第182話 ミノタウロス
第三の街、ランデルバーグを出立したエスリンさん一行と俺たちは、街道をさらに北上していく。
ただ街道といっても、ここまで来ると、立派な道が敷設されているわけではない。
森の中を貫く道は、最低限木々が取り払われた程度。
地面はというと、もっぱら人の足で踏み固められたばかりの、むき出しの大地である。
「このルートは熟練の冒険者を連れとらんと通れんし、辺境に向かう田舎道やからね。こんなもんよ。あんたらもちょい厳しいかもしれんけど、頑張ってな」
「「「うぃーっす!」」」
エスリンさんの言葉を受け、鉱石を載せた荷台をガラガラと引っ張っていた三人のムキムキ従者たちが、張り切った声をあげる。
なおグリフォンに引っ張らせようかと進言してみたこともあったが、ムキムキさんたちが「こいつは俺たちの仕事です!」「兄貴の大事なペットさんのお手は煩わせやせんぜ!」と言うので、今はもう放置している。
エスリンさんも「そこは契約外やからね」とのことだった。
そんな調子で、ランデルバーグを出立してから数時間後。
昼食休憩をとってから、しばらく進んだ昼下がりに、俺たちはそのモンスターと遭遇した。
行く手の先に現れた一体の大型モンスターを前にして、俺、風音さん、弓月の三人が武器を構え、魔法発動のための集中を始める。
グリフォンも、今回はあらかじめ本来のサイズに戻した状態で連れているので、臨戦態勢は整っている。
「ブモォオオオオオオッ!」
現れたモンスターは雄叫びをあげると、まるで猛牛のように突進してくる。
あの勢いで突っ込んでこられたら、未熟な冒険者程度では、頭部から伸びた太い角で一突きに貫かれてしまうだろう。
そのモンスターは、俺の二倍ほどの背丈と、筋骨隆々たる人型の巨体を持つ。
牛に似た頭部を持ち、手には一振りの巨大な斧を携えていた。
そいつの名は、ミノタウロス。
このあたり一帯に出没するこのモンスターを倒せるだけの戦力を持たなければ、この道を進むことはままならないのだ。
「風音さん、弓月! 先に話しておいた通りでよろしく! 【ロックバズーカ】!」
「了解! いけっ、【ウィンドスラッシュ】!」
「ラジャっすよ! 射抜け、氷華の矢──フェンリルアロー!」
俺の指示に応じて、風音さんと弓月もそれぞれに遠隔攻撃を放つ。
魔法によって生み出された岩塊と風の刃、そして氷弓に番えられた魔法の矢が一斉に放たれ、突進してくるモンスターに突き刺さる。
それらは屈強なミノタウロスの肉体を損傷させ、負傷部分から黒い靄をあふれ出させた。
中でも明らかに大きな打撃を与えたのは、弓月のフェンリルボウによる一撃だ。
だがミノタウロスは、突進の勢いを弱めることなく突っ込んでくる。
彼我の距離はもう、もう目と鼻の先だ。
「グリフォン、止めろ!」
「クァーッ!」
俺は従魔に指示を出す。
俺の意志を受け、隣にいたグリフォンの巨体が先行して前に出た。
「ブモォオオオオオオッ!」
「クァアアアアアアッ!」
ミノタウロスとグリフォンが激突した。
重量級のモンスター同士の衝突は、わずかにミノタウロスに分があり、グリフォンは少し押し返された。
双方のモンスターの体から、新たに黒い靄があふれ出す。
ミノタウロスの二本の角による攻撃がグリフォンに突き刺さり、同時に、グリフォンのくちばしによる連続攻撃がミノタウロスを穿っていた。
「よくもグリちゃんを! ──はぁあああああっ!」
「くらえ、【三連衝】!」
そこに駆け込んだ風音さんと俺が、攻撃を重ねる。
二振りの短剣による連続斬撃と、槍による三連続の高速突きが、左右からミノタウロスの胴を穿ち──
そこでバッと、ミノタウロスの体が消滅した。
黒い靄が消え去ったあとの地面には、大型の魔石が残る。
戦闘終了だ。
俺は風音さんとハイタッチ。
さらに弓月も駆け寄ってきて、俺たち二人と手を合わせた。
「余裕だったね、大地くん」
「ええ。このぐらいの相手ならもう、何ら問題なく倒せるみたいですね」
「ま、うちらの実力だったら楽勝っすよ」
「油断すると痛い目を見そうだけどな。グリフォンも、よくやってくれた。痛かったか?」
「クァッ、クァーッ!」
俺が傷ついたグリフォンに【グランドヒール】をかけてやり、それから頭部をなでてやると、グリフォンは嬉しそうな様子で俺にすり寄ってきた。
ふさふさした毛並みを持つ大きな図体で懐かれると、なんとも言えない親心みたいなものが生まれるな。
「でもグリちゃんに敵の攻撃を止めさせるの、ちょっと可哀想な気がしちゃうな」
風音さんもグリフォンをなでながら、そうつぶやく。
「でもそんなことを言っていたら、戦力として使えないですからね。グリフォンに任せないと、代わりに俺や風音さんがダメージを受けるだけですし。それに今のところ、俺たちの中でグリフォンが一番、HPが高いですから」
俺のステータス画面を操作することで、従魔であるグリフォンのステータスも見ることができるのだが。
そのHP欄を見ると、なんと最大値が350もある。
俺や風音さんの最大HPは200前後だから、現状一番タフなのがグリフォンなのだ。
「それはそうなんだけどさ。なんか命令していいように使うのって、良くない気がしちゃって」
