妄言
「人生楽しみじゃね?」
そんな当たり障りの無い言葉を彼は言っていた。
彼は、学生の時の成績もそこまで、顔もそこまで、せめてもの救いとして会話が得意。そんな男だった。
私自身、彼に対して好意も何も持ってはいないが、彼の考えや理念を聞くと、大人なんだ、と思い知らされる。
彼と私は7歳差の友達のような関係。彼は社会人5年目で私は大学3年生。これだけ聞くとどんな関係なんだと思うかもしれないが、彼は私の兄の友達で、子供の時から家によく来る第2の兄みたいな感じ。
世の中の理を知らずに育った自由奔放な彼はいつも人生を楽観視していた。将来に対して不安を抱く時期に差し掛かった私にとっては夢であり希望であり、何しろ、特別な存在のように感じた。
「雪は就職するの?」
「んー。そうなるかな」
「そっかー。あんだけちいさかった雪も大人になるのか」
「お兄ちゃんみたいなこと言わないでよ」
「ごめん、ごめん」
結婚もしておらず、彼女もいない彼は、休日になると私を居酒屋によく誘っていた。大企業に就職した私の本当のお兄ちゃんは海外赴任しており、今は日本にいない。
それに比べ、彼は、特にどこかに赴任することもなく、工場のライン作業を行うごく普通の社会人であった。
「また、あいつと比べてたでしょ。今。こいつはどっかに行くわけでもなく、ただ自由に人生を謳歌してるって思ったでしょ」
「まぁね」
「冷たいなぁ」
彼は愛嬌のある笑顔を浮かべながら私を叱る。その顔はどこか幼く見えて、どこか大人の余裕に見えた。
「すいませーん。生追加で」
「私もう少しで帰るよ」
「えー。まだ2時間くらいしか経ってないけど」
「2時間もでしょ」
「そっか、駅まで送るよ」
夏の暑さはまだ残っており、少しでも走ると汗が流れてきそうになる。セミは大人しく役割を果たし果たし終えているが、まだ夏を感じさせる虫は鳴いていた。
そんな暑さに苛立ちを覚えながら2人で夜道を歩く。
「彼氏のとこ行くの?」
「彼氏居ないんですけど」
「あっ、、ごめんごめん」
「煽らないでくれる?」
「まぁ、僕も同じようなものですから」
「そうですか」
二人で歩くときはいつも静かだった。酔った勢いもなく、ただ夜風に身を任せるように二人で歩いていた。今日もそんな雰囲気の中歩いていた。一つの違和感だけを抱えて。
「雪ちゃんさ、彼氏作る気はないわけ?」
「そうだねぇ、ないかな」
「そっか…」
「あのさ、僕はね、、」
「危ない!!」
金属の塊、悲しい哀れな塊が無規則に走る。その速度を上げながら。
困惑する頭、胸が騒がしく、目まぐるしく変わる景色に目を向けながら私の口から出た言葉だった。
「隼人!!」
「待って!待って!!」
「何言おうとしたの!!」
「ちょっと、まだはやいでしょ…!」
「あぁ。。なんでこうなるかなぁ」
「僕ね雪ちゃんのことが好きなんだよ」
「でも、友達の妹なんだから少し気が引けてね。。。どうすればいいかわからなかったんだ」
彼の失った半身からは生気を感じられず。また、彼の顔からもその感情がなくなりかけていた。彼は、なぜか笑っていた。哀しく、虚しく、淋しく、切ない彼の顔を私は見ることしかできなかった。
「あぁ、これ死ぬね。これ死ぬね」
「死ぬのは怖いけど、雪ちゃんが一緒で良かったなぁ」
赤く、忙しい光を纏う鉄の塊が迎えに来たときは遅かった。彼はいなかった。
彼は姿を消し、私の目の前を後にしていた。
私は少しの罪悪感と最悪な後悔を抱えながら夜風を感じていた。
後悔ばかりの人生が私を苦しめた。