第176話 孤児院
憲兵とは、俺たちの世界における交番詰めの警官──駐在さんのようなものだ。
冒険者のような「力」を持った者ではなく、もっぱら街中で起こる一般人相手の問題に対処する役割を持つ。
それだけに、騎士などと比べると賃金ははるかに安いらしい──とかいう話はさておいて。
「はあっ、なるほどな。だいたい話は読めた。おいエヴァン、どうあれ盗みはダメだ。反省しろ」
そう言って盗みを働いた少年の髪をわしわしとかき混ぜるのは、憲兵の青年だ。
名前はギルバート。
年の頃は二十代前半から中頃ぐらいに見える。
褐色の髪と瞳を持ち、さわやかな印象だ。
端的に言ってモテそう。
俺たちは今、盗みを働いた少年エヴァンや、憲兵のギルバートさんとともに、孤児院へと向かう通りを歩いているところだ。
果物売りの店主がギルバートさんに事情を説明したところ、少年を孤児院まで送り届けることになったのだ。
連行とも言うな。
これだけなら、俺たちは別についていく必要もなかったのだが、図らずも同行する流れになってしまった。
というのも、こんな特別ミッションが現れたからだ。
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特別ミッション『孤児院にリンゴを届ける』が発生!
ミッション達成時の獲得経験値……1000ポイント
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獲得経験値1000ポイント。
いかにもどうでもいい、お使いミッションという感じだ。
とは言え、貰えるものは貰っておこうということで、今ここである。
それはさておき、やんわり叱られた少年は、憲兵の青年に食ってかかる。
「でもギル兄ちゃん、先生が病気なんだ。いいもの食わせてやらないと」
「そりゃ分かるが、だとしても盗みはダメだ。ていうか食べ物を買うお金、もうないのか? その、あれだ。誰かが孤児院にお金を置いていってくれてるって聞いたぞ」
「兄ちゃんさぁ……。でも今月はもうほとんどないって。あいつらが全部持っていくから」
「借金取りの連中か」
「うん」
少年エヴァンと憲兵の青年ギルバートとは、どうやら旧知の仲のようだ。
互いに親しげな雰囲気で語り合っている。
そのせいか、盗みに対してそれでいいのかというぐらい甘い対応な気もするが、その辺はよそ者の俺たちが口出しすることでもないかと思って、とりあえずスルーしておく。
そうしてあれこれ話しながら歩いていると、やがて俺たちは、一軒の住居の前にたどり着いた。
ボロボロの木造住居で、広さだけはそこそこあるといった建物だ。
話にあった「孤児院」だろう。
建物の前では、数人の子供たちが駆けずり回って遊んでいた。
男子も女子もいて、年の頃はいずれも十歳に満たない感じだ。
「わーっ、ギル兄ちゃん、今日もいらっしゃーい」
「あのね、ギル兄ちゃん、先生が病気なの。どうしたらいい?」
「あれ、こっちのお兄さんとお姉さんたちは誰?」
「わっ、何この動物! かわいいーっ!」
子供たちは相手構わず、次々に話しかけてくる。
特にグリフォン(もちろん仔犬サイズ)が大人気で、子供たちに揉みくちゃにされて目を回していた。
ギルバートさんは、そんな子供たちに聞く。
「カレン先生は中か?」
「うん。今日はお食事作るときしか起きてこなくて、ずっと寝てるよ」
「分かった。エヴァンのこと、カレンさんからも叱ってもらおうかと思ったけど、今日はやめておいた方がいいか。とりあえず様子だけ見ておこう。邪魔するよ」
「はぁーい」
「お兄さんやお姉さんたちも、お客さんだよね?」
「いらっしゃいませー」
「あ、はい」
「うん、ありがとう。お邪魔します」
「じゃあ中に入れてもらうっすよ。……ていうか先輩、なんで子供たち相手に敬語なんすか?」
「う、うるさい。子供はどう接していいか分からなくて、苦手なんだよ。ていうかお前のその喋り方は敬語じゃないのか」
「これはうちのアイデンティティっすから」
そんな賑やかなやり取りがありつつ、俺たちも建物の中へ。
住居の中にもさらに数人の子供がいて、それに絡まれながら、ギルバートさんとエヴァン少年は奥の寝室へと向かっていく。
俺たちもあとに続いた。
たどり着いた寝室は、孤児院内の部屋の中でも特に広く、数台のベッドが置かれていた。
そのうちの一台に、一人の女性が横たわっている。
年の頃は、二十代後半ぐらいだろうか。
綺麗な銀髪の持ち主で、かなりの美人だが、少しやつれているようにも見える。
今はハァハァと熱っぽく息を吐いていた。
「カレンさん。大丈夫ですか」
ギルバートさんが声をかけると、ベッドに横たわっていた女性は、閉じていたまぶたをゆっくりと開く。
宝石のような青い瞳が印象的だ。
「あ……ギルバートさん。はい、ただの風邪だと思います。二、三日寝ていれば、良くなるかと」
「それならよかった。無理をしないでください」
「ありがとうございます。でもギルバートさん、お仕事中ですよね。何かありましたか?」
カレンと呼ばれた女性は、ベッドの上で静かに身を起こす。
その目が俺たちの姿を見つけて、不思議そうに首を傾げたので、軽く会釈をしておく。
彼女に話しかけるのは、やはり憲兵の青年だ。
「いえ、ちょっとエヴァンのやつが。また元気になったらお話しします」
「あまり良いお話ではなさそうですね。ところで、そちらの方々は? 旅の冒険者のように見受けますが」
そう聞かれたので、俺はリンゴの入った袋を掲げてから、近くのテーブルの上に置く。
「はじめまして。ちょっと縁があったもので、立ち寄らせていただきました。これはお近付きのしるしです」
「えっ……? あ、ありがとうございます。でもそれは、うちの布包み……どうも複雑な事情がありそうですね」
それに対して俺は、曖昧に笑って応えておく。
エヴァン少年は、居心地が悪そうにもじもじとしていた。
そしてここで、いつものピコンッという通知音。
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特別ミッション『孤児院にリンゴを届ける』を達成した!
パーティ全員が1000ポイントの経験値を獲得!
現在の経験値
六槍大地……281924/303707(次のレベルまで:21783)
小太刀風音……282296/303707(次のレベルまで:21411)
弓月火垂……290041/303707(次のレベルまで:13666)
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お使いミッション達成である。
これでこっちの用事は済んだな。
状況的になんとなくモヤモヤとはするが、俺たちはこれでお暇するべきだろう──と、そんなことを考えていたときだった。
「はっ、相変わらず汚らしい孤児院だぜ」
「おらガキども、どけどけ。蹴り飛ばすぞ」
建物の外から、粗野な男たちの声が聞こえてきたのだ。