第123話 エルフの少年戦士(2)
集落に戻ったレフィルとラウルは、すぐに集落の長ティティスに緊急事態の発生を伝えた。
そしてすぐに、モンスターを迎え撃つ準備を始めた。
戦士以外の者は全員、樹上へと避難させる。
一方で、集落の守護者たる四人の戦士たちは、集落に迫るモンスターを迎撃する姿勢をとった。
その四人の中に、レフィルは含まれていない。
ラウルはレフィルに、こう言い渡した。
「レフィルは集落のほかの者とともに、樹上に退避していろ」
「俺も戦えます! キラーワスプの一体ぐらいだったら──」
「モンスターどもはこちらの都合に合わせてはくれん。キラーワスプ一体だけをお前のところに誘導しろなどと、ほかの戦士の負担にしかならないと分からないのか。レフィル、指示に従え」
「……分かりました」
不承不承、樹上に退避するレフィル。
樹上に逃げたところでモンスターが襲ってこないわけではないのだが、住居の中に隠れていれば、すぐには殺されない可能性が高い。
やがてモンスターの群れが、集落にやってきた。
ラウルやティティスを含めた四人の熟練の戦士たちが、それに応戦していく。
「一体たりともここを通すな!」
「分かっているが、こう数が多くては……!」
集落の四人の戦士たちは、いずれも十分な経験を積んだ実力者たちだ。
魔法や武器による攻撃を駆使して、一体、また一体とモンスターを打ち倒していく。
だが一時に攻めてくるモンスターの数が、あまりにも多い。
それはどうしても、たった四人の戦士だけでは、手に余るものだった。
「しまっ……!? 抜けられた!?」
戦士の一人が、突撃してきたキラーワスプの一体を撃ち漏らし、後方へと通してしまった。
エルフ戦士たちの防衛線を突破した、一体のキラーワスプ。
その先にあるのは、集落の住居群──戦士でない者たちが避難している場所だ。
四人の熟練の戦士たちは、いずれも防衛線を維持するのに手一杯で、防衛線を突破したモンスターの排除に向かえる者はいない。
「だったら……!」
レフィルの判断は早かった。
樹上からダダダッと梯子を下りて、途中で跳躍、地面に着地する。
「こっちだ! 俺が相手になってやる!」
エルフの少年戦士は、得意武器である剣を手に、キラーワスプに向かって駆けていく。
レフィルがいたのとは別の樹に向かおうとしていたキラーワスプは、動きを即座に切り替え、少年戦士に向かって襲い掛かった。
その戦いは、レフィルにとって必死の闘争となった。
自分と互角に近い強さを持ったモンスターを、ほかの戦士の見守りもなく一対一で相手にするのは、初めての経験だった。
かつてないほど、目の前の戦いに集中したレフィル。
周囲の声も出来事も、意識の外に追いやるほどの集中力を発揮した。
その結果、彼は見事に、自分一人の手でキラーワスプを撃破することに成功した。
「へへっ……や、やった」
当然、無傷とはいかなかった。
尾針を撃ち込まれた脇腹を抑えつつ、苦しげな表情を見せながらも、勝利の栄光に浸るレフィル。
そのキラーワスプを倒したことにより、レベルが上がったことが分かった。
わずかながら、これまで以上の力を得たことを実感するレフィル。
今はこの程度だけど、このまま力をつけていけば、いずれはラウル先輩みたいな一人前の戦士になれるはず──
「──レフィル、何をしている! 聞こえないのか! 早く逃げろ!」
「えっ……?」
集中し過ぎたことがあだとなった。
周囲の雑音が聞こえてきたときには、すでに遅かったのだ。
ラウルの声が聞こえてきたと同時、レフィルのいる場所に影が落ちた。
レフィルはおそるおそる、頭上を見上げる。
そこには、巨獣と呼ぶのが相応しい、体長三メートルほどの大型モンスターの姿があった。
ゴリラに似たその姿は、この近隣に出現するモンスターの中で、エルフ戦士たちが最も恐れる難敵──ミュータントエイプであった。
レフィルの胴ほどもある太い腕が振り上げられ、今にも振り下ろされようとしている。
回避をしようにも、キラーワスプの尾針によって麻痺した体は、思うように動かない。
「レフィルーーーっ!!!」
ラウルの叫び声が聞こえてくる。
そのときレフィルの脳裏に浮かんだのは、ミュータントエイプの巨大な拳によってぐちゃぐちゃに叩き潰され、真っ赤な果実のようになった自分の姿だった。
ああそうか、自分は死ぬんだと、レフィルは直感した。
どうして──
どうしてこんなことになったんだろう。
ラウル先輩の言いつけを守らずに、勝手にキラーワスプと戦ったから?
自分はやがて一人前の戦士になって。
集落を守れる立派な男になって。
その暁には、ずっと大好きだった想い人に、自信をもってプロポーズするはずだったのに──
レフィルは自分に向かって振り下ろされる巨大な拳を、ゆっくりとした時間の中で見つめる。
だが──
その拳が、レフィルの脳天に叩きつけられることはなかった。
「させるか──【三連衝】!」
動き出した時間の中で、一人の戦士が横合いから、ミュータントエイプに攻撃を仕掛けていた。
スキルの輝きを帯びた、槍による高速連続突きが繰り出される。
一瞬の後には、ミュータントエイプの巨体は黒い靄となって、嘘のように消え去っていた。
「ふうっ……。間一髪だったな。大丈夫か?」
「あ、はい……ありがとうございます」
それは、すでに集落を出て立ち去っていたはずの、ヒト族の戦士。
まだ若く見えるその戦士に、レフィルは思わず敬語を使ってしまった。
そのぐらいに、頼もしい存在に見えたのである。
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