第178話 尾行
ミッションが出たので、金貸したちを追いかけてみる。
少量だろうが、もらえる経験値は貰うということ。
俺たちは現金なのだ。
ただし尾行──つまり隠密行動なので、例によって弓月はグリフォンとともにお留守番だ。
弓月が「うちばっかり、いつも仲間外れっす」と不貞腐れはするが、こればかりは仕方がない。
というわけで、孤児院を出た金貸したちを、【隠密】スキルを発動した俺と風音さんが尾行していく。
尾行対象のうち一人は冒険者相当なので、侮れない。
人ごみの中でなるべく距離を取って、ターゲットをギリギリ視界に収めておけるぐらいの間合いを保って追跡をした。
するとあるところで、四人の男たちは大通りから脇の細道へと入った。
俺と風音さんは、彼らを見失わないように、小走りで追いかける。
四人の男たちは、路地裏の突き当たりで立ち止まっていた。
そこで何やら話を始めたので、俺たちは物陰に潜んで、現場ののぞき見と盗み聞きを試みる。
話し始めたのは、一行の首魁と思しきチョビ髭の小男だ。
名前はデイモンとかいったか。
あれが金貸し本人で、ほかの三人は雇われ人なのだろう。
「ロドニーよ、契約書がしまわれている部屋はしっかり確認したな?」
金貸しデイモンが語りかけたのは、三人のチンピラ風のうち、冒険者の力を持つと思われるやつだ。
ロドニーと呼ばれた用心棒らしきその男は、ニヤリと笑う。
「ああ、デイモンの旦那。で、俺は何をすればいいんだ?」
「ふふふっ。お前には今日の夜中に、孤児院に忍び込んでもらう。そしてあの契約書を、これとすり替えてくるのだ」
そう言って金貸しデイモンが取り出したのは、先ほど孤児院の院長が出した契約書とそっくりの丸めた羊皮紙だ。
用心棒ロドニーはそれを受け取ると、紐をほどいて開き、そこに書かれている内容を確認する。
「旦那が持っている控えに、文面を書き加えたってわけか。なになに、『債権者はいつでも貸付金の即時全額返済を求めることができる。債務者がこれに応じない場合、債権者は抵当物件の評価額から貸付金残高を差し引いた額を支払うことにより、ただちに抵当物件の所有権を得る』──ぷっ、ひっでぇな。さすがデイモンの旦那だ」
「ふんっ、あの孤児院は取り壊して使う予定で、すでに商談が進んでおるのだ。何としてでも手に入れなければならん。私の計算ではとうに支払い不能になって、明け渡しが済んでいるはずだったのだがな」
「あの孤児院出のガキをたぶらかしてギャンブル漬けにして、院長を連帯保証人にさせたんだったか? んで、当のガキは今や行方知れずと。旦那は悪どいねぇ」
「くくくっ、搾取されるのは、そいつが愚かだからだ。人情ごっこなどというお遊びに興じる愚か者には、こうして授業料を取って、この世の真理を教えてやるのが優しさというものよ」
「はははっ、この世の真理は『弱肉強食』ってか? ──ところで忍び込むのはいいが、俺は【隠密】スキルなんか持っちゃいねぇ。一般の盗賊技術はあるがな。万一、ガキにでも見つかったらどうする。口を封じてもいいか?」
「ふんっ、あまり事が大きくなっても面倒だ。隠蔽できるように考えておけよ」
「くくくっ、分かったよ旦那」
そこで俺の脳内で、ピコンッと音が鳴った。
また、話を終えた男たちが俺たちのほうに戻ってきそうだったので、俺は風音さんとともにその場から退散した。
メッセージボードに表示されたのは、予想通りの内容だった。
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特別ミッション『金貸したちを尾行する』を達成した!
パーティ全員が2000ポイントの経験値を獲得!
現在の経験値
六槍大地……283924/303707(次のレベルまで:19783)
小太刀風音……284296/303707(次のレベルまで:19411)
弓月火垂……292041/303707(次のレベルまで:11666)
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俺と風音さんは表通りに出る前に、探索者の超常的な運動能力を利用して、近くにあった住居の屋根に上った。
そこから【隠密】状態で路地を見下ろし、通り過ぎていく四人の男たちを見送る。
「それにしてもさぁ。あいつら感じ悪いと思ったけど、もろに悪党じゃん。大地くん、どうする? ここで叩きのめす? 冒険者相当が一人だけなら、私たち二人がかりなら余裕で叩けると思うけど」
「いえ。それだと単に、俺たちが街中であいつらを暴行しただけの犯罪者になります。とりあえず孤児院に戻りましょう」
「ん、了解。あいつらの悪事をどうにかすること自体は、反対じゃないってことね」
「まあ、このまま見て見ぬふりはないかと」
俺と風音さんはそうして、孤児院へと帰還する。
あたりには夜の帳がゆっくりと下りはじめていた。
明日が書籍版発売日です!(地域によっては発売日に書店に並ばないこともあるみたいですが)
よろしくお願いします!