第169話 通行止め
都市ルクスベリーの宿屋でゆっくりと一泊して、翌朝。
元の世界への帰還まで、あと88日。
エスリンさんたちと合流し、彼女に従って北西の門から街を出ようとしたのだが──
「は? この門、通行止めなん?」
エスリンさんがそう聞くと、北西の門を守る門番はこう答えた。
「ああ。この先の街道に『オーガの変異種』が出現して、Bランクの冒険者パーティがあわや全滅寸前で逃げ帰ってきたって話でな。黒狼騎士団が討伐に出ることになっているから、それが終わるまでこの門は通行止めなんだ」
なお「変異種」というのは、突然変異的に現れる野良のボスモンスターみたいなものだ。
俺たちの世界のダンジョンでも、ごくごく稀に変異種モンスターが出現すると聞いたことがある。
俺たちは一度も遭遇したことはなく、その程度にはレアな存在だが。
変異種は総じて、通常種とは段違いの高い戦闘力を持つ。
ただ何度も普遍的に出現するモンスターではない。
一度倒してしまえば、同じ場所に同じ変異種モンスターが再出現することは、基本的に起こらない。
そのあたりの法則は、俺たちの世界もこの世界も同じのようだが──
「そんなん困るわ。あたしら商人にとって、時は金なりよ。これ以上の予定にない足止めはホントあかんて。干からびてしまうわ」
「そう言われても、決まりは決まりだからな。通せないよ」
「何日かかるん? 明日には出れる?」
「どうとも言えないな。今日中に終わるか、二、三日かかるか。あるいは一週間以上ということも」
「そんなぁ~」
どうにか出られないか交渉するエスリンさんだが、そもそも門番の権限で勝手に通過を許可することはできないらしく、埒が明かない状況だった。
と、そこに──
「どうした。何を揉めている」
凛とした少女の声が、背後から聞こえてきた。
さらにガチャガチャと鎧や武器の鳴る音や、ぞろぞろという多数の足音。
声の主のほうへと視線を向けた門番は、背筋を伸ばし、びしっと敬礼をする。
「黒狼騎士団の皆様、お待ちしておりました! この商人の一行が、門を通させろとしつこいものでして」
「そうか。見たところ、そちらの三人は冒険者のようだな」
振り向いてみれば、街の目抜き通りを集団で闊歩してきたのは、冒険者風の装備をした一団だった。
総勢で七人。
先頭に立つのは、銀髪緑眼の美少女だ。
年の頃は、俺たちと比べてもさらに若いぐらい──十五、六歳ほどに見える。
少女は白銀の甲冑に身を包み、剣を佩き、軍馬にまたがっていた。
その背後についているのは、いずれも屈強な男たちだ。
鎖かたびらや鱗札鎧に身を包み、斧や槍、弓など思い思いの武器や盾などを装備している。
角付き兜をかぶっている者がちらほらいるせいもあってか、騎士団というよりは野党や山賊とでも呼んだ方がしっくりくるビジュアルだったりもするが。
彼らは先頭の少女ともども、俺たちと同じ「力」を持った者たちのようだ。
実力のほどまでは、正確には分からない。
ただ一般に、「騎士」として雇われるのは熟練の冒険者だけらしいので、全員25レベルでカンストしていると見るべきだろう。
男たちから感じる威圧感からも、その予想がおそらく当たっているであろうことが窺える。
ただ声をかけてきた馬上の少女だけは、それほどの実力はないような気がした。
甲冑を身につけた体の動きもどこかぎこちなく、鎧に負けている印象だ。
虚勢を張っただけの、未熟な少女──そんな印象を受けた。
ちなみに「騎士団」といっても、ほかに何十人、何百人と兵隊がいるわけでもない。
力を持った者たちによる少数精鋭の公的部隊というのが、この世界における騎士団のようだ。
ところで、目の前の門を進めなくて困るのは、何もエスリンさんだけではない。
この異世界にいられる日数が限られている俺たちも、無為に何日も過ごすわけにいかないのは一緒だ。
俺はそれを踏まえて、馬上の少女に返事をする。
「ええ、俺たちは冒険者です。あなたたちは『黒狼騎士団』ですよね。そしてこれからあなたたちは、この先に現れたという『オーガの変異種』を討伐しにいく──ですね?」
「いかにも。その討伐任務が完遂されるまでは、この門の封鎖を解くことはできない。我々が変異種モンスターを討伐するまでは、通行は許可できない」
少女からは、杓子定規な応答が返ってきた。
だがここで怯むわけにはいかない。
日数を無駄に使うわけにはいかないのだから、押していこう。
「でしたら俺たちも、その討伐に参加させてもらうというのはどうでしょう?」
「なに……?」
「俺たちの雇い主は、先を急いでいます。そして俺たちは、三人パーティでもAランクのクエストを問題なくこなせる程度の実力を備えていると自負しています。皆さんの足を引っ張ることはないと思います。こちらの都合なので、報酬も要求しません」
「ふむ……」
少女は籠手に覆われた手を口元にあて、考え込む仕草を見せる。
だがそこで、彼女の背後にいた屈強な男たちのうちの一人が、ずんずんと前に進み出てきた。
そして、こう怒鳴りつけてきたのだ。
「ダメだダメだ! お前らみたいな若い冒険者は、ちょっと力がついてくるとすぐに調子に乗りやがる。Aランククエストを三人でこなせるだぁ? 若造どもが舐めたこと抜かしてんじゃねぇよ。おら、ここは通行止めだ。散った散った」