第172話 お飾りの少女騎士
最初の戦闘を終えた一行は、再び街道を進んでいく。
さらにしばらく進んだところで、二度目のオーガの群れに遭遇した。
今度は六体。
相変わらず数がイレギュラーだが、これも難なく撃破。
オーガの強さは、元の世界のダンジョン森林層で戦った、サーベルタイガーと同程度だ。
決して弱いわけじゃないが、数で負けていなければ苦戦するほどの相手でもない。
こっちは25レベル以上の冒険者が全部で九人もいるのだから、この程度の数のオーガの群れを相手に苦戦をする道理はない。
ただ相変わらず、「団長」は闇雲にオーガに斬りかかろうとして黒狼騎士団の連携を乱し、「お嬢、邪魔だ!」などと叱責されていた。
確かに風音さんたちが言うように、見ていてちょっとやるせないものがあるな。
その「団長」には風音さんと弓月が積極的に話しかけるなどしていたが、彼女は浮かない顔をして、わずかに愛想笑いをしながら首を横に振るばかりだった。
そんな中で、やがて俺にもお鉢が回ってきた。
「大地くんも、何か声をかけてあげて」
「えぇえええっ、俺ですか!?」
「そーっすよ。先輩ならぼっち同士、気が合うかもしれないっす」
「弓月、お前のことはいつか本気で調教してやりたくなってきたよ」
風音さんと弓月が、俺の背中を押して「団長」と話すようにけしかけてきたのだ。
しょうがないので、俺も馬上の甲冑少女に声をかけにいった。
といっても、風音さんや弓月のようなコミュニケーション強者でない俺に、多くを期待されても困るのだが。
「や、やあ。大変そうだね」
そんなどうしようもない声かけからスタートである。
コミュ弱なめんなよ。
いや「副団長」に交渉を仕掛けたみたいに、確たる目的があって人と話すのは言うほど不得手でもないんだけど、雑談系が苦手なのだ。
だが「団長」のほうは思うところがあったのか、こんな返事をしてきた。
「あなたも、私のことを滑稽だと思うか?」
声はまだ若い少女なのに、硬くこわばった言葉。
その中には、自嘲の響きが隠れていた。
それで、何だか親近感が湧いた。
確かにこれは弓月の言うとおり、ぼっち気質の俺が適任かもしれないな。
俺は黒狼騎士団の「副団長」以下にはなるべく聞こえないように、馬のそばによって言葉を返す。
「いや。俺もさ、今でこそ風音さんや弓月がそばにいてくれるけど、もともと人付き合いがあまりうまくなくて。ちょっと分かるかも」
「そうなのか?」
「ああ。ていうか、この状況はどう低く見積もっても人生ハードモードだろ。なんでこんなことになってるんだ?」
「ハード……なんだって?」
「状況の難易度が高すぎるってこと。キミ──ごめん、名前聞いてなかった。俺は大地。六槍大地」
「私はティア。ティア・グリーンフィールド。黒狼騎士団の『団長』の地位を与えられてはいるが、見てのとおり、実力不足の『お嬢』だ」
そう言って、馬上の甲冑少女ティアは、彼女が置かれている状況について語り始めた。
ティアはグリーンフィールド家という男爵家──下級貴族の家に生まれた令嬢だった。
下級とはいえ貴族家の娘だ。
本来ならば、ほかの貴族家の嫡男と結婚して、それなりに優雅に暮らしていたはずの人種である。
しかし何の因果か、彼女には覚醒者としての力が与えられてしまった。
それに加えて、彼女は凛とした美貌の持ち主であった。
ティアはある種、アイドルのような存在として、美貌の戦士となるべく育てられた。
護衛の冒険者を雇ってモンスター討伐に向かい、保護下でレベルを上げるなども試みられた。
そんな彼女が、たまたま国王の目にとまってしまった。
そのとき国は、黒狼騎士団という国家直属の騎士団に、一つの小さな問題を抱えていた。
実力は十分だが、見た目も性格も粗野なごろつきのような集団である黒狼騎士団を、国を支える騎士団として遜色のない立派な存在にしたい──
そう考えていた国王は、半ば思い付きで、ティアを黒狼騎士団の「団長」の地位にねじ込んでしまった。
ティアが黒狼騎士団の顔として屈強な男たちを率いるようになれば、華やかかつ立派で見栄えのする騎士団になるだろう──そう考えたのだ。
そんなわけで、鶴の一声で黒狼騎士団の団長に就任することになったティア。
彼女の両親も、娘の名誉と褒美に大喜びだ。
だがそこには、いくつかの問題があった。
ティアは幼い頃から男勝りで、正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると主張するタイプの娘だった。
ようは我が強いタイプということ。
加えて黒狼騎士団の面々も、彼女の団長就任を歓迎しなかった。
今の「副団長」が、もともとの黒狼騎士団の団長だ。
王命だから仕方なく、新たな「団長」を形だけ受け入れたものの、ティアのことを真に自分たちのリーダーであるとは認めていない。
「──私に実力がないのは事実だ。モンスターとの戦いにおいては、副団長たちの言い分が概ね正しいのだろうとも。だが私は、『お飾り』にはなりたくない。それで気が急いて、空回りして、今のあり様だがな。しかし──」
そこでティアは言葉を切り、じっと俺を見つめてきた。
そして、こう口にする。
「嬉しかったんだ。街を出立する前の門のところで、あなたが──ダイチが言ってくれたこと。『団長の意見のどこが間違っているのか』って。この騎士団の団長になってから、初めて自分の考えが認められたと思ったのだ」
「ああ。いや、あれは──」
俺たちの都合で言ったんだけどな。
しかしどうも彼女にとっては、とても重大なことだったらしい。
ともあれ、ティアの問題はだいたいわかった。
彼女は自分の問題点に関してほぼ理解している。その上で制御ができていない。
なんとか頑張ろうとしても、頑張った分だけ空回りして状況が悪化してしまう。
そして何より、自分のやること為すことすべてが認められない状況がつらいんだろう。
「お飾り」であることをティア自身が許容できれば、いくらかマシな状況になりそうな気もするが、彼女の性格からしてそれも難しそうだ。
自分らしく生きられないのは、まあまあつらい。
俺も陽キャにならないと生きられないって言われたら、部屋で一人むせび泣いてしまう自信がある。
やっぱり最初の見立て通り、状況そのものがハードモードすぎる気がする。
だったらその「状況」のほうにアクセスしてみるか。
──と思ったところで、脳内でピコンッと音がして、目の前にメッセージボードが表示された。
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特別ミッション『黒狼騎士団の団長と団員たちの仲を取り持つ』が発生!
ミッション達成時の獲得経験値……2000ポイント
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ええええーっ……。
こんなのもミッションになるの?
ちょっと気勢が削がれたが、まあいい。
俺は改めて、次なるターゲットのもとへと向かった。