。確かに由々しき事態だ。我が国から各国に使者を出し、対策を考える必要があるな。──ともあれ、ご苦労だった。報奨金をもって旅の労をねぎらおう」
そこで──ピコンッ。
いつものアレが来た。
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特別ミッション『世界樹の異常を聖王エルドリックに伝える』を達成した!
パーティ全員が30000ポイントの経験値を獲得!
小太刀風音が42レベルにレベルアップ!
現在の経験値
六槍大地……677634/720298(次のレベルまで:42664)
小太刀風音……663926/720298(次のレベルまで:56372)
弓月火垂……772301/813032(次のレベルまで:40731)
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ミッション達成だ。
かけた日数と比べて満足できる経験値ではない気もするが、まあ贅沢になりすぎだな。
リスクも小さかったし、こんなものだろう。
さて、謁見はこれで終わりかな──
などと思っていると、エルドリック王はそこで、ふと口元を吊り上げた。
「ところでお前たち、一つ提案がある。我が国の聖騎士になるつもりはないか? お前たちなら即採用を約束するぞ」
「は……?」
俺は間の抜けた声を上げてしまった。
見れば、謁見の間にいる重臣や聖騎士たちも、ぽかーんとした様子を見せている。
やがて重臣のうちの一人が、慌てた様子で王に進言した。
「陛下、またそのようなお戯れを! 聖騎士は我が国の栄誉ある職務でございます! こんなどこの馬の骨とも知れぬ旅の冒険者どもを、試験もなしに聖騎士認定など、あってはならぬことですぞ!」
「さほどおかしなことを言っているつもりはないがな。民を守るための聖騎士の数は、常に十分とは言えまい。それに『また』とは、あの猫耳族の娘のことを言っているのか?」
「当然でございます! 獣人の、それも猫耳族の女を聖騎士に任命するなど──」
「む、迂闊だったか。その話はまたにしてくれ。だがこの者たちは少し事情が違う。言っておくがこの三人、ベネディクトとほぼ互角の実力を持った者たちだぞ」
「実力がどうとかいう話をしているのでは……って、はあ……?」
重臣は、あっけにとられたような間抜け顔を見せた。
目を丸くし、口をぽかんと開き、鼻水がずびょっと出ている。
「ベ……ベネディクト聖騎士団長と、互角の実力ですと……? この者たち、一人ひとりがでございますか?」
謁見の間の人々が、再び騒めいた。
その目はいずれも、俺たち三人に注目している。
さっきまでちょっと蔑んだ目で見られていたのに、今は畏怖とか尊敬とか、そんな感じの眼差しになっていた。
「大地くん、どうしよう。なんか注目されてるんだけど」
「先輩。ここは得意の一発芸の出番っすよ」
「そんなものはないし、あっても自爆すぎる。とりあえず、断りますよ」
聖騎士にならないか──エルドリック王にそう言われて、「え、そんな選択肢あるの?」などと一瞬考えたが。
普通に考えて、やっぱりないなと思った。
77日後には元の世界に帰るし、それまで一ヶ所に留まるのは経験値稼ぎにも不利だろう。
「陛下、私たちはこのまま、旅の冒険者を続けようと考えております。せっかくのお誘いですが、辞退させていただきたく思います」
「おお、そうか。いや、聞くだけ聞いてみただけだ。そういうことならば仕方ないな」
あっさりと話は済み、謁見の間からの退出を許可された。
俺はホッと息をつく。
礼儀作法の必要な場とか、モンスターと戦うよりも緊張するわ。
俺たち三人は一礼して、謁見の間から退散した。
エルドリック王がベネディクト聖騎士団長に耳打ちをしている様子が、わずかに見えた。
俺たちが廊下に出たところで、ベネディクトさんが追って出てきて、声をかけてきた。
「あらためて、ご苦労だった。ところで陛下が別件で、キミたちに頼みたいことがあると言っている。よければしばらく城内で待っていてくれないか?」
「エルドリック陛下が俺たちに、頼みたいことですか……?」
内容は分からないが、俺のこれまでの経験が、特別ミッションの予感をビビッと察知した。
とりあえず、話を聞くだけ聞いてみようか。




