第114話 エルフの少女とごろつき
昼前ごろにドワーフの集落を出た俺たちは、山道を通って街への帰路についていた。
道程の八割ほどを進んできて、街まではもうしばらくといったところ。
あたりはそろそろ暗くなってきており、俺はランタンを片手に先頭を歩いていた。
「そろそろいい時間になってきたか……。風音さん、いま何時です?」
「んー……六時五十二分、だね」
「街の門限が二十時でしたよね。たぶん間に合うとは思うけど」
「ちょーっとギリギリかもね。急いだほうがいいかも」
「でも時間に遅れても、夜警の人に賄賂を払えば入れてもらえるみたいっすよ」
「賄賂言うな。手間賃と言いなさい」
「もしくはうちが色仕掛けをして入れてもらってもいいっす。うっふーん♪」
「こら。お兄ちゃんは色仕掛けなんて許さないからな。俺は弓月をそんな風に育てた覚えはありません」
「……大地くん、言動のそこかしこに火垂ちゃんへの独占欲が見えるんだよねぇ」
「え……? いや、そういうわけじゃ……」
「うちのこと独占したいなら責任もてっすよ」
「そうだそうだー。責任もてー」
「「責任! 責任!」」
「いや、あの、だからね……?」
三人でそんな他愛もない話をしながら、街への帰り道を歩いていく。
話の流れが微妙におかしい気もするのだが、いつものことなので気にしないことにする。
そうして山道から街道へと合流し、少し進んだときのことだった。
思いもかけない出来事が、俺たちの前に現れたのだ。
「た、助けて……!」
街道の横手に広がる森の奥から、一人の少女が駆け出してきた。
金髪碧眼で痩せ身の美少女だが、身に着けているものはズタボロで、顔や手足もあちこちが汚れている。
だが何より特徴的なのが、その耳だ。
横に長く伸び、先がとがっている。
エルフという種族の特徴だ。
エルフはドワーフと同様、この世界で人間とともに暮らしている異種族の一つである。
そして──
「待ちやがれ!」
「逃げんじゃねぇこのアマ! 殺されてぇのか!」
同じく森の奥から、エルフ少女のあとを追いかけて、二人の人間の男が姿を現した。
いかにも乱暴そうな、ごろつきという風体だ。
だが冒険者のような「力」を持った者たちではないなと感じた。
ごろつき風の男たちは、俺たちの姿を見ると「げぇっ、冒険者だと!?」とうめいて、うろたえた様子を見せた。
一方のエルフの少女は、俺たちにすがりついてくる。
「お願い、助けて! あいつらは人さらいで、私は命からがら逃げてきたの!」
さて、唐突に現れたこの事態。
どうしたものか。
目の前のエルフの少女が、嘘をついていないとも限らない。
物事を正しく判断するための十分な情報はない。
風音さんと弓月を見ると、いつものように俺に任せるスタンスのようだった。
ごろつき風の男たちは、少し怯えた様子で、俺たちに愛想笑いを向けてくる。
「へ、へへっ……冒険者さんたちよ、これはあんたたちには関係のねぇ話だ」
「そ、そうだぜ。これは俺たちと、そのエルフ女の問題だ。手出ししねぇでくれよ」
そう言って、二人はゆっくりと歩み寄ってきた。
一方のエルフの少女は、俺の後ろに逃げ込んで、びくびくと震える。
「お、お願い、助けて……! 悪いヒト族の奴隷にされるなんて嫌よ!」
「うるせぇ! 逃げずにこっち来いっつってんだクソアマ! マジでぶっ殺すぞ!」
ごろつき風の男は、エルフ少女に向かって恫喝する。
エルフ少女はヒッと声を上げて怯えながら、俺にぎゅっとつかまってきた。
……さてまあ、正義がどちらにありか厳密には分からないとはいえ、だ。
ここはもう、印象勝負でいい気がするな。
俺はごろつき風の男たちに向けて、静かに言い放つ。
「事情は分からないけど、『ぶっ殺す』とは穏やかじゃないな。無関係とはいえ、目の前で関わってしまった以上は見過ごせない」
「だよねー」
「ま、先輩ならそう言うと思ってたっす」
俺に加えて、風音さんと弓月もエルフ少女を守るように前に立ち、ごろつき男たちを威嚇した。
ごろつき男たちは、タジタジになる。
それはそうだろう。
向こうが冒険者でもない一般人なら、彼我の戦力差は比較するのもアホらしいぐらいだ。
男の一人が腰の短剣に手を伸ばしかけたが、その手が途中で止まる。
「く、くそっ、ダメだ! 相手が冒険者じゃ勝ち目がねぇ!」
「お、覚えてやがれ!」
結局、二人のごろつき男は捨て台詞を残し、慌てて森の奥へと逃げ去っていった。
やれやれ。
ま、こんなところだろう。
暴力沙汰にならなかったのは良かったな。
エルフの少女は、俺たちに向かってぺこりと頭を下げてくる。
「あ、ありがとう、助かったわ。──でも図々しいのは承知で、もう一つお願いがあるの! あいつらに捕まっている、私の友達も助けて!」
えぇー……。
俺は風音さん、弓月と、三人で顔を見合わせたのだった。
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