第128話 ダンジョン(?)
洞窟の広間で、足元に不意に現れた転移魔法陣。
視界が真っ白な光で閉ざされ、浮遊感に襲われたあと、光がやんだ。
目を開くとそこは、先ほどまでいた洞窟とは明らかに違う、人工建造物の内部と思しき部屋だった。
部屋は石造りで、壁や天井は定規で計ったようなきっちりとした平面。
またそれらは、うっすらと燐光を発していた。
その様子を見て思い起こしたのは、俺たちの世界のダンジョンの遺跡層だ。
しかし少なくとも、俺たちを異世界へと転移させたあの部屋ではない。
「ここは……そうだ、風音さんと弓月は!?」
慌てて周囲を探そうとすると──ふにょん。
両腕にある柔らかな感触に気付いた。
左右から二人の女子に抱き着かれている。
右腕に風音さん、左腕に弓月だ。
「よかったぁ。大地くんも火垂ちゃんも一緒にいる」
「はぁーっ、心臓に悪いっすよ。二人がいればひとまず安心っす」
いや本当によかった。
二人と離ればなれになったら俺は泣いてしまう。
「ここは……どこだろ?」
「ダンジョンの遺跡層? もとの世界に戻ってきたっすか?」
風音さんと弓月は、おそるおそる俺から離れて、あたりを見回す。
俺もまた、あらためて周囲の状況を確認した。
石造りの殺風景な部屋だ。
正面の壁の一角からは、先へと続く通路が伸びている。
ほかには進路らしきものも、目を引くものも見当たらないが──
いや、一つだけあった。
厳密には「あった」じゃなくて「いた」だが。
「誰ですの……?」
部屋の隅っこに、一人の若い女性が、体育座りでうずくまっていた。
その女性がぼんやりとした様子で顔を上げ、俺たちに視線を向けてくる。
背まで伸ばされたウェーブのかかった金髪に、青い瞳。
年齢は、俺や風音さんと同年代に見えるから、二十歳かそれより少し下ぐらいだと思う。
おそらくは冒険者だろう。
衣服のほかに、細身の剣と、金属製の胸当てを身に着けている。
どこか気品のようなものすら感じさせる美人だが、一方で、やつれているなとも思った。
瞳に元気がなく、目の下には隈が見える。
俺はその女性冒険者の姿を見て、ピンときた。
やつれている部分を除けば、冒険者ギルドで聞いてきた容姿に、ぴたりと当てはまったからだ。
「アリアさんですか? 三日前にオーク討伐の依頼を受けた、ソロ冒険者の」
俺がそう聞くと、半ば死人のようだった女性冒険者の顔に、みるみるうちに生気が戻っていく。
やがて瞳から涙を流し、歓喜や安堵が入り混じった表情を見せた。
「冒険者ギルドからの、救助ですの……?」
「ええ、一応そういうことになるんですが……」
喜びに水を差すようで申し訳ないが、俺は言葉を濁さざるをえなかった。
なぜって、部屋を見回しても、先に進む通路と彼女以外の何も見当たらなかったからだ。
つまり帰還用の転移魔法陣が、見たところどこにもない。
あの転移魔法陣は、片道切符だったということだ。
ミイラ取りがミイラになる、という言葉を思い出す。
縁起でもないが、その可能性を否定しきれない状況だ。
そもそも彼女がここでうずくまっていたことが、帰還方法がないことの何よりの証拠ではないか──
と、思ったが。
そこでピコンッと、メッセージボックスが開いた。
───────────────────────
特別ミッション『救助対象の冒険者を連れてダンジョンから脱出する』が発生!
