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第222話 世界樹(1)

 静謐で穏やかな森の中を、ユニコーンのあとについて進んでいく。


 生い茂る木々の葉の合間からは、やわらかな木漏れ日が落ちていて、まるで絵画の中にいるような美しさを感じさせた。


 しばらく進んでいくと、周囲の木々の合間から、ささやき声が聞こえてくる。


『ねえ見て、ニンゲンよ』

『キャーッ! 私、ニンゲンをこんなに近くで見るの初めて』

『男のニンゲンと女のニンゲンがいるわ』


 声だけが聞こえてきて、姿は確認できない。

 だがあちこちの木々の間で、キラキラとした光の粒が舞い散っては消えていくのが見えた。


 俺たちが不思議がっていると、前を歩くユニコーンがこう伝えてくる。


『ピクシーたちだよ。恥ずかしがり屋だから、あまり姿は見せたがらない。姿隠しの力で身を隠しているんだ』


「ピ、ピクシーっすか?」


 怪奇現象に弱い弓月が、震える体で俺にしがみつきながら問い返す。


『ああ。キミたち人間と似た姿の、小さな妖精たちだ。僕と一緒にいる限り、危害は加えてこないから安心して』


「そ、そう願うっすよ。見えないやつは怖いっす」


『怯えることはないさ。この森には、ほかにもたくさんの仲間たちがいるけど、みんな気のいいやつらだよ』


 そうユニコーンが言ったとおり、彼(?)に連れられた道中では、ほかにもいくつかの種類のモンスターと出会った。


 色鮮やかな翼を持った空飛ぶ大蛇みたいなやつとか、蠢く植物の塊みたいなやつとか、いろいろだ。

 いずれも襲い掛かってはこないし、ユニコーンとも親しげに声をかけ合っていた。


 そんな静かながらも賑やかな森の中を進みながら、ユニコーンはふと、俺たちに訊ねてくる。


『キミたちは世界樹に、何をしに来たんだい? 邪悪な目的でないのは分かるけど、よければ聞かせてくれないか』


 善良だの何だのと見透かしてくるユニコーンでも、俺たちの全部を知り得るわけではないようだ。

 嘘をつくのはあまり良くなさそうだと思った俺は、こう返事をした。


「詳しく話すと長くなるが、一言で言うとレベルアップのため、かな」


『レベルアップ──人間の覚醒者が、より強い力を得るための営みだったね。キミたちはそうして力を得て、どうするつもりだい? 今のキミたちでも、人間の覚醒者たちの中では、相当に強い力を持っているように思うけど』


「どうする、と言われても……特に考えてはいないな。とりあえず、強くて困ることはないだろ。その方が何かあったとき、好きな人だって守れる。理不尽な何かにだって対抗できる」


 俺は風音さんや弓月のほうへ、ちらりと視線を向ける。


 それと同時に、俺は自分が探索者(シーカー)になってすぐの頃に経験した、ある出来事を思い出していた。


 武具店のオヤジさんの店の前で、新田とかいうチンピラみたいな探索者(シーカー)に絡まれたこと。

 風音さんに乱暴しようとするあの男に対して、あのときの俺は、無様に打ちのめされることしかできなかった。


 もちろんあいつ程度なら、今の俺たちにとっては、どうってことのない相手だろう。

 変に絡んできたところで、軽く捻ってやれるはずだ。


 だが理不尽な暴力を振るってくるほかの相手が、もっと強くないとは限らないのだから、できるだけ力をつけておくに越したことはない。


『そうか。守りたいものを守るための力……やっぱりキミたちは善良だね。キミたちのような人間が力を得るのは、悪いことではないと思う。むしろ世界にとっては、善いことだ』


「そりゃどうも」


 実際には、言うほど単純な話でもないと思うけどな。


 例えば俺たちは、モンスターを虐殺して回っている極悪人という見方も──いや、そんなことを考えても不毛か。

 ユニコーンが俺たちのことを善良だって認めているんだから、ひとまずそれでいいとしておこう。


 その上で、ユニコーンはこう付け加えてきた。


『でも「力」を持つ者は、それだけの責任を求められることもある。何か善良なことを「できる力を持つ者」が、それをやろうとしないこと──そんな自由を身勝手だと思う人間は、きっと少なくない。力を求めるなら、覚悟をしておいた方がいいかもしれないね』


