第179話 作戦会議
金貸したちの尾行を終えた俺と風音さんは、一度孤児院へと戻った。
「あーっ、先輩たち、やっと帰ってきたっす。遅いっすよー」
「クピッ、クピーッ」
「ほら、グリちゃんもそう言ってるっす。ねー、グリちゃん」
「クピーッ」
孤児院の寝室では、弓月とグリフォンがそう言って俺たちを出迎える。
心なしか弓月とグリフォンが意気投合して、一人と一匹を仲間外れにしたことを非難しているよう見えた。
一方で弓月は、少し見ないうちに子供たちからずいぶん懐かれたようだった。
「ホタルーっ、もっと遊ぼうよー」
「そうだよホタル姉ちゃん。鬼ごっこ……だと勝てないから、かくれんぼしようぜ」
「なあなあ、ホタル姉ちゃんって、大人のくせにおっぱいあんまないよな」
ふにょん、ふにょん。
「あーっ、どこ触ってるっすか! このエロガキ、いい加減にするっす!」
「痛って! ホタル姉ちゃん本気でぶった!?」
「探、じゃなかった、冒険者のうちが本気で殴ったら、脳天カチ割れてるっすよ」
「よし弓月、そこをどけ。俺が代わりに全力でぶん殴ってそのガキの頭をたたき割ってやる」
「どうどう、大地くん、落ち着いて。子供のやることだから」
また風音さんに羽交い絞めにされた。
止めないでくれ風音さん俺の弓月に何してくれてんじゃこのクソガキャあぶっ殺しちゃる。
とかなんとか男子の醜い独占欲パートⅡを発揮しつつ。
さておき落ち着いた俺たちは、子供たちを部屋の外に出して扉を閉め、真面目な話を始める。
その場に残ったのは俺、風音さん、弓月、それにカレン院長と、憲兵のギルバートさんだ。
ちなみにギルバートさんは仕事中のはずだが、「ま、仕事をサボった分はあとで怒られるさ」と達観した様子だった。
それでいいのかと疑問には思ったが、ただこの話は彼にも聞いてほしかったので、ちょうどいい。
俺と風音さんは、見聞きしてきたことを話した。
具体的には、金貸したちがこの孤児院の借金の原因を作ったらしきことや、今日の夜中に孤児院に忍び込んで契約書をすり替えようとしていることをだ。
それを聞いたカレン院長は絶句し、ギルバートさんは怒りに打ち震えた。
「野郎、まさかそんな悪事を……! 曲がりなりにも善良な市民ってツラしやがって、やってることは犯罪も犯罪、真っ黒じゃねぇか」
「つまり先ほどのやり取りは、契約書の保管場所を確かめるために、私に取りに行かせたということですか」
「だと思います。そして契約書さえすり替えれば、あとは強引に押し切れると考えたんじゃないでしょうか」
「確かにそのやり方をされたら、俺たち憲兵もデイモンのやつが嘘をついていると決めつけて介入するわけにもいかなくなる。カレンさんの記憶違いだろうと言われたら、あとは水掛け論だ。客観的には物的証拠があるほうが強くなっちまう」
ぎりりと、憲兵ギルバートは拳を握りしめる。
一見へらへらしているように見えても、正義感が強い人のようだ。
「先輩。ギルバートさんは、昔からこの孤児院によく遊びに来ていて、子供たちからも人気があるみたいっすよ」
弓月が俺に、そう耳打ちしてくる。
まあ子供たちとも打ち解けているようだし、そんな感じだろうとは思っていたが。
「借金の原因は、彼らが言っていたとおりの事情なんですか?」
風音さんがそう聞くと、カレン院長はゆっくりとうなずく。
「はい。うちで育って、働ける歳になったので巣立っていった、デニスという子がいました。働きはじめてすぐの頃は、孤児院のために使ってほしいと幾ばくかのお金を渡してくれさえしていたんです。でもあるときからそれがなくなって。やがてあの子は、借金の連帯保証人になってほしいと言ってきました。院長には絶対に迷惑はかけないからと。私はそれを信じてしまいました。愚かだと言われても、そこは否定のしようがありません」
「だがそれを、カレンさんが悪いで済ませたくはねぇな。騙されるほうが悪いなんてのは悪党の論理だ。だいたいその話じゃあ、デニスの借金そのものもあいつらが仕組んだってことだろ。デニスのやつはそれっきり行方不明になっちまったが……それ以上の『まさか』もあり得るな」
ギルバートさんのその言葉に、カレン院長は沈んだ表情で目を伏せる。
それを見たギルバートさんは、しまったという顔を見せた。
「すみません、カレンさん。配慮が足りなかった」
「いえ、大丈夫です。続けてください」
首を横に振って、わずかに微笑むカレン院長。
病気のせいもあってか、その様子はどこか力ない。
ギルバートさんは、歯を食いしばって話を進める。
「だが問題は、やつらが悪事を働いている『証拠』が何もねぇってことだ。俺たち憲兵もデイモンのやつの黒い噂はいくつも聞くんだが、決定的な証拠になるものは見つからねぇ。一つでも証拠が掴めれば、そこから芋づる式に探れるだろうとは思うんだが──」
「決定的な証拠というと、例えばデイモンの手下が不当に住居に侵入し、契約書をすり替える現場を現行犯でおさえるとかですか?」
俺がそう口を挟むと、ギルバートさんは渋い顔でうなずいた。
「ああ。だが相手が冒険者相当の力を持っているとなると、俺たち憲兵だけじゃ取り押さえることもできねぇ。今から上に掛け合って騎士か冒険者に助力を頼むとなると、間に合うかどうか」
それからギルバートさんは、俺たち三人のほうを見た。
そして必死な様子で、こう訴えかけてきた。
「なあ、たまたま縁があっただけの旅人のあんたたちにこういうことを頼むのが、勝手なのは分かってる。だが頼む。今夜、俺たちに力を貸してくれないか。報酬はなんとか上に掛け合ってみるが……今の段階で保証はできない。無理だったら俺が借金してでも払うと言いたいところなんだが、事情があってそれも……難しい」
心底もどかしそうに、かつ申し訳なさそうに言ってくるギルバートさん。
そこで俺の脳内でピコンッと通知音が鳴り、メッセージボードが現れた。
一方では、そんな非日常な日常風景を横に置いて、弓月が再び俺に耳打ちしてくる。
「ギルバートさん、毎月こっそりこの孤児院にお金を置いていってるみたいっすよ。子供たちはみんな知ってるっすけど、ギルバートさんに口止めされて、院長には言わないようにって」
なるほど。
一見チャラそうに見えて、わりと拗らせているなこの人も。
俺は弓月に耳打ちを返す。
「てかギルバートさんとカレン院長、お似合いだよな。早くくっ付けばいいのに。弓月お前、ちょっとやらしい雰囲気にしてこいよ」
「今っすか? ていうか先輩がそれ言うっすか? ブーメランでかすぎないっす?」
そんな俺と弓月の様子に、不安げな表情を向けてくるギルバートさんとカレン院長。
あああれ、俺たちが今の話を承諾するかどうかを、内緒話で相談していると思ってるな。
まあ報酬がちゃんと受け取れるかどうか分からない案件だ。
プロの冒険者であれば自分たちの腕をタダで売るわけにもいかないし、これに二の足を踏むのは、ある種の正しい判断と言えるだろう。
そして、俺たちはというと──