ミッション達成時の獲得経験値……10000ポイント
───────────────────────
特別ミッションが出た。
なかなか結構な獲得経験値だな、とかは置いといて。
これは朗報だと思った。
というのも、この特別ミッションが出るということは、ここが脱出可能な場所であることを示唆していると感じたからだ。
俺は風音さんと弓月のほうを見る。
二人とも同じ考えに行きついたようで、希望の眼差しでうなずいてきた。
俺は気を取り直して、女性冒険者に向かって声をかける。
「ひとまず、これまでの状況を聞かせてもらえますか?」
女性冒険者はこくんとうなずいた。
それから自らの身に起こったことを話しはじめる。
といっても、だいたい予想していた通りの内容だった。
彼女の名前はアリア。
三日前にオーク討伐のクエストを受けたソロ冒険者だ。
彼女は村人の案内で、オークが棲みついた洞窟までやってきた。
そして俺たちと同じように転移魔法陣に引っ掛かって、この場所に飛ばされた──と、そういう事情とのこと。
ただその先の情報は、傾聴に値するものだった。
彼女は部屋から伸びる唯一の通路を指さし、こう伝えてきた。
「この通路の先には、モンスターが待ち受けていますわ。でもそのモンスターが強くて、わたくし一人では突破できなかった。命からがら逃げてきて、ここで救助を待っていましたの」
「そのモンスターというのは、どんな種類の? オークではないんですよね」
「当然ですわ。わたくし一人でも、オークごときに後れは取らないもの。そのモンスターは……ちょっと待ってちょうだい」
そう言って女性冒険者──アリアさんは【アイテムボックス】を出現させると、その中から「モンスター図鑑」を取り出した。
そしてページをめくり、俺たちに見せてくる。
アリアさんが見せてきたページは、二つあった。
最初に示したページは、翼やツノが生えた石像の絵が描かれているもの。
次に示したページは、炎をまとったしゃれこうべの絵が描かれたもの。
「この『ガーゴイル』というのが二体、それにこっちの『フレイムスカル』というのが二体。それがこの先で待ち受けているモンスターの群れですわ。このモンスター図鑑に記されているステータスを見ても分かる通り、強敵ですわ」
「「「あー」」」
俺たち三人は、何とも微妙な声をあげてしまう。
ガーゴイル二体と、フレイムスカル二体か。
モンスターまで遺跡層に似ているな。
ひょっとして、本当に遺跡層に戻ってきた?
いや、だとするとアリアさんも転移してきたことになるし、「ミッション」が提示されるのも違和感がある。
ともあれ、今考えるべきは目下の対応だ。
確かにソロ冒険者だと、25レベルあっても、その四体をまとめて相手にするのは苦しいだろう。
アリアさんがここから動けなかったのもうなずける。
しかし俺たち三人がいれば、問題のない相手だ。
脱出の筋道が見えてきたな。
「状況は分かりました。でもその程度の相手なら、俺たちがいればどうとでもなります。歩けますか?」
「ええ、大丈夫ですわ。戦いだって、もちろんやってみせ……あ、あれ……?」
立ち上がって歩き出そうとしたアリアさんは、立ち眩みをしたように、ふらりと倒れ込んでしまう。
俺は慌てて抱きとめて支え、床に座らせた。
「無理はしないでください。慌てなくて大丈夫ですから、ゆっくりと」
「あ、ありがとう……」
「うーん、大地くんのイケメン属性が上がってるなぁ。私の彼氏が素敵になってくれるのはいいんだけど」
「ていうか先輩、女性に免疫できたんすかね。昔の先輩だったら、もっとわたわたしてた気がするっすけど」
「ね。ちょっと違和感あるよね」
「はい、そこ二人。いらんこと言わない」
普通に人助けしてるだけなのに、ひどくないですかね?
いやアリアさんも同年代の美人さんだし、抱きとめて少しもドギマギしなかったと言ったら嘘になるけどさ。
一方のアリアさんは、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
俺が「おや?」と思ったのも束の間、次にはこう伝えてきた。
「あ、あの……恥をしのんで、お願いがありますの。……何か食べ物を、恵んでもらえないかしら」
ぐぅ~っと、アリアさんのお腹が鳴った。
あ、そういう感じですか。
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