第213話 宝箱が二つ
溶岩流と吊り橋があった広間を突破した俺たちは、その先のトンネルを進んでいく。
溶岩の広間から離れるにつれて、暑さも少しはマシになった。でも暑いけど。
戦闘終了後に弓月に確認したところ、いま戦った二種類のモンスターは、それぞれ「フレイムイーグル」「サラマンダー」という名称だったらしい。
どちらもやはり、かなり高位のモンスターのようだ。
獲得経験値で見ると、フレイムイーグルが一体につき1500ポイント、サラマンダーが3000ポイントもあった。
ちなみに、フレイムスカルが200ポイント、ヘルハウンドが600ポイントだ。
今戦った二種類のモンスターが、いかに高レベルであったかが分かる。
苦戦するわけだよ。
おかげで弓月などは、今の戦闘だけで6000ポイントもの経験値を獲得していた。
10万ポイントの特別ミッション、だいぶヤバいな。
そして強敵とやり合った結果、戦闘での俺の課題がわりとはっきりしてきた。
俺が自分の戦闘に集中すると、全体の戦況が見えなくなってしまうことだ。
パーティ唯一の回復役としては、これはいただけない。
俺はもっと、全体を見渡せる位置で仕事をしたほうがいいのかもしれない。
となると強敵相手のときは、近接戦闘は控えるべきだろうか。
だがそれでは、せっかくの【三連衝】や新調した防具が無駄になってしまう。
悩ましいところだ。
ただ一つはっきりと言えることは、俺個人の活躍にこだわるべきではない、ということ。
何より大事なのは、誰一人欠けることなく、無事にこのダンジョンをクリアすることだ。
そのために必要であれば、俺は裏方に回って、縁の下の力持ちをやることも考えるべきだろう。
ここまでに踏破した広間の数は三つ。
ぼちぼちダンジョンの終点が見えてくる頃かもしれない。
四人と一体が通路を進んでいくと、やがて第四の広間にたどり着いた。
これまでの広間と比べると、かなり小さな空間だ。
床面積で言えば、六畳間ぐらい。
そこに宝箱が二つ、左右に並んで堂々と置かれていた。
広間の向こう側には、また通路が続いている。
「また、これ見よがしに置かれた宝箱じゃのう。今度はそいつに触らんでも、先には進めるようじゃが」
ユースフィアさんがつぶやく。
確かに、二つ前の広間と違って、鉄格子で行く手が遮られていたりはしない。
だがユースフィアさんは、こうも付け加えた。
「このレベルのダンジョンに配置されておる宝箱じゃ。相当なアイテムが入っている可能性が高いの。どうするかは、おぬしらに任せよう」
ということで、俺と風音さん、弓月の三人で相談タイムに入った。
この宝箱を開けるか、無視して先に進むか。
リスクが高い出来事が直前にあって、10万ポイントミッションの危険度を再認識したところだ。
俺たちの警戒心は、嫌が応にも高まっていた。
だがこの宝箱を放置して先に進むのも、それはそれで後ろ髪をひかれる。
ユースフィアさんが言うとおりに「相当なアイテム」が入っているとしたら、こういった場所でしか手に入らない貴重なアイテムを、みすみす捨てることになる。
あれやこれやと話し合った結果、やっぱり開けようという結論に至った。
ワンチャン、この先のダンジョン攻略で役に立つアイテムが入っている可能性もある──という口実が決定打だったが、実際のところ、好奇心と欲が勝ったというほうが真相だろう。
というわけで、宝箱チャレンジだ。
宝箱は二つ。右と左。
まずは風音さんが双方に【トラップ探知Ⅱ】を試みる。
普通の罠が仕掛けられていたり、宝箱がミミックだったりすれば、これで判明するはずだ。
すると右側の箱だけが、赤く光った。
罠が仕掛けられているサインだ。
「右側の箱に、爆発の罠だね。開けると宝箱の中身ごとドカンってやつ。このレベルのダンジョンでこれは、ちょっと拍子抜けだけど」
「そこは【トラップ探知】を持っていないパーティもありますから。風音さん様々です。いつも助かってます」
「えへへーっ、褒められた♪ じゃあ大地くん、あとでご褒美にギューッてしてなでなでしてね。宿に戻って、鎧を脱いだ後で」
「え……? あ、はい」
謎のタイミングで謎のご褒美(誰の?)を要求されたが、断る理由もないのでうなずいておく。
俺は無事にダンジョンを出ようという決意を新たにした。
「それじゃ、【トラップ解除】! ──ん、解除できたよ」
風音さんが【トラップ解除】のスキルを使用し、宝箱に仕掛けられた罠を解除した。
このあたりは、いつも通りにあっさりだ。
【トラップ探知】や【トラップ解除】といったスキルがないパーティなら悲喜こもごもあるのだろうが、それらのスキルを持っている風音さんがいると、やや味気ない感は否めないな。
思っても口にはしないけど。
そういえば、バルザムントさんたちのドワーフ戦士チームはどうなんだろう。
あれだけ人数がいれば、一人ぐらいはそれらのスキルを持っているドワーフ戦士もいそうなものだが。
「よし、じゃあ開けるね。罠があった右側のからいくよ」
風音さんが、右側の宝箱のふたに手をかけ、開いた。
俺を含めたほかのメンバーは、いつ何が起こってもいいように警戒態勢だ。
