第210話 宝箱と七つの彫像
ダンジョンに入って二つ目の部屋の奥には、これ見よがしな宝箱と、それを取り囲むガーゴイルっぽい七つの彫像があった。
だがガーゴイルらしき彫像が、動き出す様子はない。
さて、どうしたものか──
「あ、大地くん。こっちに石碑があるよ。何か書いてある」
風音さんがそう言って、部屋の入り口付近を指し示した。
そこには言葉どおりに、一つの石碑があった。
ユースフィアさんが警戒姿勢を解き、石碑のほうへと向かう。
「やつらはひとまず動き出しそうにないの。どれどれ……『攻撃すれば災禍あり。勇気をもって宝を取れ』か」
石碑に書かれた文言を読み上げるユースフィアさん。
文言はやや抽象的だが、指し示している内容はなんとなく分かるような気がした。
「えぇっと……つまり、あのガーゴイルっぽいのを攻撃しないで、普通に宝箱を開けろってことっすかね?」
「そうなるのかな。でも、この石碑の内容自体が罠かもしれないよ?」
弓月と風音さんが思い思いに意見を言いつつ、俺のほうを見てくる。
うちのパーティでは、こういう決断は俺の役目だ。
ユースフィアさんを見ると、ダークエルフの英雄は肩をすくめてみせる。
「おぬしらに任せる。だがどの道、先に進むには何かをする必要はあるじゃろうな」
先へと進む通路には、鉄格子が下りている。
あれはおそらくダンジョンの仕掛けだから、破壊して進むなどの強制的な手段は、試みるだけ無駄だと思っておいた方がいいだろう。
広間の中には、ほかに情報になるようなものは見当たらない。
今あるだけの情報で、行動を決める必要がありそうだ。
さて、どうするかだが。
確かに風音さんが言うとおり、石碑に書かれていること自体が罠の可能性も、ゼロとは言い切れない。
だがこれまでの経験上、ダンジョンの仕掛けが「そういうこと」をしてくる可能性は、あまりないように思えた。
それを踏まえて、俺はこう決断した。
「素直に宝箱を開けようと思います。俺が行くので、風音さん、弓月、ユースフィアさんは、いざというときのために攻撃準備だけしておいてください」
「ん、了解っす」
「こっちも了解だよ。でもそれなら、私が開けたほうがいいかも」
「いえ、風音さん。俺がやります。今の俺にはガイアアーマーもありますし、大丈夫です」
俺は自分の鎧をコンコンと叩いてみせた。
あのガーゴイルらしいのが実際にただのガーゴイルだったとしたら、仮にあの七体が一斉に襲い掛かってきても、今の俺ならさして問題にならないと思う。
もちろん、ただのガーゴイルでない可能性も捨てきれないのだが。
「ユースフィアさんもそれでいいですか?」
「構わんよ。しかしおぬし、こういうときには男らしさを見せるんじゃな?」
「ええ。うちの二人からは、普段さんざん『甲斐性なし』って言われてますからね」
「「気にしてたんだ……」」
ちょっと反省した様子を見せる、我が彼女二人であった。
さておいて、俺は宝箱へと向かって進んでいく。
仲間たちも少し離れて、警戒姿勢を維持したまま俺のあとについてきた。
ガーゴイルっぽい彫像は、依然として動かない。
俺が宝箱から数歩のところまで来てもそれは変わらず、微動だにしなかった。
さらにゆっくりと、警戒しながら宝箱に近付く。
俺が彫像のすぐ横を通り過ぎても、それらは何の反応も示さなかった。
ついに宝箱の目の前まで来た。
彫像は、まだ動かない。
石碑の文言には、「勇気をもって宝を取れ」とあった。
この文言を信じるなら、【トラップ探知】も不要だろう。
俺は、宝箱のふたに手をかける。
彫像は動かない。
宝箱のふたを開く。
彫像は動かないし、宝箱に罠も仕掛けられていなかった。
俺は宝箱の中にあったものを取り出す。
それは一振りの、波打つ刃を持つ短剣だった。
風音さんが装備しているルーンクリスに似ているが、色合いは赤とオレンジを基調としていて、炎を連想させる。
