第229話 猫耳族の娼婦街
レベッカさんを追いかけて、横道に入っていく。
細い路地をくねくねと曲がりながら進んでいくと、やがてスラム街のような場所に出た。
いや、スラム街というより、これは──
「はぁーい、お兄さん、ちょっと遊んでいかニャ~い?」
「お兄さんかわいい顔してるから、サービスするニャよ~」
……いかがわしい店が並ぶ通りだった。
道端に立つ露出度の高いお姉さんたちが、次々と声をかけてくる。
しかもそのお姉さんたちは、決まって猫耳や猫の尻尾を生やした獣人だった。
耳や尻尾を除けば、ほとんど人間と変わらない容姿をしている。
言ってはなんだが、単なるコスプレと区別がつかない。
ただ揃って肉感的な体つきで、胸とお尻が大きく、腰はキュッとくびれていた。
まあ体型はともかくとして。
風音さんや弓月に、ああいうコスプレをしてもらったらかわいいだろうな、と思った。
脳内にもやもやっと妄想映像が浮かぶ。
猫耳や猫尻尾をつけて、にゃーんとポーズをとる二人の姿。
ヤバい、めちゃくちゃかわいい。
「……ちょっと、大地くん。またデレデレしてる」
「ほんっと節操ないっすね先輩は。特におっぱいが大きい人に弱いっす」
「い、いやいや、違うって! これは誓って違います!」
「えーっ。じゃあなんでニヤニヤしてたの?」
「それは、その……風音さんと弓月が、ああいうコスプレをした姿を想像して……」
後半部は、ボソボソと小声になってしまった。
顔が熱い。
風音さんと弓月は、二人で顔を見合わせ、きょとんとした様子を見せる。
それから両者、くすっと笑った。
「もう、大地くんったら~」
「しょうがないっすね先輩は。元の世界に帰ったら、やってもいいっすよ。確かそういうの、どこかに売ってるっすよね?」
「私も私も。なんだか楽しそう」
「ほ、ホントですか!? やった!」
元の世界に帰りたい理由が一つ増えた。
絶対に生きて帰ってやる。
「おーい少年たち~、こっちこっち」
「「「あ、はい」」」
先を行くレベッカさんに呼ばれて、俺たちは慌てて後を追いかける。
レベッカさんはあきれ顔だった。
「少年はホント、女性の誘惑に弱いねぇ」
「い、いや、だから今のは違いますって。──それにしても、獣人、それも猫耳族の人ばかりだったですね」
俺は強引に話題を変えていくことにした。
客引きに立っていた彼女らは、確か「猫耳族」と呼ばれる種類の獣人だったはずだ。
ほかにも「狼牙族」や「虎人族」などの獣人種がいると記憶しているが。
「そりゃあね。猫耳族の女は、十五歳で成人したあたりから十年以上、ずーっと発情期だって話とか知らない?」
「え、初耳です。ていうか発情期って……」
「少年たちもそうさね。あたしが会ってから、ずーっと発情期。にははははっ」
「「「…………」」」
い、言い訳できねぇ……。
レベッカさんの前でも、いつもの調子でまあまあイチャイチャしていた気がするし。
「で、でもうちら、交尾とかはそんな節操なくやってないっすよ!」
「落ち着け。そして交尾とか言うな」
弓月の後頭部に、帽子越しにチョップを入れる。
弓月は顔を真っ赤にして恥ずかしがり、三角帽子のつばを下げてうつむいた。
そこで恥ずかしくなるなら、なぜその言葉を使ったのかと問い詰めたい。
見れば風音さんの頬も赤くなっていたし、多分俺も同じだ。
そんな俺たちの姿を見たレベッカさんは、大きくため息をついた。
「ま、それは冗談としても。猫耳族のは種族的なものだからね。趣味と実益を兼ねて娼婦をやってる人は多いんだよ。特にこの国だと、猫耳族は表の世界じゃちょっと暮らしにくいしね」
「表の世界では暮らしにくい……ですか?」
「そ。見られ方としてはあたしら冒険者と似たようなもんだけど、力がない分だけ、扱いはもっとひどいかな。だから表の仕事をやってる猫耳族は、そんなに多くないんだ」
「そんな感じなんですか」
「うん、そんな感じなの。『聖王国』なんて名前が付いてても、いろいろ歪だよね~」
つまり差別とか迫害とか、そういう類なんだろうか。
だとしてもそのあたりは、よそ者の俺たちが、あまり踏み込むのもなぁと思う。
異文化の地に来て、「この間違った世界を変えてやる!」なんてやるのも、逆にヤバい人だと思うし。
猫耳族の友人でもいれば、もう少しウェットになるのかもしれないけど。
そんな感じでいかがわしい通りを抜けて、また細道に入っていく。
先と同じように、くねくね曲がりながら細道を進んでいくと、やがて清潔感のある大通りへと出た。
最初の目抜き通りと同じぐらいに人でごった返していて、視界に入る人々の身なりもしっかりしている。
通ってきたルートは確かに近道だったようだ。
目の前の道をまっすぐに進むと、すぐにお城に行き着くという場所までやってきていた。
レベッカさんについて、そのまま通りを進んでいく。
やがて大きな橋の前にたどり着いた。
街とお城の間を区切るように流れる川があり、その上に架かった橋だ。
橋を渡って、緩やかな坂道をしばらく上っていくと、ようやく城の全景を目視できる場所までやってきた。
城は高い城壁に囲われている。
城壁の周囲には堀が張り巡らされ、城門前には跳ね橋が架かっていた。
開放された城門には、二人の門番が立っている。
遠目にも、彼らが俺たちを不審げに見ているのが分かった。
門番たちは二人とも、熟練の覚醒者のようだ。
剣や槍、盾、鎖かたびらなど、思い思いの武装で身を固めている。
門番の人相が確認できるぐらいの距離まで来たところで、レベッカさんが声をあげた。
「おっ、ジェラルドじゃん。いいところに」
「レベッカさん……?」
門番のうち一人が、反応を返した。
年長の門番と若い門番がいて、若い方だ。
それでも俺たちよりはおそらく年上で、二十代前半から中頃ぐらいに見える。
それにしてもレベッカさん、顔が広いな。
本当に、いてくれて良かったかもしれない。
無造作に進んでいくレベッカさんに続いて、跳ね橋を渡っていく。
だが橋の過半を渡ったあたりで、レベッカさん見知りの門番から「待ってください」と声がかかった。
「王城に何の用ですか、レベッカさん。連れている人たちも冒険者のようですけど」
少し警戒しているようだ。
レベッカさん、顔が広いと思ったが、別にものすごく信用されているわけでもないらしい。
「んー、何の用かと言われると──はい、少年。バトンタッチ」
「えっ……? あ、はい」
レベッカさんは俺の後ろに回って、背中を押してきた。
あまり心の準備ができていなかったが──
俺はひとまず、門番に事情を話してみることにした。