第209話 治癒魔法(怖い)
ダンジョンに転移するなり突然襲ってきたモンスターの群れを、どうにか撃退した俺たち。
まずは状態チェックとHP回復だ。
「怪我した人、治癒するから並んでください」
「はーい」
「クアッ、クアッ」
風音さんとグリフォンが並んだ。
弓月とユースフィアさんは無傷のようだ。
ちなみに弓月は、ちょっとつまらなそうな顔をしていた。
「ダメージを受けないのはいいっすけど、先輩の治癒魔法を受けられないのは、ちょっと損した気がするっす。仲間外れは寂しいっすよ」
「いや、仲間外れって。いずれにせよMPとかの状態は確認しておきたいから、ステータスは見せてくれるか?」
「ホントっすか!? わーい♪」
嬉々として駆け寄ってきた弓月である。
うむ、よく分からん。
というわけで、一匹狼のユースフィアさんは別にして、ほか全員ぶんのHPとMPの状況を確認する。
俺………………HP:209/259 MP:194/231
風音さん………HP:175/196 MP:161/168
弓月……………HP:196/196 MP:408/441
グリフォン……HP:234/350
各自がだいたい二割前後のHPを削られた感じか。
被弾した数のわりには、さほどのダメージではない印象だな。
俺と風音さんには、それぞれ【アースヒール】を一発ずつ使ってHPを全快する。
ちなみに風音さんは、回復のとき「あー、そこそこ。やっぱり大地くんの治癒魔法は効くな~」などと、うっとりした顔で言っていた。
俺の治癒魔法はマッサージか何かかな?
グリフォンの被ダメージの大きさは、やはり少し目立つ。
おそらく被弾した数は俺と大差ないと思うのだが、被ダメージは倍以上だ。
グリフォンには【グランドヒール】を一発使うと、340までHPが回復したので、ひとまずそれで止めておいた。
ちなみに俺の治癒魔法の回復量だが、ガイアアーマー&ガイアヘルムを購入する前と比べて、明らかな変化が見えた。
回復量が二、三割ほども上がっている印象だ。
治癒魔法を使い終えると、俺のMP残量は180になった。
MPはできるだけ温存しておきたいところだ。
いざとなればMPポーションもあるが、ダンジョンの規模が分からないからな。
もっとも、ユースフィアさんやバルザムントさんの話によれば、たいていのダンジョンは数部屋程度の規模感だとのこと。
アリアさんと初めて出会ったダンジョンも、ボス部屋含めて五部屋だった。
このダンジョンも似たようなものであればいいが。
「ほれ、治癒が終わったなら、さっさと行くぞ。いつまでも乳繰り合っておるではない」
ユースフィアさんからお叱りの声が飛んできた。
そこに弓月が、てててっと駆けていく。
「別に今は乳繰り合ってないっすよ。先輩にステータスを見せてただけっす」
「どうだかな。あっちの娘など、ずいぶんと心地よさそうな声を上げておったではないか」
「先輩の治癒魔法は具合がいいんすよ。患部にじかに届いて、内側から気持ち良くしてくれるっす」
「えっ、何それ怖い。──おぬし、治癒魔法に娘たちを虜にする何かを仕込んでおるのか?」
ユースフィアさんのジト目が俺に向けられた。
何それそんなのあるなら俺が聞きたい。
「いやいやいや、知りませんて。弓月も適当なことを言うな」
「えーっ、ホントっすよ。ねー、風音さん」
「うん。大地くんの治癒魔法、すっごく気持ちいいよ。蕩けちゃいそう」
「怖っ……。わ、わしは怪我をしないようにしておこう」
ユースフィアさん、若干信じちゃってるじゃん。
ていうか……そんなこと、ないよな……?
俺の治癒魔法、普通だよな?
そんな疑問を持った俺に、グリフォンが懐いてすり寄ってきた。
まるで、もっと治癒魔法をかけてほしいと催促するように──
と、若干の恐怖を伴う何かはあったものの、ひとまず第一関門をクリアした俺たち。
あらためてダンジョン探索の準備を整えると、唯一の進路である、広間の一角にあった通路を進んでいくことにした。
赤茶けた岩壁に覆われた、広くもなく狭くもないといった具合のトンネルを進んでいく。
相変わらずひどく暑く、徐々に汗ばんでくる。
風音さんと弓月が、黒装束やウィザードローブの胸元を持ってパタパタと仰いでいた。
ユースフィアさんはやせ我慢しているのか、涼しい顔だ。額や首筋などに汗は浮かんでいるが。
しばらくして通路が終わり、開けた場所に出た。
先の大広間ほどではないが、これまたなかなかの大きさの広間である。
左右の幅はそれほどでもないが、奥行きがかなりある。
テニスコートを縦に二つ繋いだら、ちょうどこのぐらいの広さになるだろうか。
また先の大広間と違って、何もない空間ではない。
そこにはいくつかの特徴的な物体が見えた。
俺たちはそこにあったものを見て、武器を手に身構え、いつでも魔法を発動できるように魔力を高めていた。
だが、一見モンスターに見えるそいつらには、動き出す様子がない。
「宝箱に、それを取り囲む彫像か。いかにも、といった感じじゃな」
警戒態勢をとったまま、ユースフィアさんがそうつぶやく。
彼女の言葉どおり、広間の奥の方には、一個の宝箱があった。
その周囲には七つの石の台座が配置されていて、それぞれの台座の上には同じ形状の彫像が乗っかっている。
「あれ、ガーゴイル……だよね?」
俺にちらりと視線を送って聞いてきたのは、二振りの短剣を構えた風音さんだ。
たしかに、それぞれの台座の上に乗った彫像は、ガーゴイルと酷似した姿形をしていた。
ダンジョン遺跡層やアリアさんと出会ったダンジョンで遭遇した、悪魔を模したような姿の石像型モンスターだ。
だがそいつらが動いてくる様子がないのだ。
いずれも宝箱のほうを向いた格好で、台座の上に鎮座している。
ちなみに、それらのさらに奥には、進路と思しき通路が続いている。
だがその通路の入り口には、鉄格子が下りていた。
これまでのパターンから考えて、この広間で何かをしないと開かない仕組みなんだと思うが。
「弓月、【モンスター鑑定】だと、あのガーゴイルっぽいのはどうなってる?」
「うーん……それがっすね、よく分かんない表記が出るんすよ。モンスターの名称が『UNKNOWN』って出て、ステータスも全部『UNKNOWN』っす。こんなの初めてっすよ」
なるほど。
普通のガーゴイルならそう出るだろうから、あれが普通のガーゴイルではない、何か特殊なものであることは間違いないな。
さて、どうしたものか──




