第196話 会議(1)
ドワーフ戦士たちの会議場は、住居地の入り口からほど近い場所にあるようだ。
俺たちは、族長代理のグランバさんやほかのドワーフ戦士たちとともに、その建物へと向かうことにした。
なお、ドワーフ戦士たちの中には、先の戦いで倒れた別の戦士を背負っている者もいた。
HPが0になって戦闘不能となった覚醒者は、治癒魔法でHPを回復しても、すぐには意識を取り戻さない。
その場合は、誰かが担いで安全な場所まで移動させることになる。
いつぞやのアリアさんと同じ状態だ。
そんな意識を失った状態にあるドワーフ戦士のもとに、二人の住民が駆け寄ってきた。
「お父ちゃん……! お父ちゃん大丈夫!?」
駆け寄ってきたのは、幼いドワーフの少女と、その母親らしきドワーフの女性だった。
短い脚で必死に走ってきた幼い少女は、意識を失ったドワーフ戦士の服を、ぐいぐいと引っ張る。
それを後ろから追いかけてきた母親らしきドワーフ女性が、「こら、おやめ!」と言って後ろから抱きかかえた。
幼いドワーフの少女は、瞳に涙をため、ジタバタと暴れる。
「でもお父ちゃんが……! ねぇお母ちゃん、お父ちゃん死んじゃうの!?」
「それは……どうなんだい、うちの人は? 大丈夫なんだよね?」
母親ドワーフは、気絶したドワーフ戦士を背負っている戦士に聞いた。
問われた戦士は、力強くうなずく。
「ああ、命に別状はない。今は気を失っているだけだ。いずれ意識を取り戻す」
「そう、良かった……。ほら、お父ちゃん、大丈夫だって」
母親らしきドワーフ女性は、そう言って少女をあやそうとした。
だが幼い少女は、それでは納得しなかった。
「よくないよ! だってお父ちゃん、この間も……うっ……ぐすっ……」
「大丈夫、大丈夫だからね」
「大丈夫じゃない~! お父ちゃん、いつか死んじゃうよぉ~! うわぁあああああんっ!」
幼い少女は、ついに泣き出してしまった。
母親ドワーフは、泣きじゃくる娘を優しく抱きしめる。
その母親ドワーフも、少し不安げな表情でドワーフ戦士に問う。
「モンスターとの戦い、まずいのかい?」
それに対して、問われたドワーフ戦士は首を横に振った。
「何とも言えないな。明日か明後日には、族長が帰ってくるはずだ。それまでは、なんとしてでも持ちこたえるしかない」
「頼むよ。悔しいけどあたしたちは、あんたたち戦士に頼るしかないんだ。うちの人が目を覚ましたら、一度家に戻るように伝えとくれ」
「分かった」
娘を抱いた母親ドワーフは、ほかの戦士たちや俺たちに向かって一礼してから、立ち去っていった。
その一部始終を見ていた俺は、ちょっともやもやした気持ちを抱えてしまった。
ううむ……思っていたよりも、深刻な状況みたいだな。
経験値大量ゲット、とか思って浮かれていたのがちょっと申し訳なくなった。
せめて何か、俺たちにできることがあったら、協力してやりたいところだが……。
そんな出来事がありつつも、俺たちはドワーフ戦士たちの会議場までやってきた。
かなり大きな洞窟住居で、中に入ると大きめの部屋がいくつもあった。
会議をする部屋のほか、ベッドが数台配置された仮眠室や、台所、便所などもあって、ひと通りの生活ができるようになっている。
純粋な会議場というよりは、ドワーフ戦士たちの平時の待機場所なんだろう。
意識を失っているドワーフ戦士は、仮眠室のベッドに寝かされていた。
ドワーフ戦士たちと一緒に会議室に入った俺たちは、勧められた席に着く。
ユースフィアさんは勧められた席を断り、部屋の隅っこに腕を組んで立った。
うーん、協調性がないなぁ。
ドワーフ戦士たちも三々五々、席に着く。
そして茶を淹れるような間もなく、議長席についた族長代理グランバさんは、早速会議を始めた。
「客人もいる。状況の確認から始めるとしよう。ダギム、頼む」
「ああ、分かった」
グランバさんに言われて、一人のドワーフ戦士が席から立つ。
グランバさんが座っている議長席の後ろには、黒板がある。
ダギムと呼ばれた戦士は、その前に進み出ると、チョークで文字などを書きながら説明を始めた。
「今、この集落が置かれている状況は深刻だ。この一週間ほどで、今日のものを含め、モンスターの襲撃が三度あった。一度目は、六日前。モンスターの種類は今日のものと変わらないが、数はいくらか少なかった。フレイムスカルとヘルハウンド、合わせて二十五体ほどだ」
