第206話 念願のガイアアーマーを手に入れたぞ!
ところで、ダンジョンに向かう前の一幕。
会議の場で、バルザムントさんがこう言った。
「ヒト族の勇者たちよ。お前たちにもダンジョン攻略を手伝ってもらいたい。だがダンジョンに潜れば、より大きな危険が予想される。引き受けてもらえるならば、一人につき追加で大金貨10枚を支払おう」
バルザムントさんはそう言って、俺たちにもダンジョン攻略への参加を依頼してきた。
なお俺たちだけでなく、バルザムントさん自身やユースフィアさん、それに集落のドワーフ戦士たちの半数もダンジョン攻略隊として編成する計画だった。
これを引き受けるかどうかについて、俺たちの決断はすでに済んでいた。
この特別ミッションに挑もうと決意した時点で、こうなることはだいたい予想がついていたからだ。
嬉しかったのは、金銭的な追加報酬だ。
一人につき大金貨10枚は、三人分で金貨換算300枚分。
傭兵として今日一日雇われた分の報酬と合わせると、金貨600枚分になる。
現在の手持ちの所持金が、魔石収入などいろいろあって金貨700枚分ちょっとある。
依頼を達成した暁には、少なくとも金貨1300枚分が手元にある計算になる。
そしてガイアアーマーの値段が、一割引きしてもらって金貨1350枚だ。
俺たちの世界の価値に換算すると、ざっくり1350万円相当という金銭感覚が狂うようなお値段だが、ここまで来ればちょっとしたやりくりで十分に購入可能圏内となる。
それを踏まえて、俺はさらにバルザムントさんに交渉を仕掛けた。
飛竜の谷に向かう前に、アリアさんに対して行ったのと同じ種類の交渉だ。
すなわち「ダンジョンにもぐる前に装備を強化して万全を期したいので、報酬を先払いでもらえませんか?」と持ち掛けたのだ。
これはドワーフ集落側にとっても有利になる提案であり、ほとんど二つ返事で承諾された。
もちろん俺たちのことを信用してもらえることが前提だったのだが、「お前たちがどういう人物であるかは目を見ればわかる」というドワーフ理論が適用された上、これまで見せてきた俺たちの人物像も踏まえ、あっさりと信用された。
残りの金貨50枚分は、俺がそれまで装備していた胴防具、エルブンレザーを売却して賄うことにした。
エルフ集落でもらった贈答品を売ってしまうのは気が引けたが、ガイアアーマーを手に入れればお役御免だし、【アイテムボックス】に入れておいてもかさ張って容量を食うので仕方がない。
エルブンレザーは、武具店のドワーフ店主に、売却時の標準価格である金貨100枚で買い取ってもらえた。
エルフの品は嫌われるかと思ったが、そんなことはなかった。
うん、うん。そういう伝統はいらないのだ。
そうして俺は、ついにガイアアーマーを手に入れた。
パンパカパーン!
テンションが若干、弓月に近くなっている気もするが、嬉しいので仕方がない。
一方、金貨1350枚相当額をドカッと支払って、所持金はすっからかん……というほどでもないにせよ、だいぶ心もとなくなった。
だがなくなった金貨は、また稼げばいいのだ。
というわけで、武具店で新装備を購入して、しばらくの後。
俺はガッチャガッチャと鎧の音を鳴らして、集落から下る山道を進んでいた。
ダンジョンへと向かう行軍中だ。
日の当たり方によっては金ピカにも見える甲冑と兜は、かなり目立つ。
ナントカの塔とかいうレトロゲームに、こんな格好の主人公がいた気がする。
なおその太陽は、今にも墨色の雲に覆われようとしている。
一雨来そうな感じだ。
周囲には同じように音を鳴らして進む、銀灰色の鎧兜に身を包んだドワーフ戦士たちの姿がある。
数は十人。
もちろん風音さんや弓月、ユースフィアさん、バルザムントさんもいる。
この総勢十五人とグリフォン一体が、「炎と氷のダンジョン」攻略のためのメンバーだ。
なお集落には、族長代理グランバさん率いる、十人ほどのドワーフ戦士が残っている。
それだけの戦力では、これまでにあったような規模の襲撃が起これば対応できない可能性が高いが、そこはバルザムントさんの意見で賭けに出たのだ。
攻略隊がダンジョンへの道をたどる以上は、再びダンジョンからモンスターの群れがやって来ても、行き違いになることはないだろうという見立てだ。
ちなみに俺の鎧のガチャガチャと鳴る音は、【隠密】スキルを使えば、怖いぐらい無音になることを確認している。
ただそれだと若干気持ち悪いし、まわりの人からも不気味がられそうなので、普段は【隠密】スキルをオフにしていていた。
ガイアアーマーにガイアヘルムという一張羅の装備を身につけた俺がご満悦で山道を下っていると、隣を歩いていた弓月が俺の顔を覗き込んで、にひっと笑いかけてきた。
「嬉しそうっすね、先輩♪」
「そりゃあな。あと今更だけど、弓月や風音さんのぶんのお金まで使わせてもらって悪かったな」
「本当に今更っすね。うちらはもう運命共同体なんすから、そういうのも変な感じっすよ。あとせめて、そういうときは『悪かった』じゃなくて『ありがとう』っす」
そう言って弓月は、なぜか自分の帽子を取ってみせた。
催促されたような気がしたので、俺は後輩ワンコの頭をわっしゃわっしゃとなでる。
「そうだな。ありがとう、弓月」
「うきゅっ。にへへ~」
とても嬉しそうに表情を緩ませる弓月であった。
飽きないなホント。
その一方で──
「あーっ、また火垂ちゃん抜け駆けしてる! 大地くん、えこ贔屓だよ!」
「え……? あ、いや、そういうわけでは……」
「だったらほら、私にも、平等に。んっ」
「あ、はい」
風音さんが弓月に張り合うように、俺の前にぴょこんと立って、ちょっと屈んで頭を差し出してきた。
行軍中なので、下りの坂道を後ろ歩きしながらなのだが、抜群の運動神経を持つ風音さんだけにまるで危なげがない。
能力の無駄遣い感がすごいな。
俺もそうして催促されれば断る理由もなく、風音さんの頭をなでた。
風音さんは「えへへ~」とはにかんで、すごく嬉しそうな表情を見せていた。
ちなみに周囲を歩くドワーフ戦士たちの呆れたような視線や、ユースフィアさんからのジト目が少々痛い気もするが、そのあたりはもう気にしたら負けだと思っている。
ほら、旅の恥はかき捨てって言うだろう?
あとせっかくなので俺は、二人の相棒に、新装備の素晴らしさをプレゼンしておくことにした。
「でもさ、このガイアヘルムとガイアアーマーには、大金をはたいて買っただけの価値はあると思うんだ。もちろん防御力も高いんだけど、それに加えて特殊効果の土属性魔法魔力への修正、これがポイント高くてさ。攻撃魔法にしか影響しない魔法威力への修正値とは違って、治癒魔法とかにも影響するんじゃないかって思ってて──」
「ん、先輩がめっちゃ早口でしゃべるオタクになってるっす」
「うんうん。大地くんが嬉しそうで何よりだよ」
「……はい」
俺の熱弁も空しく、あまりこれらの防具の良さは分かってもらえなかったようだ。
いや、うん……まあ、いいけどね。(´・ω・`)
そんなこんなしながら、一行はやがて、転移魔法陣があるという洞窟の前までたどり着いた。
その頃には、暗雲がすっかりと太陽を覆い隠し、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
そこまでにモンスターとの遭遇はなし。
俺はそのことに、嵐の前の静けさを感じていた。