「あー……」


 俺は八英雄の一人でダークエルフの、ユースフィアさんのことを思い出していた。


 ドワーフ大集落ダグマハルでモンスターの軍勢から砦を守ったとき、事が終わってからのんびりやってきたユースフィアさんに、俺は少しイラッとしたことがあった。


 それはユースフィアさんが「力」を持っていたからだと言われれば、そうかもしれない。

 集落の一般ドワーフに対して、戦わないことを責める気にはならなかったしな。


 俺たちもまた、人並み以上の力を持っていることが知れ渡れば、同じような目で見られることになる……か。

 そういう見方をされることの是非はさておき、あるある話としては分かる気がする。


「んー、それってつまり、有名税ってやつっすかね」


「……火垂ちゃん、それはちょっと違くない?」


『あはははっ。当たらずも遠からずかな。──さ、世界樹はもう目の前だよ』


 ユニコーンの先導で森の中を歩いていた俺たちは、やがて雑多な木々のない、開けた場所へとたどり着いた。


 鬱蒼とした森林地帯の中に、そこだけがぽっかりと、平原のように広がった地形。

 昼下がりの麗らかな木漏れ日が降りそそぐ、とても穏やかで広大な広場だ。


 雑多な木々のない広場なのに、なぜ「木漏れ日」なのかというと、広場の中央に一つだけ巨大な樹木があるからだ。


 その巨大樹木の葉たちが、ドーム球場の天井のように広場全体を覆い、吹き抜けの大ホールのごとき様相を見せていた。


 ユニコーンはゆっくりとした足取りで、正面にそそり立つ大樹へと向かっていく。

 俺たちもまた、それに続いた。


「ところでユニっちの『お願い』、まだ聞いてないっすね」


 弓月がふと、そう声をかけた。

 そのユニっちってのは、ユニコーンのことか。


 けど言われてみれば、そうだな。

 俺たちの目的を聞かれただけで、ユニコーンからの頼み事はまだ聞いていない。


『うん、そうだね。ありがとう。──キミたちに頼みたいのは、世界樹の「異常」に関することだ』


「世界樹の、異常……?」


 おうむ返しにする風音さんに応じて、ユニコーンはうなずく。


『ああ。おそらく実物を見てもらったほうが分かりやすいと思う。キミたちには、その目で確かめてほしい』


 やがて俺たちは、広場の中央にたたずむ大樹──世界樹の前までやってきた。


 あらためて目の前で見ると、どう表現したらいいのかも分からないぐらいの、途方もない大きさの大樹だ。


 幹の太さは、百人が手を伸ばして輪になっても足りないぐらいある。


 高さに至っては、真下のこの位置からでは、てっぺんがどこにあるのかまるで想像もつかないほどだ。

 富士山みたいなものと考えると、数千メートルあってもおかしくなさそうだが。


 そのあり得ないぐらいバカでかい大樹が、この森全体やユニコーンと同じような、淡くも神聖な輝きを放っている。


 この途方もなく偉大で聖なる樹木を侵害できるものなど、この世に存在し得ないのではないか──そう感じさせるほどの威容が、俺の目前にそびえ立っていた。


 その世界樹の根元まで来たとき──ピコンッ。

 いつものメッセージボックスが開いた。


───────────────────────


 ミッション『世界樹に到達する』を達成した!

 パーティ全員が30000ポイントの経験値を獲得!


 新規ミッション『空中都市に到達する』(獲得経験値100000)を獲得!


 現在の経験値

 六槍大地……617634/637868(次のレベルまで:20234)

 小太刀風音……603926/637868(次のレベルまで:33942)

 弓月火垂……687301/720298(次のレベルまで:32997)


───────────────────────


 ミッションコンプリートだ。

 大した障害もなくたどり着けたから、丸儲けみたいな気分になるな。


『それじゃあ、世界樹の中を案内するよ。ついてきて』


 一方でユニコーンは、世界樹の根元にできた(うろ)へと向かって進んでいく。


 木の洞といっても、そこそこの大きさの洞窟のようなもので、人間やユニコーンが中に入って悠々と歩けるぐらいのサイズ感があった。


「それにしてもマイペースっすね、ユニっちは」


「ま、いいんじゃない? ついて行こうよ。いいよね、大地くん?」


「ええ。せっかくなので、世界樹の中にお邪魔していきましょう」


 ミッションは達成したが、ここまで来て、はいサヨウナラというのも味気ない。


 俺たちはユニコーンに続いて、世界樹の根元にある洞へと踏み込んでいった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 怯えることあるよ ユニコーンが処女厨ならピクシーはいたずら好きでしょ 見えないとか怖すぎる
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