第173話 対話
「ああ? 俺らがなんでお嬢をいじめるのかって?」
黒狼騎士団の「団長」ティアからひと通り話を聞き終えた俺は、今度は「副団長」に話を聞いてみることにした。
昼食休憩をとっているときのことだ。
「副団長」──名前はジェイコブというらしい──はサンドイッチを無造作に口に放り込みながら、俺の質問に答える。
「俺たちだって別に、いじめてるってわけじゃ……いや、まあそう見えちまうか。でもな、ちげぇんだよ。分かるだろダイチたちなら。あんな十分な冒険者経験もないお嬢が、自分たちの指揮官だっていきなり現れて、納得できるか?」
「うーん。まあ、気持ちは分かりますけどね」
バイト時代を思い出してみて、自分よりも実力のないやつに偉そうに指示されたらと想像すると、それはまあカチンとくるよなとは思う。
しかも「副団長」たちの年齢は、いずれも二十代の後半から三十代ぐらいに見える。
前述の要素に、「自分よりもはるかに年下の女性」という要素も加わると、感情的に難しそうなことは分かる。
「でも彼女、見ていて可哀想なんですよ。もうちょっとどうにかなりませんか」
「いや、そうは言うけどな。お嬢だって悪いんだぜ? いちいちしゃしゃり出てきて、偉そうに団長ヅラしやがる。しかも戦場でうろちょろして、鬱陶しいったらありゃしねぇ。もっとこう、俺たちの言うことにおとなしく従ってくれりゃあいいものをよ」
「それも分からなくもないですけど。ジェイコブさんたちにとって彼女は、曲がりなりにも上司なんですよね?」
「そうなんだがよ。分かるだろ、この俺たちのやるせない気持ち」
「まあ、ある程度は分かりますけど」
このジェイコブさんも、黒狼騎士団のほかの団員たちも、「立派な大人」ではないんだよな。
図体の大きな子供っていうか。
気持ちはちょっと分かるし、俺も他人のことをとやかく言えるほど立派な人間でもないと思うが。
「それでも何かこう、彼女と仲良くできる方法ありませんか」
「『仲良く』ぅ~? なんでそんなことしなきゃいけねぇんだよ」
「だって大の大人が六人がかりで、一人の少女をいじめてる感じですよ? ちょっとヤバいですって」
「うぐっ」
ぐぅの音も出なかったようだ。
ジェイコブさんはバツの悪そうな顔をして、ぽりぽりと頬をかく。
それから大きくため息をついて、こう返してきた。
「分かった、分かったよ。俺たちが、いや、俺たちも悪い。でもあのお綺麗な澄まし顔で偉そうにされるとよ、どうもこう反感がむくむくっと湧いてきちまうんだよ。戦場でも邪魔くせぇ動きするし」
言い分が最初に戻ったな。
まあ進歩はしているが。
「じゃあ、こういうことですか? ティア──『団長』には偉そうにしないで、ジェイコブさんたちに対してもっと敬意を払ってほしい。それから戦場では、勝手な行動をせずに自分たちとしっかり連携を取ってほしい、と」
「そう! そういうことなんだよ!」
わが意を得たりとばかりに、立ち上がって声を上げるジェイコブさん。
少し離れた場所で食事をしていたティアや風音さんたちが、こっちに注目する。
ジェイコブさんはそれに気付いて、こほんと咳払いをして座りなおした。
「分かりました。じゃあティアには俺からも、話をしてみます」
「すまん、頼む。俺たちもよ、別にお嬢をいじめたいわけじゃねぇんだよ。そこは分かってくれよな」
「ジェイコブさんたちが悪い人じゃないのは分かります。じゃなければ俺も、こうして話なんてしてないですし」
というわけで、「副団長」ジェイコブさんからの聞き取り調査、終了。
昼食を終え、進軍を再開してから、俺は再び「団長」ティアに話しかける。
話す内容をある程度選びつつ、ジェイコブさんから聞いたことをひと通りティアに話すと、馬上の甲冑少女は目を丸くした。
「副団長が、そんなことを?」
「うん。ティアに偉そうにされるのと、戦場でうろちょろされるのがどうも苦手らしい」
「むぅ……。偉そうにしていたつもりはないのだが、そんな風に思われていたのか。それに、戦場でうろちょろ……でも今のままでは、私は未熟なままだ。ダイチ、私はどうすればいいだろう?」
「そうだな。とりあえずジェイコブさんたちを『学ぶべき先輩』だと思って、教わる姿勢と敬意を持って接してみたら?」
「教わる姿勢と敬意……いやしかし、ルクスベリーの門での騒動のときも、私は副団長に『教えてほしい』と言ったのだ。私が未熟であるならば、学習したいと」
ああ、そういえば。
まああのときは、向こうも意固地になっていたタイミングだろうからな。
「今度は多分、大丈夫だよ」
「そ、そうなのか? 信じるぞ?」
「うん。でも俺のあて外れだったらごめん」
「そ、それは困る!」
「あははははっ。まあ、今より悪くはならないと思うよ」
そんなわけで、ティアは俺に背中を押されて、「副団長」ジェイコブさんのもとに歩み寄って話をした。
ちなみに馬上からだと物理的に上から目線で良くないと思ったので、馬から降りて話すことを勧めた。
そしてティアとジェイコブさんは、ぎこちなくいくつかの話をした後、互いにこう言ったのだ。
「すまなかった。私は自分のことでいっぱいいっぱいで、あなたたちに払うべき敬意を失していたようだ」
「いや、こっちこそ悪かったよ嬢ちゃん。今までのこと、謝らせてくれ。本当に悪かった」
「団長」と「副団長」は、互いに頭を下げ合う。
さらにほかの団員たちもティアのもとに集まって、これまでのことを謝っていた。
ジェイコブさんが、俺との話を伝えていたようだ。
そこには確かに、新たな輪が生まれているように見えた。
笑顔のティアと、彼女を取り囲む同じく笑顔の団員たち。
それを見た風音さんと弓月が、満足そうに微笑む。
「よかったね。さすが大地くんだ」
「やっぱりぼっち属性の先輩案件だったっすね」
「一言多いぞ後輩」
俺が軽く小突いてやると、弓月はぺろっと舌を出して茶目っ気を見せる。
俺の肩のミニグリフォンが、「クピッ、クピッ!」といつものように鳴いた。
そして──ピコンッ。
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特別ミッション『黒狼騎士団の団長と団員たちの仲を取り持つ』を達成した!
パーティ全員が2000ポイントの経験値を獲得!
現在の経験値
六槍大地……255564/267563(次のレベルまで:11999)
小太刀風音……271056/303707(次のレベルまで:32651)
弓月火垂……278561/303707(次のレベルまで:25146)
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今更ながらに、ミッションって何なんだろうねと思う。
まあ経験値をもらえるなら何でもいいんだけどさ。
さて、それからしばらく街道を進んでからのことだ。
あるとき風音さんが急に表情を引き締め、周囲の森へと視線を走らせる。
「──大地くん」
「モンスターですか?」
「うん。数が多い。全部で七体──ううん、八体か。左右の森の奥から、それに正面からも」
一方では、黒狼騎士団の【気配察知】持ちの団員も、ほかの団員に向けて注意を飛ばしていた。
モンスターどもはすぐに、視認できる場所まで姿を現した。
右手側と左手側、それぞれの森の奥から、オーガが数体ずつ。
それに加えて、街道の前方に姿を現した、一体の「特異な存在」がいた。