第224話 逃走者
ユニコーンに世界樹の出口まで送ってもらった俺たちは、北の聖王国を目指して出発した。
その日は世界樹の森で一夜を過ごし、翌日からは再び魔獣の森に入る。
魔獣の森は、世界樹の森を同心円状に囲むようにして広がっている。
世界樹からは東西南北どこに向かっても、一度は通らなければならない領域だ。
しかも北側は、南側よりも魔獣の森の領域が分厚く、一日では抜けることができない。
やむを得ず、魔獣の森の内部でも一夜を過ごすことになった。
不気味にねじくれた木々に囲まれたホラー空間で野宿をするのは、いささか度胸が必要だった。
弓月は怖い怖いと言って、寝るときまで俺の毛布に入り込み、俺に抱きついてきた。
見張りも一人では怖いというので、必ず俺か風音さんとセットで見張りをするか眠りにつくかして、就寝と見張りは二交代制になった。
ちょっと甘やかしすぎという気もしたが、まあいいかといったところ。
代償はいずれ何かで支払ってもらうとしよう。くくくっ。
風音さんもまた、「しょうがないなぁ」と言いながら弓月を寝かしつけたりしていた。
そこはかとない母性を感じた。
そうして、世界樹を出立してから二つの夜が過ぎ、三日目の夕方頃。
もうしばらく歩けば魔獣の森を出られるだろうという頃に、俺たちはアクシデントに遭遇した。
「わぁーっ、こんなところに冒険者が! た、たたた助けてぇえええええっ! 無理だったら逃げてぇえええええっ!」
森の奥から、そう叫びながら姿を現したのは、一人の冒険者らしき女性だった。
俺たちの方に向かって一目散に駆けてくる。
オレンジにも近い明るい茶色のショートの髪に、エメラルド色の瞳。
女性にしてはやや長身で、活動的な衣服の上に軽装の防具を身に着け、腰には剣をさしている。
年の頃は、二十代中頃から後半ぐらいだろうか。
実力的にも年齢相応、すなわち熟練の冒険者であろうと感じた。
その女性冒険者の後ろからは、巨大なモンスターが追いかけてきていた。
大蛇が何匹も束になったようなモンスターだ。
より厳密に言うと、爬虫類を巨大化させたような胴体から、体長十メートルほどもある大蛇の首が五本生えている形だ。
全体のサイズ感でいえば、ドラゴンにも匹敵するほど。
俺の探索者としての本能が感じ取る脅威度も、エアリアルドラゴンやファイアドラゴンと遜色ないぐらいだ。
そいつが、魔獣の森の奇妙な木々をよけるかなぎ倒すかしながら、恐ろしい勢いでこっちに向かってきている。
さて、このまま行くと、あの女性冒険者ごと俺たちにぶつかってくる勢いだが──
「弓月、データ頼む!」
「ほい来たっすよ、先輩! モンスター名は『ヒュドラ』! HP1000、攻撃力45、防御力90、敏捷力35、魔力45、特殊能力は『ポイズンブレス』『五回攻撃』『再生能力(100)』、弱点は火属性っす!」
俺のオーダーに、淀みなく答える弓月。
こういうあたりは頼りになるんだよなこいつ。
しかし、なるほど。あれが「ヒュドラ」か。
確か討伐ミッションがあったはずだ。
獲得経験値は20000とかだったと思う。
鴨がネギ背負ってきた──と言えるほど、油断していい相手ではないだろうが。
「迎え撃ちます! 二人とも、魔法発動準備を!」
「こちら風音、了解!」
「火垂ちゃんも了解っすよ!」
俺、風音さん、弓月が魔法発動のため、各色の魔力の輝きを身に帯びていく。
一方、ヒュドラに追われた女性冒険者は、慌てた様子で俺たちのほうへと駆けてくる。
もう、すぐ目の前まで来ていた。
「か、かかかか、勝てるの、ヒュドラだよっ!? 頼りにしていいの!? ていうかグリフォン!? なんで!?」
「こいつは味方です! あれは俺たちが倒すので、下がっていてください!」
「えっ……!? で、でも、せめてあたしも戦──」
「いいから! ここは俺たちに任せて!」
「は、はいぃっ! お、お願いしますぅっ!」
女性冒険者は俺たちの横を通り過ぎて、後ろに逃げ込んだ。
よしよし、それでいい。
ヒュドラをあなたに倒されたら困るんだ、こっちとしちゃあ。
そして、女性冒険者が逃げ込んできたのとほぼ同時に、俺たち三人の攻撃魔法が発動した。
「【ロックバズーカ】!」
「【ウィンドスラッシュ】!」
「【フレイムランス】!」
俺の手の前から岩塊が、風音さんの短剣の先から風の刃が、弓月の杖の先から炎の槍がそれぞれ発射された。
いずれも一瞬後にはヒュドラに直撃、それぞれにダメージを与える。
だが当然、それだけでヒュドラは止まらない。
被弾箇所から黒い靄を漏らしながらも、勢いを止めずに突進してくる。
「風音さん、グリフォン!」
「うん、大地くん! 行くよ!」
「クアーッ!」
俺、風音さん、グリフォンが一斉に地面を蹴り、ヒュドラの巨体に向かって駆け出した。
一方のヒュドラは、突進行動を中止して、五つの大蛇が大きく息を吸い込むような仕草を見せる。
同時にヒュドラの全身が淡く輝き、負傷した部分がいくぶんか治癒されたように見えた。
そして、次の瞬間──
五つの首が同時に、その口から紫色の液体を吐き出してきた。