「お、当たりじゃないかな、これは」
風音さんが宝箱の中から取り出したのは、一巻の巻物だった。
宝箱から出てくる巻物といえば、一つしか思い浮かばない。
「スキルスクロールですかね?」
俺は風音さんにそう声をかける。
スキルスクロール──それを使用することで、スクロールに指定されたスキルを一つ、無条件で修得できるという超アイテムだ。
俺たちの世界では相当な貴重品であり、価値もそれに見合うものだった。
封入されているスキルにもよるが、需要のあるものなら数百万円から数千万円、あるいは億越えの取引もあり得るぐらいだ。
こっちの世界ではどうだか知らないが、少なくとも、ありふれたアイテムではないだろう。
「じゃないかなぁ。火垂ちゃん、鑑定よろしく」
「らじゃっすよ、【アイテム鑑定】! ……あー、何とも言えないっすねこれ。スキルスクロールはスキルスクロールっすけど、うちらにはあまり役に立たない気がするっす」
弓月の反応は微妙なものだった。
どうやらスクロールに封入されたスキルが「外れ」のものだったらしい。
スキルスクロールである時点で相当なお宝であることは間違いないのだが、こんな高難易度ダンジョンの宝箱だと、過大な期待をしたくなる気持ちも分かるな。
「で、何のスキルスクロールだったんだ?」
「うちの得意魔法、【エクスプロージョン】っす」
「「あー……」」
俺と風音さんの声がハモった。
確かにそれは、俺らにとっては微妙だわ。
俺や風音さんが修得する余地がないでもないが、どちらも範囲攻撃魔法は持っているし、取り立てて必要はない。
しいて言うなら、火属性が弱点の敵が出てきたときには役に立つかもしれない。
だが弓月がパーティにいる以上は、火属性弱点の相手に苦戦することは、あまりなさそうだ。
もしくは風属性や土属性に耐性を持つモンスターが、束で出てきたときか。
でもそもそも俺や風音さんの魔法火力は主力じゃないし、さほど重要な意味は持たない。
迷いどころだな。
ないよりはマシと考えて自分たちで使うか、売却してお金にするか、あるいは何らかの取引材料に使えるかもしれないと思ってとっておくか。
弓月は巻物を手に、ユースフィアさんに向かってぴこぴこと振ってみせる。
「ユースフィアさんはこれ、欲しいっすか?」
「わしも大金を払ってまで欲しい物ではないの。おぬしらの好きにしてよいぞ」
このダンジョンの収穫物の所有権は原則、俺たちにあるという取り決めだ。
例外的にユースフィアさんがどうしても欲しいものが出てきた場合は応相談だが、品物を譲る場合は、相応の代価を俺たちが受け取ることになっている。
そこまでして欲しくはない、というユースフィアさんの意志表示だった。
そんなわけで「【エクスプロージョン】のスキルスクロール」は俺たちの所有物となり、ひとまず俺の【アイテムボックス】に保管されることになった。
しかしこのぐらいの物品がポンポン手に入るとなると、所有権を全面的に譲ってもらうのは、もらいすぎだったかなという気もしてくる。
が、ユースフィアさんもそれで納得しているようだし、よしとしよう。
「じゃ、左側の宝箱行くよ~。オープン! ──おお~!」
風音さんが次の宝箱を開いて、歓声をあげた。
「見て見て大地くん。これってひょっとして、すごい金額になるんじゃないの」
「すごい金額?」
俺は風音さんの肩越しに、宝箱の中を覗き込んだ。
そこに入っていたのは、金貨の山だった。
金貨の大きさは、いずれも五百円玉ほど──つまり大金貨相当だが、見たことのないデザインだ。
それが宝箱の中に、山となって積まれていた。
……いや、ちょっと待て。
これ、金額にしたら一体どういう額になるんだ?
だって大金貨一枚が十万円相当だぞ。
ここにある金貨がすべて純金だとしたら、途方もない金額になるんじゃ──
だが、そのときだった。
びくりと、風音さんの背中が震えた。
それとほぼ同時に、俺の隣で宝箱をのぞき込んでいた弓月が、こんなことを口にした。
「ん……? 先輩、いま何か、動かなかったっすか? 宝箱の中」
「動いた? それってどういう──」
俺が弓月に聞き返そうとした、そのとき。
風音さんがこう叫んだ。
「大地くん、火垂ちゃん、宝箱から離れて!」
そして風音さん自身は、素早く壁際に跳んで、宝箱から距離を取った。
その風音さんの警告と行動で、何事か、宝箱に危険があることは俺もなんとなく認識した。
だが反応と行動は、風音さんほど速くはなかった。
宝箱の中の金貨が、もぞもぞと動いた。
それらの金貨一枚一枚の下から、《《八本の節足》》がそれぞれ姿を見せる。
蜘蛛のそれに似た八本の節足は、金貨と同じ黄金色だ。
そいつはすぐに、足だけでなく頭部も見せた。
黄金色の頭部は、やはり蜘蛛のそれに似ていて、頭部一つにつき八つもある赤い目がギラギラと光っている。
つまりそれは、金貨に見えるものを甲羅のように背負った、黄金色の蜘蛛のような何かだった。
それらはうぞうぞと素早く動き、宝箱からあふれるようにして次々と這い出してきた。
「「ぎゃああああああっ!」」
俺と弓月は声を合わせて悲鳴をあげた。