第116話 【隠密】スキル
「友達を助けてほしい」と言われ、エルフの少女リヴィエラのあとをついていった俺たち。
しばらく森の中を進んでいったところで、リヴィエラが足を止めた。
「この先よ」
そう言ってエルフの少女が指し示した先──鬱蒼とした木々の向こうには、焚火によるものと思しきわずかな明かりが見えた。
人さらいたちが、森の中で野営をしているという話だったが。
野営の現地までは、まだ距離がありそうだ。
またその方角からは、いくつかの声が聞こえてくる。
何を話しているかはうまく聞き取れないが、多くの男の声の中に、悲鳴にも似た女性の声がわずかに混じっていた。
「リーゼ、シア、無事でいて……!」
祈るように悲痛な声を上げるリヴィエラ。
風音さんと弓月も、睨みつけるような表情で前方を見すえていた。
俺はリヴィエラに伝える。
「ここから先は俺たちだけで行く。キミはここで待っていてくれ」
「分かったわ。しつこいようだけど、お願い。リーゼとシアを──私の友達を助けて」
俺はそれにうなずくと、次に風音さんに声をかける。
「風音さん。スキルポイント、まだ残してありますか?」
「え、ごめん。【隠密】取るのに使っちゃった」
「あー。いえ、それなら逆に都合がいいです。俺も【隠密】を取りませんかって言うつもりだったので」
「なるほど。火垂ちゃんは?」
「うちはそもそも、修得可能スキルリストに【隠密】なんてスキル出てないっすよ。ちぇーっ、二人だけお揃いっすか」
「あ、はははっ……それはごめんね、火垂ちゃん」
「お揃いとか、そういうのはいいから。でもそれなら、まずは俺と風音さんだけで先行したほうがいいな」
俺はスキル取得画面を操作し、【隠密】スキルを取得する。
1レベルのときからリストに載っていた、死にスキルかと思っていたものを今になって取得するのは、何とも言えない感慨深さがあるな。
スキルを取得すると、直感的にスキルの使い方を把握した。
意識的に効果のオンオフができて、オンにすると自分の存在感や気配のようなものを希薄にでき、さらに立てる物音も最小限に抑えることができようだ。
俺は試しに、【隠密】スキルの効果をオンにしてみる。
すると隣にいた風音さんが、ピクリと反応した。
「大地くん、【隠密】スキル使った?」
「はい。使ったの分かります?」
「うん。なんか【気配察知】で感じ取れる気配が、スーッて小さくなった感じ。隣にいるからさすがに気付いたけど、遠くだといつの間にか消えちゃう感じで分からないかも」
なるほど。
ということは、【気配察知】持ちの相手に対しても、一定の効果はあるってことだな。
「じゃ、私も──」
風音さんがそう言った直後、風音さんの存在感のようなものが、スッと薄くなった。
風音さんのほうを注目すれば視認はできるけど、背景に溶け込んでいるかのように認識しづらい感じ。
もちろんそこまで強力な効果ではなくて、ほんのわずかに認識が揺らぐぐらいのものだけど。
「よし。じゃあ俺と風音さんでまず様子を見てくる。弓月は合図をしたら動いてくれ」
「ラジャっす」
俺は風音さんとうなずき合うと、二人で暗い森の中を進んでいった。
【隠密】スキルのおかげか、地面は下草で覆われているというのに、驚くほど音が立たない。
よほど静まりかえった場でもなければ、違和感を覚えることすら困難だろう。
少し進むと、聞こえていた会話の内容が、はっきりと聞き取れるようになってきた。
「で、ですから親分。冒険者のやつらが邪魔したもんですから……」
「そうなんですよ。俺らにはどうしようにも……」
先ほどの二人のごろつき男の声だ。
どこか怯えたように、うわずっている。
そこに被せられるのは、威圧感のある野太い声だ。
「ああ? だからテメェらは、大事な売り物を逃がした責任を、どう取るつもりかって聞いてんだよ。一人逃がしたら俺がどれだけ損をするか、分かってねぇわけじゃねぇよなぁ?」
「いや……それは……その……」
「す、すいやせん! どうか、どうかお許しを!」
相変わらず怯えた二人のごろつき男の声。
おそらく二人が話している相手が、リヴィエラが言っていた「親分」だろう。
やがて俺たち二人は、人さらいたちの野営地を視認できる場所までやってきた。
風音さんとともに太い木の陰に隠れて、様子を窺う。
そこは森の中にある、ちょっとだけ開けた広場のような場所だった。
中央に焚火があり、その周囲に、全部で十近い数の人影がある。
人影のうち二つはエルフのようで、手足を縛られ猿ぐつわをかまされた状態で、二人並んで座らされていた。
残る人影は七つ。
そのうちの一つ──髭面の巨漢が、焼いた肉にかぶりつきながら、目の前の二人の男を詰めていた。
詰められている二人の男は、先ほど遭遇したごろつき風のやつらだ。
そいつらは土下座をするように地面に両手をつき、ひどく怯えながら髭面の巨漢の顔色を窺っている。
残る四つの人影──いずれもごろつき風の男たち──も、髭面の巨漢の不機嫌な様子に、びくびくと怯えているようだった。
あの髭面の巨漢が、リヴィエラが言っていた「親分」だろう。
俺たちの存在には、「親分」を含め、誰も気付いていない様子だ。
さて、どう攻めるか──
俺は少し考えてから、小声で風音さんに問う。
「風音さん、救助対象のエルフ二人の回収を任せてもいいですか。彼女らを人質にとられると厄介なので」
「うん、それは問題なくやれると思う。速さには自信あるしね。とはいえ『親分』の動き次第のところはあるけど──大地くんは?」
「俺は『親分』を抑えます。風音さん抜きだと一対一になるので、弓月が到着するまでは無理に攻めない方向で。釘付けにだけしておきます」
「分かった。絶対に無理はしないでね」
「しませんよ。万が一があったら、もう風音さんとイチャイチャできなくなるじゃないですか」
「うわぁっ……相変わらず恥ずかしいこと言うね、大地くんは。でも意気は伝わったよ。それなら安心だ」
話はまとまった。
数秒後、俺は風音さんと息を合わせて、行動を開始した。
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