第201話 ドワーフの英雄
集落の族長、ドワーフの英雄バルザムントが帰還したとの報を受けたのは、その日の夕刻のことだった。
「聞いたかい、族長が帰ってきたって!」
「ああ、これでもう安心だ!」
集落のドワーフたちは、口々に安堵と喜びの声をあげる。
知らせが集落中に広まると、ほとんど祭りのような騒ぎになった。
宿でのんびりしていた俺たちもまた、その人物を一目見ようと、居住区の入り口付近にできていた人だかりへと向かった。
人だかりの中心には見慣れないドワーフ男性の姿があった。
彼がバルザムントだろう。
ドワーフというには、かなり大柄な人物だった。
一般的なドワーフ男性の背丈が130~140cmほどと俺の胸ぐらいまでしかないのに対して、バルザムントは160cm近く──ほぼ風音さんと同じぐらいの背丈がある。
もちろん体格は、風音さんとは比べ物にならない超重量級。
筋肉ムキムキの横綱といった印象だ。
髪や髭などは、燃え盛る炎のような紅蓮の色。
そうした色合いの体毛は、ドワーフではさほど珍しくはないのだが、どういうわけか目を惹かれる鮮烈さを持っていた。
そんな彼が身につけているのは、武具店で目にしたフレイムアーマーとフレイムヘルム、それに巨大な戦斧だ。
ドワーフの英雄は今、人だかりの真ん中で、族長代理グランバさんと話をしているようだった。
「ふむ、そうか。俺がいない間に、そんな大事が起こっていたとはな。グランバ、俺が不在の間、集落の戦士たちをまとめ上げてよく戦ってくれた」
「ああ、バルザムント。お前がいないと集落を守れんようでは、大集落ダグマハルの名が泣くからな。だが正直なところ、今回ばかりは肝が冷えた。ヒト族の若き戦士たちの助力がなければ、どうなっていたか分からなかったところだ」
「ヒト族の戦士たち……? 何者だそれは」
「強く勇敢で、善良な戦士たちだ。──おっ、噂をすれば、そこにいるな。おーい!」
グランバさんが、俺たちに向かって手を振ってきた。
ドワーフたちは軒並み背が低いから、人だかりにいても俺たちは目立つ。
人だかりを作っていたドワーフたちの注目が、俺たちへと集まる。
俺はグランバさんに向かって、軽く会釈をした。
するとドワーフの英雄バルザムントは、何を思ったかずんずんと俺たちのほうへやってきた。
人だかりを作っていたドワーフたちが、波を割るようにして彼の進む道を開ける。
俺のすぐ前までやってきた英雄バルザムントは、手を差し出し、握手を求めてきた。
「お前たちが集落を救ってくれたというヒト族の戦士たちか。俺はバルザムント、このダグマハルの族長だ。助力をしてくれたこと、心より感謝する。ありがとう!」
「ど、どうも。俺は大地、こっちは風音と火垂。三人で冒険者をやっています」
バルザムントさん、背丈は俺より若干低いとはいえ、横幅がすごいこともあって威圧感が凄まじい。
俺の前に立っているこのドワーフらしきものは、本当は戦車か何かなのでは?
俺は若干気圧されながら、その戦車──じゃなかった、英雄と握手をした。
握手のパワーもすごかった。
バルザムントさんはその後、風音さん、弓月とも順に握手をし、感謝と歓迎の言葉を述べた。
握手をした後、風音さんと弓月はその手をプラプラとさせ、ちょっと痛そうにしていた。
と、そのとき──
「ようやく帰ってきたようじゃの、バルザムントよ。それにしても間の悪いやつじゃのぅ。わしらがたまたま通りがかったからよかったものの、さもなくば大変なことになっていたかもしれんぞ?」
人だかりの外から、そんな声が聞こえた。
振り向いてみれば案の定、ユースフィアさんがそこにいた。
その姿を見たバルザムントさんが、目を丸くする。
そして彼は両腕を広げ、ユースフィアさんに向かって突進した。
「おおおおおおっ! ユースフィアではないか! 久しぶりだなぁ! こんなところで何をしている!」
「むおっ……!? ば、バカ、いきなり抱き着いてくるな! おぬしのバカ力で抱き着かれると──ギャーッ、痛い痛い痛い痛いっ!」
「いやぁ、久しい久しい! 何年ぶりだ? はっはっはっは!」
ユースフィアさんに突撃したドワーフの英雄は、小柄なダークエルフの少女(外見)を太い両腕で抱きしめた。
ううむ、あれはほとんどサバ折りではないだろうか……あ、ユースフィアさん、口から泡噴いたぞ。
なおこの後、俺たちはグランバさんから、二日間の傭兵任務の報酬を受け取った。
さらに少し前の段階で、ミッション達成の通知も出ていた。
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特別ミッション『族長バルザムントが帰還するまでドワーフ大集落ダグマハルを防衛する』を達成した!
パーティ全員が20000ポイントの経験値を獲得!
小太刀風音が38レベルにレベルアップ!
現在の経験値
六槍大地……413034/441573(次のレベルまで:28539)
小太刀風音……403126/441573(次のレベルまで:38447)
弓月火垂……423801/441573(次のレベルまで:17772)
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これにて一件落着。
そうとなれば、長居は無用。
明日にはこのダグマハルを出て、また新たな旅へと出発だ──と思っていたのだが。
どうも今回は、そういう感じではないらしい。
バルザムントさんがまたずんずんとやってきて、こう言ったのだ。
「集落を救ってくれたヒト族の戦士たちよ。よければユースフィアともども、もうひと働きしてくれるつもりはないか? 報酬は弾むぞ」
「あー……はい。引き受けるかどうかは、内容を聞いてみないとお返事できませんが、ひとまず話を聞かせてもらえればと」
俺はほとんど反射的に、そう答えていた。
報酬は弾むぞ、というバルザムントさんの言葉が俺の頭の中でリフレインして、脳内イメージの中で黄金色の鎧を取り巻いて踊っていた。
……いや、ほら、また特別ミッションが出そうなパターンだしさ。
聞くだけは聞こうね、という話。
ちなみにユースフィアさんはというと、バルザムントさんの腕の中で泡を噴いたまま、ぐったりとしていた。
風音さんと弓月は、そんなダークエルフの少女に向かって合掌した後、しめやかにハンカチで涙を拭く仕草を見せていた。
チーン。