夢心地
……夢を見てるのだろうか?
俺の家に、しかもこんなお昼の真っ只中に天堂が制服姿で俺の家にいる。
どうして来たのかは、恐らく契約関係なのかもしれないけど、それどころじゃない。
今見ている光景に、自分の理解が追いつかないどころか、少し目眩を感じてしまう。
これ現実…なんだよな?俺の家のリビングに天堂がいるんだよな…?
「…ふぅん…綺麗にしてるんだね」
「へ?ま、まぁ…妹がな…」
思わず声が裏返ってしまった。
ダメだダメだ、冷静にならなくては…。
明日どうなるかは明日考えるとして、それよりも今天堂との会話をしっかりしなければ、引かれるのは勘弁だ…。
「ここ座って大丈夫?」
「お、おう…お茶でも出すか?」
「いいの?じゃあ、お願いします」
そう言って、お淑やかに座って一礼。
まるで、どこかのお嬢様なんじゃないかと錯覚してしまうほどに、その姿は印象的に映る。
お茶を入れながら、冷静さを少しづつ取り戻そう…深呼吸深呼吸…。
お茶を出し終えて1口飲み終えた後…
「それで…どうしてここに…?」
「え?どうしてって…今日秋野くん休んだでしょ?」
「そうだけど…どうしてわざわざ家に…?」
「もう…休んでるんだから、今日会えないでしょ?だから来たんだよ?」
不思議そうに首を傾げる天堂に、俺の理解と冷静に保とうとする心が落ち着かない。
え?なに?なんて?会えないから来たの?
それってまるで…俺に会いたいから来たみたいな言い方じゃないか…?!
と、勘違いしそうになる自分を正そうとお茶を口に運ぶ。
落ち着け。天堂とはそこまで関わりもないんだから、そんなロマンチックな展開になるはずがない。
たしかに最近、距離は近くなったけど、それだけでここまで親密になれている実感などないわけで…。
つまり、なにか他に理由があるはず。
自分の頭の中で理解しきる頃には、天堂が自分のそばに座り直していた。
…座り直していた!?!?!?
鼓動が早くなるのを感じる、というか心臓が持ちそうにない。
隣で優しく微笑む天堂の笑顔は、本当に天使のような輝きを放っていて…。
「ねぇ、秋野くん…」
「は、はい…!」
緊張が隠しきれない、きょ、距離が近い…!
なんか近づいてきてないか!?気のせいか!?
もうなにがなんだかわからなくなる。何が起きてるのか…。
考えが纏まらない内に、天堂は俺の手をとった。
「ジッとしててね…秋野くん…」
「えっ!?なんっ…」
なんで、と聞こうとしたが、ジッとするように言われたので、振りほどく訳にもいかない。
俺の手に重ねられた天堂の手には、青く数字が浮き出る。
そこでようやく理解が追いついた。少し冷静になれた。
そうかそうか、屋根裏に毎日行かなきゃいけないのに、今日は休んじゃったもんな。
数字の意味は分からないけど、補給が必要なんだろう。
そのために俺の家までわざわざ来て…?あれ…?
そのためだけに、授業を放って昼頃にわざわざ家に…?
そもそも、補給できない休日はどうするつもりだったんだろう?どうして俺の家を知ってる?
冷静になった頭が、一気に俺の体温を覚ましていく。
それと同時に、この天堂への疑いが強くなり、その疑問が数字を見た途端に確信に変わる。
113、112、111…とどんどん数字がへっている。
それを目の当たりにした瞬間に、俺の手は無意識に天堂(?)の手を振りほどいていた。
「わわっ…ど、どうしたの?秋野くん…?」
「誰だ…お前…?」
「…っ!?」
あの数字が何なのかはわからないけど。少なくとも減っていいものじゃないことはわかる。
天堂がわざわざ手を重ねて、増やしてくれている数字だし、減らすこともあるのかもしれないけど…。
調整するにしても、前の130まではしっかり+していいはずとも考えられた。
それに、天堂の顔に困惑などの感情が一切無いことにも…
既に、俺にこの天堂へのドキドキは、何者なのかという怖さへのドキドキに変わっていた。
咄嗟に1歩後ずさる。
「そっかぁ…ふふっ…さすがだよねぇ…わかっちゃうんだ…」
俯いた彼女から聞こえたそれは、天堂の声とは全く別人の声で…
まるで溶けていくかのように、ドロドロと顔や服が溶けていく。
「やっぱり…ふふっ…いいなぁ…すてきぃ…聖雅さぁん…」
「っ…!?」
俺の名前を…知っている…?
ドロドロと溶けた顔の後ろに、真の顔が見えてくる。
綺麗な白い髪に、いつの間に被ったのか、それとも最初から被っていたのか…
白いベレー帽を被った、黄色い瞳の美しい女性が、微笑んで目の前に立っていた。
光るように美しい外見ではあるが、しかし目に光はなく、真っ直ぐと俺を見つめていた。
「もう…隠す必要なんて無いですよねぇ…?うっふふ…」
ジリジリと近づいてくる。
「ま、待ってください…!とりあえず落ち着いてっ…!」
手を前に出し、落ち着かせようと説得を試みたが…。
「ふふっ…いただきますっ。」
そう言い放つと、急に距離を詰めてきた。
1m程の距離から鼻と鼻が当たりそうなくらいに近い距離にまでを、一瞬で。
何かしら抵抗をしようともしたが、間に合うはずもなく…。
終わったか…と目を瞑った時、耳元で彼女の声が聞こえる。
「"昨日"からよろしく…ねぇ…」
パッと目を開けると彼女は目の前から居なくなっていた。
ホッと肩を撫で下ろすと同時に、腰を抜かしてしまった。
綺麗な子だった…それは確かだったし、少しドキッともしたけど。
「あれはどっちの…ドキドキかなぁ…ふわぁ」
緊張が走っていたのか、欠伸がでる。
昨日はぐっすり眠ったはずなのだが、なんだかすごく眠くなってきた…。
ウトウトとソファの上に寝転がり、次第にまぶたが重くなっていく…。
眠る直前になって思い出す…彼女の声は聞いたことがある…。
どこかで…知らない場所で…"夢"で…?
その考えを境に、俺の意識は夢へと連れていかれていくのであった。