「うーん、そう言われてもなぁ」
「あ、いや、ごめんね。大地くんを非難してるとかじゃなくて。ちょっとそう思っただけで。まあ、しょうがないか」
「グリちゃんにありがとうって言うしかないっすね。先輩や風音さんを守ってくれて、ありがとっすよ、グリちゃん」
「クァッ、クァーッ♪」
弓月にもなでられて、グリフォンはご機嫌そうだった。
まあ、このあたりは深く考えるとドツボにハマりそうだから、あまり考えないことにしよう。
「いやぁ、お疲れさんや。相変わらず自分ら、とんでもない強さやね。ミノタウロスってこんな簡単なモンスターとちゃうはずなんやけど」
「こりゃもう大地の兄貴たち、八英雄と戦っても勝てるかもしれませんぜ」
「待て待て。そいつはさすがに言いすぎだろ」
「いやそれでも、兄貴たちなら」
エスリンさんとムキムキ従者たちもやってきて、やんややんやと囃し立てる。
だがその中に、気になった単語があった。
「『八英雄』っすか? あと一人少なかったら、融合体がラスボスになりそうな名前っすね」
弓月がそう口にすると、エスリンさんたちが首を傾げる。
「ん? ホタル、まさかと思うけど『八英雄』を知らんの?」
「いやぁ、姐さん。それはさすがにないでしょ」
「ホタル姉さんに限って、そんなことは」
「そんなことは……ねぇ、ですよね?」
「普通に知らないっすよ。有名人なんすか? さては名前が環状線の駅名に似てるっす?」
とりあえず弓月、お前は某七英雄から離れろ。
さておき、わりと聞き捨てならない名前だし、ちょっと踏み込んでみようか。
「俺たちちょっとわけあって、社会常識に疎いんですよ。よければ歩きながらでも、その『八英雄』のことを、少し教えてもらってもいいですか?」
「ほぇーっ、ダイチもか。ってことは、カザネも?」
「うん。私たち三人ともです」
「ほーん。けったいなこともあるもんやね。まあ事情はいろいろあるんやろから深入りはせんけども。そしたらまあ、初等教育で教わるような話やけども、暇つぶしに喋ってこか」
そうして旅を再開しつつ、エスリンさんが「八英雄」について話し始めた。
その内容は予想通り、この世界の一大事に関わるものだった。
今からおよそ三十年前、この世界に突如として「魔王」が現れ、世界は未曽有の危機に陥った。
幾多の強大なモンスターを引き連れた「魔王」は強く、並みの熟練冒険者程度ではまるで歯が立たない。
数百人を数える規模の騎士団・冒険者の連合軍を組織して挑んでも、魔王の強大な力の前に破れ、潰走するしかなかったという。
そんな折、人類の希望として立ち上がったのが、「八英雄」と呼ばれた少数精鋭の冒険者たちだった。
文字通り、八人の英雄たち。
一人ひとりが恐るべき力を持つ彼らは、たった八人で強大な魔王の軍勢に挑み、ついには魔王を撃ち滅ぼした。
ちなみに、魔王討伐を果たした八人の英雄たちは、ある者は栄誉を受け取って名誉貴族となり、ある者は報奨を受け取って人の世から姿を眩ませた。
エルフやドワーフなど長寿の者も混ざっており、今も生きてこの世界で暮らしている者も少なくないとのこと。
「ちなみにドワーフの英雄バルザムントは、今向かってるドワーフ大集落ダグマハルに住んどるよ。うちが知らんうちにぽっくり逝ってなければやけどな」
「へぇ~。ということはエスリンさん、ダグマハルに行ったことあるんですか」
「そらもちろんよ。そうじゃなきゃ、わざわざこんな重たいもん運んで、こんな遠くまで旅したりせんよ。でっかい金儲けのツテがあるから行くんよ」
言われてみれば、それもそうだな。
そんな話をしながら俺たちはミノタウロスの出現地帯を越え、次なる人里へと向かっていった。
なおミノタウロスを倒した時点で、ミッションも一つ達成していた。
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特別ミッション『ミノタウロスを1体討伐する』を達成した!
パーティ全員が8000ポイントの経験値を獲得!
新規ミッション『ヘルハウンドを5体討伐する』(獲得経験値8000)を獲得!
新規ミッション『フロストウルフを5体討伐する』(獲得経験値10000)を獲得!
新規ミッション『キマイラを1体討伐する』(獲得経験値15000)を獲得!
六槍大地が36レベルにレベルアップ!
弓月火垂が36レベルにレベルアップ!
現在の経験値
六槍大地……304924/344368(次のレベルまで:39444)
小太刀風音……297296/303707(次のレベルまで:6411)
弓月火垂……305041/344368(次のレベルまで:39327)
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これで俺と弓月が36レベル、風音さんが35レベルか。
八英雄と呼ばれる人たちって、どのぐらいのレベルなんだろうな。
数百人の騎士や冒険者でも敵わない相手に勝つぐらいなんだから、限界突破していることは間違いないと思うが。
ドワーフ大集落ダグマハルには、そのうちの一人がいるというし、機会があったら聞いてみることにしよう。