第183話 リントン村
ミノタウロスを撃破した俺たちは、道をさらに北上していき、夕方前頃には次の街へとたどり着いた。
だがエスリンさんは、その街を宿泊地とはせずに、進路をさらに先へと進んでいく。
「この先に、もっといい宿泊場所があるんよ」
そう言われてなおも歩くこと、一時間ほど。
空がすっかり夕焼け色に染まった頃に、一行はその村へとたどり着いた。
「それじゃ、今日はこの村で休むよ。明日からはちょいと険しい道になるから、ここでしっかり休んどいてな。見て分かると思うけど、体を休めるには絶好の村だしね」
そんなわけで、エスリンさんがいつものように宿を取ってくれて、今日は解散の運びとなった。
宿泊地となったリントンという名の村は、村と呼ぶにはやや規模が大きく、半ば観光地という雰囲気だった。
村の建物の数は百を超え、旅人向けの施設も少なくない。
この辺境の村がそれほど賑わっている理由は、明らかだった。
「大地くん、温泉だよ、温泉! あちこち湯気がたくさん!」
「エスリンさんの言うとおり、旅の疲れを癒すには最高の村っすね。グリちゃんも一緒に入るっすよ~♪」
「クピッ、クピィッ♪」
そう、温泉である。
村のあちこちから、湯気がもうもうと湧き上がっている。
いわゆる温泉街の、ちょっと小規模バージョンといった雰囲気だ。
ところでグリフォンは、オスなのかメスなのか。
あるいはモンスターだからオスもメスもないのか。
仔犬サイズの従魔は弓月に抱かれてノリノリの様子だが、こいつが弓月や風音さんと一緒に温泉に入るのにちょっと嫉妬してしまう俺がいた。
だがそんな折、立ち去ろうとしていたエスリンさんから、こんな助言が飛んできた。
「あ、そうそう。混浴の温泉もあるみたいやから、自費で入りに行くならご自由に~。にひひひっ」
いつものニヤニヤ笑いでそう伝えてから、従者たちとともに立ち去っていく我が雇用主である。
ホントあの人、そういう下世話な話、好きだよな……。
っていうかあの人自身、従者のムキムキさんたちとそういう関係なんだろうか。
いや、それこそ下衆の勘繰りか。
「へぇー、混浴かぁ」
「それはちょっと興味深いっすね。ねぇ先輩?」
風音さんと弓月は、興味津々という様子だった。
一方で、俺はというと──
「いや、そりゃお前、俺は男子として惹かれないわけもないが。……い、いいのか?」
自分で言うのもなんだが、こんな調子である。
いまだにときどき、目の前の二人が俺とそういう関係だという事実が、何かの間違いではないかと思ってしまうのだ。
長年かけて培った敗者の魂は、そう易々とは拭い去れないのである。
「うーん、とりあえずどんな感じのところか、見てみようか」
「そっすね~。あ、あっちみたいっすよ。ほら先輩、ボサッとしてないで行くっすよ」
「え、ちょっ、二人とも!?」
「クピッ、クピィッ!」
風音さんが先行し、弓月が俺の手を引いて、混浴と思しき温泉場まで連れていかれた。
その間、俺の心臓はドッキンバクバクである。
村で唯一の混浴温泉は、宿ではなく銭湯のような形式だった。
「こんにちはー。混浴の温泉って、どんな感じなんですか?」
施設のエントランスに踏み込むと、風音さんが番台さんに気さくに話しかける。
番台にいるのは気の良さそうなおばちゃんだ。
「いらっしゃい、旅の人。ところであんたたち、いい関係かい?」
番台のおばちゃんは、俺たちを見て、きらりと目を光らせてきた。
それには弓月と風音さんが、躊躇もなく答える。
「うっす。うちらいい関係っすよ」
「ですです。私も火垂ちゃんも、大地くんとはいい関係でっす♪」
「なんなら風音さんやグリちゃんともいい関係っす」
「クピッ、クピィッ」
「あはははっ、面白い子たちだね。──それじゃあ、そんないい関係のあんたたちに聞くよ。うちの混浴温泉浴場は二種類ある。一つは誰でも入れる開放的な大浴場、入湯料は一人銀貨1枚だ。もう一つはあんたたちだけに貸し切りの小浴場、入湯料は一人金貨1枚。さあどうする?」
番台のおばちゃんは、俺たちに二択を突きつけてきた。
大浴場と、貸し切りの浴場……?
大浴場のほうは、誰でも入れるということは、誰でも入ってくるということだよな。
それはつまり、俺以外の男も、風音さんや弓月の艶姿を堪能できてしまうということで──
「貸し切りのほうでお願いします。このペットも連れて行きたいんですが、金貨4枚でいいですか」
俺はキリッとした声で番台のおばちゃんに即答、自分の財布から全員分の代金となる金貨を取り出した。
それを見た風音さんと弓月がくすくすと笑う。
「大浴場のほうも気にはなるけど、ま、さすがにそうなるよね」
「そっすね。先輩以外に見られるのは、うちも御免こうむりたいっす」
一方で番台のおばちゃんは、俺が4枚差し出した金貨のうち3枚を受け取り、1枚は差し返してきた。
「ペットの分はタダでいいよ。そのかわり、その子は浴槽には浸けないでおくれ。毛がすごいことになって、次のお客さんを入れられなくなりそうだ」
まあ、そりゃそうか。
グリフォンには悪いが、入りたがったら桶か何かで我慢させよう。
そんなわけで俺たちは、貸し切りの混浴温泉に入ることになった。
こういうときにお金を躊躇なく使えるっていいな。
本作書籍版、二巻の発売が決定いたしました!
書籍版(電子書籍含む)を購入してくださった皆様、これから購入してくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます!
なお、朗報と感謝のあとで大変申し上げづらいのですが……。
ここから二話ほど、大地くんたちが楽しくイチャコラするだけで話は進みません。ヽ(;´∀`)ノ
きっとそういうのが好きな読者さんもいるに違いない……いや、いてほしい(願望)