黒板に「六日前」「フレイムスカル、ヘルハウンド」「二十五体」と書き記していく。
彼はさらに説明を続ける。
「続いて二度目。これは四日前だ。モンスターの種類は、フロストウルフとイエティ。数は合わせて二十体ほど。モンスターの数は一度目よりも少なかったが、質は上だ。総合戦力は一度目と同格、あるいはそれ以上だったと見てよかろう。あれは城塞による地形の有利があってなお、死人が出ていてもおかしくない戦いだった」
黒板に「四日前」「フロストウルフ、イエティ」「二十体」と記入。
このとき俺の隣に座っていた弓月が、【アイテムボックス】からモンスター図鑑を取り出し、ぺらぺらとページをめくっていく。
「フロストウルフは、ヘルハウンドの氷属性版みたいなやつっすね。ただヘルハウンドよりステータスがちょっとだけ上っす。イエティはミュータントエイプの上位版みたいなパワー型。こいつも雑魚にしちゃ強いっすね。ただどっちも火属性が弱点だから、うちはやりやすいっす」
弓月はモンスター図鑑の該当ページを開いて、俺に見せてくれた。
こいつのこういうところ、意外と気が利くよな。
俺はなんとなく、弓月の頭をなでておく。
弓月の言うとおり、雑魚と呼ぶにはやや強めのモンスター群という印象だった。
ヘルハウンド、フロストウルフ、イエティ──どれも一体一体が、25レベルの熟練戦士一人ひとりに匹敵するか、それに近い強さを持つ。
それはつまり、数が同数程度なら、かなり危うい戦いになるということだ。
対するドワーフ戦士の数は、およそ二十人。
地形の有利があってなお、苦戦するのも無理はない。
黒板の前に立ったドワーフ戦士は、さらに続けていく。
「そして今日の戦いだ。敵戦力はフレイムスカルとヘルハウンド、合わせて三十五体ほど。一度目よりも明らかに上の戦力だ。偶然に訪れた彼ら──ヒト族、エルフ族の戦士による助力がなければ、どれほどの人的被害が出ていたか分からない」
そう言って示されたのは、俺たち三人とユースフィアさんだ。
ドワーフ戦士たちに注目される俺たち。
議長席のグランバさんが、再び頭を下げてくる。
「集落を代表して、あらためて礼を言わせてもらおう。今日の戦いでの助力、本当に助かった。ありがとう」
会議室にいるドワーフ戦士たちも、それに倣った。
こう一斉に頭を下げられると、非常にこそばゆい。
部屋の隅に立つユースフィアさんもまた、「ふん」と鼻を鳴らしながら、照れくさそうにしていた。
俺の隣で同じように照れていた風音さんが、照れ隠しのようにドワーフ戦士たちに向かって言う。
「でもそれだと、襲撃が重なるごとに、敵戦力が大きくなってきているってことですよね。次はもっと大戦力が攻めてくるってことも……」
その言葉を聞いたドワーフ戦士たちが一様に、険しい表情になった。
議長席のグランバさんが口を開く。
「あまり考えたくはないが、その可能性も視野に入れておく必要があるだろう。その場合、族長がいない現在の集落の防衛力では、どれほどの損害が出るかも分からん。最悪──」
「全滅もあり得る、かの。それも集落ごと」
そう口にしたのは、ユースフィアさんだった。
ドワーフ戦士たちが一斉に、部屋の隅に立つユースフィアさんのほうを見る。
「おいおい、わしを睨んでも仕方なかろう。当然の帰結を述べただけじゃろうが」
「睨んではおらん。だが、たらればの可能性を論じすぎて、むやみに悲観的になるのも避けたいところだな」
「それはおぬしが……まあいいわ」
グランバさんとユースフィアさんの間で、再び喧嘩に発展しそうな気配を感じたが、ユースフィアさんが呑み込んだようだ。
おっ、珍しくユースフィアさんがちゃんと大人をしている。偉い。
続けてユースフィアさんは、口元に手を当てて考え込む仕草を見せた。
「それにしても解せぬな。それほどの大戦力が、短い期間に三度も人里に攻め込んでくるなど、普通は考えづらい。一度でも異常事態じゃというに」
ユースフィアさんはそこで、一度言葉を切る。
そして次の彼女の言葉に、ドワーフ戦士たちはにわかに騒めくこととなった。
「のう、ドワーフの。一つ聞くが──この集落の近くに『ダンジョン』はないか?」