第181話 出立の朝
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。
木窓の隙間から差し込んでくる朝日に顔をなでられた俺は、寝ぼけ眼で目を覚ます。
「んあ……もう朝か……ふわぁあああああっ……」
ベッドの上で身を起こして伸びをする。
頭上にあるのは、異世界の宿の天井。
今日もまた、朝起きたら今までの全部が夢だった──なんてことはなかった。
ところでそんな俺の腰には、何者かに抱き着かれている感触があった。
柔らかくて温かくて、心地のいい何かが二人。
「うにゅう……大地くん……これ以上は、無理だよぉ……」
「むにゃむにゃ……先輩~、もう食べられないっすよ~」
二人の女子が、眠ったまま俺に抱き着いていた。
どちらも衣服は身につけているが、ほどよくはだけていて、なんというかとてもアレである。
ていうか、なんで同じベッドで寝ているんだっけ……?
ああそうか、昨晩は遅くまで孤児院で番をしていて、事が終わったのは深夜も遅くの朝に近い時間で。
宿に戻ってきた頃には眠すぎて、なんかハイテンションなノリで、三人一緒のベッドに入って眠りについたんだったか。
ともあれ、俺は二人をやんわりと起こす。
やがて風音さんも弓月も、まだ眠たそうな様子ながら目を覚ました。
「あ……おはよう、大地くん……うにゅう、眠い……」
「むにゃ……あ~、先輩だ~、おはようっす~……でもあと五分……」
「こらこら。今日もエスリンさんの護衛をしなきゃいけないんだから、しっかり起きろ」
「クピッ、クピィッ」
枕元にいたグリフォンも弓月に蹴りを入れるなどしつつ、どうにか起床した俺たち。
朝の準備をしてから、朝食をとるために階下の食堂に向かうと、そこでエスリンさんたちと合流する。
「おはようございます、エスリンさん。ほかの皆さんも」
「ん、おはよーさんや。……って、なんや自分ら、ずいぶん眠そうやな。昨日は夜遊びでもしてたんか? それとも……にひひっ、やっぱり夜通し三人でお盛んやったんか?」
エスリンさんは指で輪っかを作り、そこに人差し指を入れたり出したりしてみせる。
俺は思わず、ため息を漏らしてしまった。
「エスリンさん、わりとそういうところ下世話ですよね……」
「まあ、夜遊びというかなんというか?」
「ちょっとした悪者退治っすかね」
「はあ。なんやよー分からんけど、護衛の仕事には差し支えん範囲にしてな。この先の街道にはミノタウロスも出るんやから」
「「「はぁーい」」」
そんなやり取りをしながら朝食をたいらげ、やがて準備ができたら出発だ。
宿を出て、街の通りを北門に向かって進んでいくと、その途中でとある商家に憲兵たちが押し入ってガサ入れをしている場面に遭遇した。
逃げられないように憲兵たちに拘束され、うなだれているのは、金貸し商人のデイモンだ。
自慢のチョビ髭も、力なく垂れ落ちている。
ガサ入れの現場にはギルバートさんもいて、俺たちの姿に気付くとサムズアップをしてきた。
俺たちも同じように親指を立てて返す。
ギルバートさんも昨日は俺たちと一緒に夜更かししたのに、朝早くからお仕事お疲れ様ですって感じだ。
あるいは、あれからずっと眠らずの徹夜仕事なのかもしれないが。
──昨晩、俺たちは孤児院に潜伏して、住居侵入犯の現行犯逮捕に成功した。
俺と風音さんは、契約書が保管された部屋の死角に【隠密】スキルで隠れていたのだ。
ギルバートさんは夕方の話し合いの後、憲兵詰所に戻って信頼できる上司と相談。
深夜にはその上司ともども張り込んで、犯行の現場を押さえてくれた。
住居侵入犯のロドニーという男は、黒幕を素直に吐けば減刑されると聞くと、すぐにぺらぺらと喋りはじめた。
その証言を糸口にして、事件の黒幕である金貸しデイモンの数々の悪事を明るみにするべく、その家宅捜索が行われることになったようだ。
その結果が今ここ、ということなのだろう。
ちなみに俺たちへの報酬も、ちゃんと適正額が支払われた。
加えて俺たちには、「真の報酬」も与えられた。
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特別ミッション『憲兵に協力して金貸しデイモンの陰謀から孤児院を守る』を達成した!
パーティ全員が5000ポイントの経験値を獲得!
現在の経験値
六槍大地……288924/303707(次のレベルまで:14783)
小太刀風音……289296/303707(次のレベルまで:14411)
弓月火垂……297041/303707(次のレベルまで:6666)
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ギルバートさんから協力を頼まれたときに、特別ミッションが出ていたのだ。
そして深夜の逮捕劇で、ミッション達成となった。
まあ正直、これだけやって経験値5000ポイントは安いなと思う感覚がなくはない。
真夜中の長時間張り込みと寝不足に見合うかというと……いや、感覚が贅沢になりすぎだな。
さておき、金貸しデイモンの商家を通りすぎたエスリンさん一行と俺たち。
しばらくすると、今度は孤児院の前を通りがかることになった。
「あ、ホタルだ!」
「ダイチ兄ちゃんとカザネ姉ちゃんもいる!」
「もう出掛けちゃうの? またなー、ホタル姉ちゃんたち!」
ちょうど外に出ていた子供たちから、やんややんやと声が飛んでくる。
一番人気は弓月だ。
弓月は子供たちのもとに駆け寄って、抱きつかれたり、頭をなでたりしていた。
弓月の瞳に、ちょっぴりの涙がたまっているのが見える。
また子供たちの声を聞いてか、孤児院の中からは、カレン院長が出てきた。
院長は昨日よりは元気そうで、俺たちに向かって深々と頭を下げてきた。
そのとき風音さんが「ちょっと行ってくるね」と俺に断ってから、カレン院長のもとに駆け寄った。
そして風音さんがカレン院長に何事かを耳打ちすると、院長は顔を真っ赤にしてわたわたした様子を見せた。
風音さんはカレン院長の肩をぽんぽんと叩いてから、手を振って俺の隣へと戻ってくる。
院長はぷくーっと頬を膨らませ、頬を赤くしたまま拗ねたような顔をしていた。
風音さんはそれを見て、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「『ギルバートさんとお幸せに』って言ったら、あの反応だもん。大丈夫かなあの二人」
「はははっ。そういう話、あまりしてないのかもですね」
「そうだね。つい最近までの誰かさんみたいに」
「あう」
うーん、俺このネタで、風音さんと弓月から一生弄られそうだな。
しばらくして弓月も、子供たちと別れて戻ってきた。
後輩の目元は、何度か服の袖で拭ったようで、少し赤かった。
「なんや自分ら、ずいぶん人気者やな。夜遊びって、あの子らとか? さっき憲兵のお兄ちゃんともやり取りしとったみたいやけど」
エスリンさんがそう聞いてくるので、俺は「まあ、そんなところです」と答えておいた。
俺たちは子供たちの声を背に受けながら、ランデルバーグの街をあとにする。
スタート地点であるフランバーグの街を出てから、昨日までで四日が経過。
ドワーフ大集落ダグマハルへの道のりは、すでに半ばを越えていた。