第189話 ダークエルフの少女(2)
「おぬしら、『レブナントケイン』という魔法の錫杖の在り処に覚えはないか? ずっと探しておるのじゃが、どうにも見付からん。万が一知っておったら、場所を教えてくれるだけでも相応の礼はするぞ」
ダークエルフの少女は、俺たちにそう問いかけてきた。
俺の心臓が、どくん、どくんと跳ねる。
『レブナントケイン』──かつてドワーフ集落で遭遇した事件において耳にし、目にしたアイテムだ。
レブナントという種類の、強力なアンデッドモンスターを作り出すために必要な秘宝。
二人の邪教徒がそれを使って、ドワーフ戦士のベルガさんを、レブナントにしようと画策したのだ。
今は再び、かのドワーフ集落の宝物庫に収まっているはずだ。
処分するや否やに関してまた話し合うと言っていたから、その後どうなっているかは分からないが。
目の前のダークエルフの少女が、それの在り処について尋ねてきた。
しかもそれを「ずっと探している」と言った。
ということは、どういうことか。
正直に「知っている」と答え、その場所を教えたらどうなるか。
彼女はあのドワーフ集落に向かい、何としてでもそれを手に入れようとするのではないか。
何としてでも──それはつまり、手段を選ばずに。
「邪悪な者の手に渡ってはいけないアイテムだ」と、ドワーフ集落の戦士たちは言っていた。
目の前の少女は、一見では邪悪そうには見えないが……。
おそらく目の前のダークエルフの少女は、ただものではない。
俺の探索者としての本能が、こちらの戦力を踏まえた上で警鐘を鳴らすほどの存在。
「知らない」と嘘をつくか、と考える。
だがそれにしては、すでに沈黙しすぎた。
あと繰り返しになるが、俺は嘘があまり上手くない。
目の前の相手に対して、嘘をついてバレることのリスクはどのぐらいか。
いろいろと考えた結果──
「一応、心当たりはある。けど、それをキミに教えていいのかどうかは、判断に迷っている」
結局、正直者には正直者の戦い方しかできないという結論に至った。
俺のその言葉に、ダークエルフの少女は心底嬉しそうに食いついてきた。
「ほ、本当か!? 頼む、どこにあるのか是非とも教えてくれ! 悪いようにはせん……と、思う……から……」
でも最後のほうは、ごにょごにょと歯切れが悪くなった。
嘘をついているようには見えないのだが、どう判断したものか。
「『レブナントケイン』を求めているってことは、その危険性についても認識しているんだよな? だとしたら、おいそれと他人に在り処を教えていいようなものじゃないことは分かるだろ」
「ううっ、それはそうじゃが……。わしは邪悪な魂の持ち主ではない。それは信じてもらえんか? さもなくば、わしはおぬしらを今すぐ叩きのめし、拷問して在り処を吐かせることだってできるんじゃから」
……言い切ったよ、この娘。
冒険者三人とグリフォン一匹を前にして、自分はお前たちを叩きのめせるぞと。
あとグリフォンを従えているところを見ても驚いてもいないな。
レベルがいくつなのかは分からないが、ここまでの様々な情報から、目の前のダークエルフの少女が限界突破をしていることはおそらく間違いないだろう。
それからダークエルフの少女は、「ああもう」と言って、次には胸に手を当ててこう言ってきた。
「だったら、こう言えば信じてもらえるか? わしはかつて魔王を倒した『八英雄』の一人、ユースフィアじゃ。命懸けで戦って人類を救った、とびっきりの善人じゃぞ。これでも信じられんか?」
「は……?」
予想外の角度から、予想外の言い分が飛んできて、俺はあっけに取られてしまった。
***
「……ほ、ほーん、だいたい話は分かった。それで、どうしてその八英雄の一人、ユースフィアさんがうちらに同行する話になったん?」
翌朝。
集合場所であるリントン村の宿屋前に集まった俺たちが、エスリンさんに事情を説明すると、雇用主は顔を引きつらせてそう尋ねてきた。
その問いには、俺たちと一緒にいた当のダークエルフの少女、ユースフィアが答える。
「うむ。八英雄の一人と名乗られても、それを確かめる手段がないと言われてな。ならばと、ドワーフ大集落ダグマハルに住んでおるバルザムントのところまで同行しようとなったのじゃ。やつならわしのことを知っておるからの」
「な、なるほどね。……うん、話は理解したけど、実感がついてこんわ」
「ただで強力な護衛が増えたと思っておけばよかろ、人間の商人よ。もっとも、よほどのことがなければ、こやつらだけでも事足りるじゃろうがの」
そう言ってユースフィアが指さすのは、俺たち三人だ。
ちなみにこの自称八英雄の一人ユースフィアさんは、試しにレベルを聞いてみたところ、「75じゃ」とあっさり答えてくれた。
ただステータスを見せてほしいと言ったら、さすがに断られた。
「それは乙女の秘密じゃ☆」とのこと。
どうもロリババアと呼んだ方が適切な年齢っぽい彼女、乙女という表現は妥当なのかどうか。
言うと怒られそうなので黙っておくが。
あと風音さんと弓月には「初対面の女性にステータスを聞くなんて、デリカシーがないよ、大地くん」「そっすよ。先輩はこれだから」といつものように無駄にディスられた。
この二人、すでにユースフィアさんに気を許している模様。
まあ俺もこの段階で、この人にならレブナントケインの在り処を教えてもいいかなという気にはなっていたが、あと一日ちょっとで着く場所だし、せっかくなのでドワーフ大集落までついてきてもらうことにしたのだ。
「ま、ええわ。──それじゃ最後のひと踏ん張り。ダグマハル目指して出発しよか」
雇用主のエスリンさんがそう言って、リントン村の入り口をあとにする。
俺たちもまた、そのあとについて、目的地までの残りの道のりを歩み始めた。