第102話 ドワーフ集落への道
依頼人について街を出立した俺たちは、しばらくの後、緩やかな登りの山道を歩いていた。
整備された街道ではなく、通行人に踏みしめられてできた、細い獣道のような道だ。
先頭を進むドワーフは、疲れ知らずにずんずんと歩みを進めながら、豪快に笑う。
「がっはっは。それにしてもわしは、いい護衛についてもらうことができたわい。これまでたくさんのヒト族を見てきたが、おぬしらの目は澄んでおる。悪事を働こうなどとはつゆとも思わん。そういう者たちじゃろう、おぬしらは」
「え、ええ。まあ、人並み程度には……」
俺はドワーフの後ろを歩きながら、生返事をする。
まあまあ疲れるテンションの依頼人だった。
ドワーフというのは、この世界に住む、いわゆる「異種族」の一つだ。
人間と似ているが、成人でもかなり背が小さい。
目の前を歩く依頼人、ドワーフ職人のバルドルさんは俺の倍ぐらい生きているそうだが、背丈は俺の胸ぐらいまでしかない。
だが体つきは筋肉質で、横幅が広くどっしりとしている。
体重で比べたら、俺よりも重いだろう。
髪色と同じ、褐色のあご髭をたっぷりと生やしている。
さわったらふさふさしているに違いなく、弓月がしきりにさわりたそうにしては我慢している様子が見えた。
あいつの辞書にも、「我慢」って文字はちゃんとあったらしい。
「じゃがな、どうもヒト族の娘っ子はひょろひょろしていていかん。もっとたっぷり食ってふくよかにならねば、わしらドワーフの男にはモテんぞ?」
「あ、あははっ、そうですねー」
「別にドワーフのおっちゃんにモテたいとか思ってないから大丈夫っす。でもその髭はさわりたいっす」
「何を言うか小娘。わしの髭にさわっていいのは、わしの嫁とかわいい子供たちだけじゃ」
「へぇーっ。バルドルさん、お嫁さんとお子さんがいるんですか?」
「もちろんだとも。これから向かうわしらの集落で暮らしておるぞ」
そんな他愛のない雑談をしながら、俺たちは道なき道を進んでいく。
朝に街を出立して、ドワーフの集落に到着するのは、夕方過ぎ頃になる見込みとのこと。
道中で昼食をとり、昼下がりになっても何事も起こらなかったので、このまま何事もなく集落に到着するかもしれないなと思っていた。
そうなったとしても、俺たちは二つのミッションを達成できるはずだ。
一つは「ドワーフの集落に到達する」
もう一つは「Dランククエストを1回クリアする」だ。
加えてもう一つ、ほんのり期待しているミッションがある。
それは「オーガを3体討伐する」である。
街からドワーフの集落に向かうこの道では、「オーガ」と呼ばれるモンスターに遭遇するケースがままあるのだという。
オーガという名称のモンスターとは、俺たちの世界のダンジョンでは戦ったことがない。
でも今朝に購入してきた「モンスター図鑑」を見た感じ、遭遇したとしても問題はないだろうなと判断していた。
データ上は、その程度の強さだ。
この道中でオーガと遭遇したなら朗報。
出てこなくても、まあいいや。
どっちに転んでもうまみのある話だと俺は考えていた。
そして事は、より良い方向に傾く可能性を見せる。
バルドルさんを先頭に山道を進んでいると、あるとき風音さんが、ピクリと反応した。
「──しっ。何かが近付いてきます。数は一体」
「なんじゃと……? まさか、オーガか!?」
「分かりません。でも──」
風音さんは俺のもとに寄ってきて、耳元でささやきかけてくる。
「……大地くん。今なら鉢合わせにならないように逃げることもできるかもだけど、どうする?」
エンカウント回避の可能性があると、風音さんは伝えてきた。
俺たちの世界のダンジョンでは、滅多に出くわさなかったケースだ。
油断をするべきではないと考えれば、ここは戦闘を回避するほうが賢明なのだろうか。
いや、だが──
この程度の「未知」を相手に腰が引けていたら、この先何もできやしないだろう。
俺は一度深呼吸してから、決断する。
「いえ、迎え撃ちましょう。バルドルさん、下がってください。風音さんと弓月は、魔法発動待機。出てきたところを狙って全員で叩き込みます」
「「了解!」」
「お、おう、分かった。頼んだぞ、戦士たち」
バルドルさんが後ろに下がり、俺たち三人が依頼人を守るように前に出る。
やがて、バキバキと木々を踏みしめる音が鳴り響き──
行く手の先に、一つの大きな影が姿を現した。
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