彫像はなおも動かない──いや、違う。
俺が宝箱の中から短剣を取り上げると、次の瞬間。
彫像、その台座、そして宝箱が一斉に、黒い靄となって消滅した。
それと同時に、進路をふさいでいた鉄格子が、ガラガラと音を立てて上がっていく。
結果、何もなくなったまっさらな広間に、俺たちの姿だけが残った。
俺の手には、炎を象ったような一振りの短剣が握られている。
おそらくこれで、この広間のイベントはクリアだろう。
ホッと安堵の息をついた俺のもとに、仲間たちがやってきた。
「お疲れ様、大地くん。うまくいったね」
「終わってみれば、ただのこけおどしだったっすね。あのガーゴイルっぽいのを攻撃してたら、どうなってたっすかね?」
「さあな。『災禍あり』っていうんだから、何かまずいことでも起こったんだろうな。何が起こったのかはもう、一生分からず仕舞いだが」
「そういうのは分からなくてもいいんじゃないかな。ところで大地くん、それ短剣?」
「ええ、クリスやルーンクリスに似ていますね。弓月、【アイテム鑑定】頼む」
「承知っす。【アイテム鑑定】! ──お、これは相当いい品っすよ。アイテム名は『フラムクリス』。攻撃力は+32。特殊効果は魔法威力+3と、火属性魔法魔力+2っす」
「おー、すごいね。私のルーンクリスが攻撃力+25、魔法威力+2だから、完全上位互換ってやつだよ」
あれこれ検討した結果、この短剣は風音さんの持ち物となった。
弓月が持つという選択肢もなくはなかったが、やはり総合的に見て風音さんだろう。
ルーンクリスのうち一本を【アイテムボックス】にしまって、新しい短剣──フラムクリスが風音さんの右手に収まった。
なお事前の取り決めで、このダンジョンで手に入れた物品は、基本的に俺たちの懐に入れていいことになっている。
ユースフィアさんとは、レブナントケインの在り処を教えたら礼をすると言われたきり、その報酬については話が流れていた。
バルザムントさんが知っていたとは言え、約束は約束。
それを加味して、このダンジョンでの獲得物の権利を譲ってもらうことで、報酬の代替としたのだ。
例外的に、ユースフィアさんがどうしてもほしいものがあった場合にのみ応相談となる約束だが、この短剣にはあまり興味がないようだった。
そのユースフィアさんは、俺たちのアイテム分配が決まったことを確認すると、こう催促してきた。
「ほれ、用件が済んだなら、さっさと行くぞ。おぬしらは油断すると、すーぐ乳繰り合いそうじゃからな」
するとそこに弓月がまた、てててっと走っていく。
うちの後輩ワンコはユースフィアさんに向かってニコッと笑うと、出し抜けにこう言った。
「ユースフィアさん、うらやましいんすか?」
「んなっ……!?」
ユースフィアさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、口をパクパクとさせた。
次には慌てた様子で抗弁を始める。
「ち、違うわ! わしは、その……おぬしらヒト族の若者よりもずっと長生きしておるから、そういうのはたーんと経験済みじゃ。もう飽きるほどにな」
「えー、嘘っぽいなぁ」
そこに風音さんも、じりじりと詰め寄っていく。
ユースフィアさんはたじたじになり、一歩、二歩と後ずさった。
「嘘っぽいっすね。てか風音さん、うちら先輩と乳繰り合うの、飽きたりしないっすよね?」
「うん、飽きない。ユースフィアさん、ひょっとして──」
「う、うるさいわ! どうでもいいから、さっさと行くぞ! わしらはこのダンジョンに、遊びに来たのではないのじゃからな!」
「「はぁーい」」
ユースフィアさんも、うちの二人の玩具になってきたなぁ。
強いわりに、まあまあ弄られキャラなんだよな、あの人。
と、そんなこんながありつつも。
俺たちは二つ目の広間をあとにして、その先の通路へと進んでいくのだった。